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狂喜乱舞  作者: 雨月 そら
3/4

相反する二人、男と女

 「...勝手しやがって...」


 ちらっと何も見えない空を見上げた後に睚眦がいしをじっと見据え睨みつけながらも、刺激を与えない様に小声でボソと悪態を付く信長。未知数だが肌にピリピリとこの獣からの覇気が伝わって、流石の信長も勢いだけでは行けずに間合いを取るので精一杯で一歩も動けず、対峙している。


 「さて...このまま...などと芸のないことはできぬしな。先陣切ったからには...よし、躳鬼きゅうき、お前はあれを惹きつけて兎に角、遠ーくへ連れ出せ。その間に、陣を組む」


 信長は躳鬼の大きな耳に顔を寄せるとボソボソとそう呟いて、そろりそろりと這う様にその大きな背から降りた。


 一度、信長に顔を向けた躳鬼と視線を交わせば金の手綱をグッと握り締めれば、鎖は形状を解き光の粒子となって信長の手の中へと集まる。

 

 瞬時、睚眦の元へ躳鬼は暴走列車の如く駆け出す。

 

 その姿を見送る暇もなく、信長はすかさず手の中の鬼扇をバンっと一気に開いき力強く握り締めれば舞うが如く天高く掲げる。


 「圧し切ぃぃ!!参るぞ!!」


 ドン


 何処からか重々しい大太鼓の音が鳴り響いた後、鬼扇を縦に滝の如く落とす。一光線が、宙に刻まれる。


 ドン


 下から斜め上へ蝶が舞う様にひらりと移してから両の手先まで真っ直ぐに伸ばし、そこから両手で左右に大きく鷹が翼を羽ばたかせる時の様な仕草を真似て思い切り開く。三日月のような光線が合わせ鏡みたいに刻まれ、目が宙に描かれる。


 ドン


 疾風はやての如くグルンと回って円を描けば、天から四本の雷命の矢が信長を包囲する様に落ちてくる。前二本、後二本は斜めに交差し四方の形に組まれて淡い光が壁の様に一気に登り上がり、信長を光の壁が包囲する。


 そこで陣は完成したのだが信長はまだ気を緩めることせず、腰を低く落としてから上体を少し前のめりにし、鬼扇を持った右手を真後ろ斜め上に掲げると、己の精一杯の力で腰を捻りながら真上、天高く身体も伸ばす様に振り上げた。


  ドォォォン


 凄まじく輝きを放った雷命が、信長の真後ろに天より凄まじい勢いで落ちる。


 「宮毘羅クビラ!!行け!!!」


 躳鬼と睚眦が居る方向を示す様に真っ直ぐ右手を伸ばて叫ぶと、信長の背後に右手に剣を持った甲冑姿の武将の格好をした岩山の様に巨大な幻影が現れると命令通りに瞬間移動でもしたかの様に、もう背後にはいない。

 

 今まさに躳鬼が睚眦に捕まり馬乗りされ、どんな岩でも抉れそうな鋭く研ぎ澄まされた爪の餌食になりそうなところで、宮毘羅は睚眦の真横に姿を表すと身全体を使って睚眦に猛烈な体当りで跳ね飛ばした。

 ぶつかり合う派手な音はしたものの、その場を少し離れさせたという程度。それに怒りを顕にした睚眦は怒鳴り吠え、鋭い爪をギラっと剥き出しにすれば躳鬼に向かって思い切り駆け出した。

 その頃には躳鬼も体勢を整え終えており、迎え打つ体勢で上半身を低く構えていた。それを遠くで見ていた信長は増援する為に、鬼扇を横から縦に持ち替え下へ振り下ろすとそこから身体を左へ捻り大きく斜め上へ高く振り上げる。


 一光線が、筆書きした様に斜めに刻まれる。


 「疾風!!!」


 信長の合図に宮毘羅が躳鬼の背後に取り憑き、躳鬼へ睚眦が飛び掛かってくる瞬間、躳鬼の鋭い爪が宮毘羅によって手甲鉤の鋭く長い暗器の様になった。

 その鉤で下から上に抉る様に切り掛かると、激しい風が睚眦目掛け襲い掛かる。睚眦の方も勢いがあった為、激しい力と力は更なる大きな力となって押し負けた睚眦に全て跳ね返り、腹を思い切り抉り裂いた。

 ふらりふらりと足取りが危うくなった睚眦は、その場にドカっと倒れる。

 呆気ない終わり、そう思った瞬間だ。


 ドゴォーーーーーーーン!!!


 今までにない大きな怒号の矢が、睚眦へ落ちた。


 躳鬼は直様察知して後方へ退避して影響は受けなかったが、何かを瞬時に感じ取り体勢を低くし構えると牙を剥き出しに威嚇し始める。


 信長の方はまだ怒号の矢の物凄い風圧を受け、両腕を重ねて目の当たりを防御していた為に、前が見えていない。


 それが、一瞬の、命取り。


 怒号の矢を受けた睚眦は全身の毛を逆立て、更に大きな巨体になって怒号の様に吠え轟かせる。


 その波動をもろに受けた信長はビクッと身体が強張り、動きが止まる。


 その一帯は恐ろしい程に、静寂する。


 グガアァァァァァァアアアアアアア!!!!


 神の怒りとでもいうのか、得体が知れず、聞いたものが皆恐怖を感じると謂っても過言ではない程の恐ろしく大きな咆哮と、睚眦の血にでも染まったかの様な真っ赤な眼光がギラリと光る。


 戦闘体制になった睚眦は躳鬼に勢い駆け寄り、恐ろしく鋭く伸びた鋭利な爪で宙をも抉る様な力で一度、そして、二度、血が滴り落ちる程深く抉り切り刻んだ。


 それは信長の目の前で一瞬の出来事として過ぎてはっとして金縛りが解けた様に目の前の腕を下ろした時には、躳鬼は見るも無惨、身動きができない程の損傷を受けてその場に横たわり息も絶え絶え。更に追い討ちを掛ける様に、睚眦は刻んだ腹の部分を前足で勝利の余韻とでもいう様に、高々と足を上げ勢い凄まじく無惨に踏みつけた。


 「躳...鬼...」


 悲しみが混じり掠れ消え入りそうな声で信長は躳鬼名を溢したが、双眸は涙などなく瞬間、大事な宝を守れず壊された様な怒りで眼球は血走った様に真っ赤だ。

 無論、睚眦への怒りもあるが、不甲斐ない己への怒りの方が大きくぶるぶると両手を固く握り振るわせ、ギリギリと歯を食いしばる。どちらも血が滲み出てしまう程の勢いだ。


 己自身が行けたならと信長は、光の防壁の中で一人虚しくも暴馬の如く、防壁をぶち破らんが如く激しく両拳で叩き、地団駄を踏む。

 だが、相手は人ではない、己自身が行ったとしてもなんの役にも立たない事は、昔、此処で目覚めた若かりし頃に散々体験していて、この滲む血はただの無力さでの結果でしかなく、胸がギュッと締め付けらる程虚しくて仕方なかった。


 そこへふと信長は城で待機している、道三と秀吉の顔を思い浮かべた。

 だが、直ぐに大きく首を振った。二人は信長より、この能力では遥かに格下、地獄へ落とすも同じ。今は、陣営を守る方へ回しているのだがら自分に万が一の事があっても、どうにか城の中の配下達だけは守れる、そう考えた。

 すると覚悟が決まり、霧掛かっていた目の前がすっと明瞭になって目にはありありといつもの力強さが戻っていた。


 ダァンン


 信長は片足を振り上げ、叩き落とす勢いで大きく振り下ろし足を鳴らした。そこから大きく足を開くと腰を落とし、両腕を顔の前で交差させ隠す。


 ドン ドン ドン


 大太鼓音が三度轟いて、笛、小鼓、大鼓が何処からか鳴り響き重なりて曲を織りなし始める。


 「敦盛〜、深き罪をも訪い浮かめ〜、蓮生法師〜、身は成仏の得脱の縁〜。敦盛〜、これまた他生の功力なれば〜、蓮生法師〜、日頃は敵〜、敦盛〜、今は又〜、蓮生法師〜、真に法の〜、敦盛〜、友なりけりぃ〜」


 流れ始めた曲に合わせ、信長はすっと立ち上がると大きく羽根を広げる様に両手を左右にしなやかにすっと開き、能の敦盛を謡いながら、一瞬たりとも曲との触れはなく完璧な程力強くも美しく舞った。

 

 最後の詞章を言い終え、パチンと勢いよく鬼扇を閉じてグッと千切れんがばかりに力強く握ると光の和弓となり、その弓をしならせながら光の弦を全ての力を振り絞る様に後へ引く。


 信長の魂を燃やす様に身体全体が青白い炎で燃え上がり、それが一矢となる。


 「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」


 低くもよく通る透き通った矢声をあげ、信長は全身全霊を矢に込めて放った。


 ヒューーーーーーーン


 矢は一光線を引きながら、周りの風を味方に纏いて勢いよく躳鬼の背に命中した。


 「躳鬼ぃいいいいいいいいい!!!!」


 怒号の声があがった瞬間、青白い業火の如く信長が激しく燃え上がる。同時、躳鬼もまた同じ様に激しく燃え上がる。


 睚眦は異変を察知し、直様大きく後ろへ飛び後退する。だが、臨戦態勢は崩さぬままだ。


 信長の魂さえも燃え上がってしまう様な凄まじさも一瞬、水で火を消した様にすっとその光は消えた。


 信長の力が一気に抜けてガクンっと崩れ落ちて片膝がだらんと地面に付いた。

 

 虚ろな目で空を見上げ、無が一時訪れた後、信長は息を吹き返した様に荒い呼吸をして喉を詰まらせると血管を浮き出たせた真っ赤な顔で激しくむせ返り、背を丸めて俯き息を思い切り吐き出した拍子に溜まった唾が口からだらしなく垂れ流れ、落ちていく。まるで、この先の信長の姿でもある様に。


 だがその代わりに躳鬼は青白い焔を身に纏った瞬間、瀕死の状態より不死鳥の如く蘇る。


 ガァァアアアアアア!!!!


 躳鬼の遠吠えが終え、二匹の耀く獣は一直線上で睨み合うと、同時、ぶつかりあって激しい攻防が始まった。


 躳鬼の力強い叫びに無い力を振り絞り顔を上げ見届けた信長は己の役目は終わったとばかりにゆっくりと目を閉じていき、急に重たくなった身体を支える事もできず、自然の流れに従って身体は横に倒れていく。


 ヒューーーーーーーーーーーン


 ドス


 あと一息で完全に倒れそうな信長に真っ赤に燃えあがった光の矢が背に命中した途端、すっと矢は消え信長の全身をこれこそ業火と言うべき真っ赤な焔が焼く。火だるま状態で真っ黒な姿の信長はジタバタと激しくのたうち回ったのち両手を力強く握り締め、力の限り両腕を振り上げダンっと宙を叩きつけた。


 「うぁああああああああ!!!」


 信長が苦痛からなる悲鳴に近い雄叫びを叫べば、その焔も覇気でパンっと吹っ飛び消え、全身が炭焦げた様なとても人間とは思えぬ姿で、何事もなかったかの様にすくっと不気味に立ち上がったのだ。


 そして、静かに矢が放たれた方へ振り向く。


 「...光秀」


 真っ赤な一矢を放ったのは信長の後方にいた、光秀。光秀は、真紅の紅糸縅本小札二枚胴具足を身に纏い、黒漆塗の獅子の総面、黒塗桃形兎耳兜で前立ては水色桔梗の家紋が黄金にやけに眩しく輝いていた。


 「ふん。情けない、情けない。漢がいつもどうのと五月蝿いわりには、実に、情けない!!それでも御三家筆頭なの!笑わせるわぁ!!」


 先程の神妙な物言いだった信長はその光秀の言葉を聞いた瞬間、死んだ様な目に光が差して前全身に力がみなぎり炭焦げた表面がボロボロと崩れ落ち元通り。

 いや寧ろ、より生き生きとした姿が顕になり、ギラギラしたいつもの目で睨み付け口元は余裕で憎たらしげな笑みが浮かぶ。


 「...助けてもらったのは感謝する、するが...お前のその減らず口、どうにも好かん!!女というものはもっと、しおらしくすべきではないのかぁ!!」


 怒鳴る信長に、光秀は白百合色の躳鬼に似た巨大な虎に跨ったまま踏ん反り返り、腕を組んでから右手を少し前に出し掌を向ける。


 「はぁ〜?あんたがそうやってピンピンしてるのは、だぁれのお陰だと、思ってんの?」


 「さてな、敵方に支援する阿呆も世の中にはいるようだな!はっはははは!」


 「この糞ハゲオヤジ!!」


 「ハゲなどおらぬわ!それに、お前にオヤジ呼ばわりされる覚えもないわ!このちんちくりんが!!」


 二人は犬猿の中、会えばこうして口喧嘩が先に始まり、ある意味息が合うのか常に子供同士の喧嘩。それを後ろ手に控える光秀の大勢の家臣達は、またかと呆れた感じで控えている。

 その中、光秀の背後に回った黒甲冑姿の段蔵が手早く、暴言を吐きそうな光秀の口を掌で塞ぐ。


 「光秀様、今はそれどころではないはずです。痴話喧嘩は後ほど、あの黄金に輝く獣を倒した後に幾らでもできますから、今は、何卒集中して下さいませ、ね」


 痴話喧嘩と聞いた時はカッと怒りで段蔵を睨んだが、赤漆塗の烈勢面を被る段蔵の上部からは静かな怒りを宿した目が見える。氷の様に冷たく射抜く視線が突き刺さされば、すっと光秀も熱気が覚め真剣な面持ちに戻ると真っ直ぐ、牙と爪で抉り争い合っている二匹の耀く獣へと視線を移動させた。


 「...さぁーーーーー!!我らも、負けじ、交えようぞ!!」


 透き通る良き声を張り上げた光秀には力強さが全面に現れ、その勢いで手綱を引くとそれに応えた白い虎は物凄い勢いで二匹の獣へ駆けていく。その後から白馬に乗った光秀の家臣達は負けず劣らずの力強さで、勢いよく追い掛ける。


 それをただ信長は見送りなどせず、はっ!とみなぎる力で大きな掛け声上げ、鬼扇をパンと勢いよく鳴らして広げると大きく横に振り払った。


 一光線が力強く、宙に刻まれる。


 「疾風!!!」


 吹き上げる風は追い風となりて、光秀達をより景気づけた。


 それから光秀集の攻撃は凄まじく反撃を許さず豪雨の様に放たれ、あれだけ苦戦したはずの睚眦はあっさりと倒れ黒霧となるとサラサラと風に吹かれ跡形もなく消えた。


 勝利


 喜ばしい事であるのに、何故か、その時の信長は悔しさが込み上げ顔には出さなかったが、手をきつく握り締めていた。

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