第一章 1、アイリスという少女
ノアが帰ったことを確認して私は王からの手紙を開く。
封筒を私の専属メイドであるアンナに燃やしてもらう。アンナは炎魔法が得意なので、高価な封筒はあっという間に炎の中に消えた。
手紙を開く。誰にも見られないようにアンナに窓とドアの鍵をしっかり閉まっているか確認してもらう。
深呼吸をする。
[アイリス=フォンデゥー
先月の依頼、ご苦労だった。報酬はザッハトルテ、5丁目のケーキ屋。看板は青。
合言葉はいつもので。次回も期待している。 クラフティー家より]
仕事の報酬はこうして受け取る。王自ら、だなんてわけにもいかないので王の影達が働く国のどこかの店に行って受けとる。毎回違う店。
店行くまでの馬車代などは含まれない。できるだけ家族にバレないようにするため馬車は使わず徒歩で移動する。
私は、私は王の、この帝国の犬だ。簡単に言えばスパイのようなもので、貴族との仲を深めるための架け橋になったりなど、国の影でひっそり国を支える仕事をしている。
我が家は王家に弱みを握られている。だから、王から命令を私は受け、王を裏切らず、仕事をすることで弱みを世間に公表されないようにしてもらっている。
元凶である父はもう家にはいないけれど、母の精神を安定させるために、兄弟たちが私のようにならないように私はこうして忠実に従う犬になった。
十四歳の私にもできる王いわく「簡単なお仕事」
時に身分を偽って変装して、顔を変える魔法をかけて「誰か」になる。
それが私は辛い。
完璧に演じないと私は正体がバレて殺されてしまうかもしれないから、その間だけ「アイリス」は捨てなければいけない。相手の好きなもの、嫌いなこと、好きな食べ物、嫌いな食べ物、口癖、よく着る服、表情、笑顔、悲しい顔。どういう時にどう思うか、歩き方、髪型、最近のお気に入り、、
目的を達成するまで私は「アイリス」じゃない。
いつか私じゃなくなっちゃうんじゃないかと不安になる時がある。
『最近王都で有名なお菓子を買ってきたんだ。』
そんな時ノアと話していると自分を取り戻す感覚を思い出す。
自分勝手でめんどくさいノアだけれど、それで別に良かった。
アンナとノアがいてくれるなら。
別に恋とか愛とかそんなものではない。
けれどいつかは言いたい。いつもありがとう、と。
きっとい「いつか、いつか言おう。」と、かれこれ何百回以上思っている。
ノアの持ってきてくれるお菓子、アンナの入れてくれる心こもった飲み物。他愛無い会話。
それだけで「アイリス」としていられた。