1.裏切りと狂気と厄災
1.裏切りと狂気と厄災
滝の様に降り注ぐ豪雨は地面を鞭の様に打ちつけ、淀んだ空は灰色よりは黒に近い黒雲で、雷神である黒龍がその中で怒り狂ってうねり光らせ雷を怒涛の様に鳴り響かせる。
二人の男の陰、いや、ただ光が届かないその場所では陰の様に見えるだけで、真っ黒な亡霊の様で覇気のない者が立っているというのが正しいか。
ピカ ゴロゴロ ドゥォーーーン!!!
誰の怒りの鉄槌か。恐ろしく激しく光る矢の如く、二人の丁度ど真ん中へと落ちる。二人の距離が近ければ、二人は即座に感電死となってもおかしくない激しさ。
二人は、近くの轟音で荒波を立てる大河に掛かる岩乗な大橋くらいの距離は空いていたが幸い、全くと言っていいほどに無傷。
ただ、二人の間の雷は何かが違い、地面に刺さったままでバチバチバチっと激しく火花を散らして煌々と辺りを照らしている。
その明かりで雨に鞭打たれても微動だにしない、二人の男の姿が顕になる。
一人は前髪は目を覆い隠すほど長いが後ろをすっきりと短くして全体にうねりがあるシルバーの髪が目立つ、彫りの深い精悍な顔立ちに眼力が強い男。もう一人の男より背が高く、がっしりとした体躯がよい。左が血の様な朱、右は闇の様な漆黒色の着物を羽織り、背中には登り黒龍が描かれた上に、織田木瓜の家紋の金の刺繍が目立つ。
もう一人は闇に紛れる黒の忍び装束だが、忍び頭巾はズタズタに切り裂かれ、残骸が地面に散らばっている。その男、顔に獣の爪痕が残り、血が流れている。目の前の男と比べれば平凡な顔立ちではあるが、特徴的なのは右下の黒子と、小馬鹿にした様な薄笑いである。短い黒髪もこれだけ雨に打たれればべたりと張り付いて、余計にきみが悪い。
睨み合うどす黒く鋭い、目と目。一瞬でも逸らせば、噛み殺されるのではと普通のものであれば震え上がる程の緊張と威圧。
「何故、裏切った!!」
その均衡を破ったのは、織田木瓜紋の男。その声は、地を揺らすが如く低く轟いた。腕を組んで胸を張った仁王立ちの姿は、まさに覇王と呼ぶに相応しい威厳を持つ。
その声をビリビリと肌で感じながらも、顔色一つ変えない忍びの男。いや、むしろ、小さく肩を揺らしている。一度、顔に滴る己の血を掌で煩わしそうに拭って地面へ叩き落とし、顕になったその顔は、口が歪んで下卑にククククっと笑いが漏れている。
「はっ!お前が謂うのか!お前が!好いた奴も守れねぇ、お前が!俺は、好いた女のためならば、地獄に堕ちたとしても構わねぇ!俺は、裏切っちゃねぇ!ただ、俺の大切な女を守っただけだよ!」
「愚か者めがぁ!!!」
猛虎が怒鳴り吼えるが如く、織田木瓜紋の男は言い放つ。
それでも忍びの男は揺るがず、その目は闘志に燃える。
「何を謂れようとも、俺の信念は曲がらねぇ!己がため、愛した女のために生きるのみよ!!」
血でも滲むかと思うほどに手を握り締めて、忍びの男は姿勢を斜めにして腰を落とし低く構える。
「笑わせるな!!何が、女子ぞ!!敵であるぞ!!この世界を我ら龍鬼が統一しなければ、我らはこの世界で朽ちるだけぞ!!お前が真田一門だとしても、お前は真田幸村ではない!!ただの忍びで、真田の駒よ!!そんなしがらみで生きるなら、我らと共に統一を目指すのが筋ぞ!!何故、分からなぬ!!それだけが、生き残る唯一の方法だと、何故、理解せぬ!!」
「ククククク...ハハハハハハ!!!知らぬ存ぜぬとは、このことよ!!この世界の成り立ちも、俺らが何故、闘わなければならねぇのか!!お前の方が、わかっちゃねぇ!!」
忍びの男はそのままの姿勢で、滑稽とばかりに大口を開いて笑いながら顔を片手で覆い上げると、暗雲の空に叫ぶ様に放った。
忍びの男の言葉は、僅かな胸の騒めきと影を織田木瓜紋の男に落とす。動揺の色は見えない様に見えたが、微かに眉間に皺が寄る。
それを指の隙間から覗いて目に止めた、忍びの男。忍びだけに、視線は常に敵を捉えていてニヤっと小さく口角が上がり、顔を真正面へとゆっくりと下すと覆っていた手を前に、グッと人差し指以外はこれでもかというくらい握りしめ、織田木瓜紋の男の少し怯んだ目を堂々と指差した。
「この世界はな!!厄災と呼ばれる、そう!!たった一人の男が作り上げた、呪いの世界よ!!俺が騙してんじゃねぇ!!この世界そのものが、偽りなんだよ!!」
そう忍びの男が言い放った瞬間、雷はその言葉で引火した様にバチバチバチっと大きな火花を立てて一面を巻き込んで大破した。
一瞬、織田木瓜紋の男の姿、残像か、一筋の涙を静かに流した、そう感じた。
はっと、眠りから覚めた男、それは背に織田木瓜紋を掲げた男である。顔を下に、視線は畳を見つめている。
「殿、お目覚めしましたか。一戦交えた後で、疲れましたか?」
オロオロと心配そうに見つめる男は、背が小さく猿の様な面構え。灰緑色の地味だが艶の良い着物を羽織っている。とても短いがさっぱりとした白髪混じりの髪に、うっすらと生えた口と顎の白髭が苦労を滲ませている様にも見える。
バン!!
閉ざされた襖を大きな音を立てて入ってきたのは浅黒く顔長強面の大柄で屈強な、丁字茶色の獣の様な着物を羽織った男。散切り頭、口と顎の不精髭は黒々と若々しいのだが、目尻の皺を見れば皺が深い。厳ついが、よく見れば優しい目をしている。
「おーおー、天下の信長様が、珍しくも居眠りか?こりゃ、明日は雨に霰に雷雨だな!」
「道三様、お言葉が過ぎます!」
胡座を描いて片肘ついて頬杖を付く物言わぬ信長の様子をちらり横目で伺いながら、猿顔の男は慌てて道三の方へ視線を移し正座から少し立ち上がると片手を少し前に出し、もう片方の手で裾を持つと制する様に慌てて手を左右に振った。
だが、道三は全く聞き耳持たず、猿顔の手を面倒臭そうに片手ですっと払い退ける。
「はぁ、猿如きが喚くな。お前は静かにその煩わしい手で口を塞いでろ、な、秀吉」
道三は怒った様子はなくそう静かな物言いいで喋れば、一度今度は秀吉を制する様に軽く睨む。秀吉は慌てて、首を竦めると所在無げに俯く。
それを見届けた道三は信長の正面にその巨体をドカっと大きな音を立てて乱暴に座り、手で顎を撫でながら右端の口角を少し釣り上げて目を細めると物珍しそうに見ている。
「鬼神だなんだと騒がれてんのは、今に始まったことじゃねぇ〜、だろうよ?なぁ、信長よ?あ?」
「...相変わらず、父上は五月蝿い」
そうボソリと低く掠れた声を出したのは、信長。眠りから醒めたかの様に下に向けていた顔をゆっくりと上げて、前髪を煩わしそうに掻き上げ後ろに流す。
「お前...」
道三がはっと驚き目を見開いたその瞬間、信長の左目から涙が、静かに美しく一筋流れた。
ぽたり
畳の上に一粒の涙の跡が、小さく残る。
信長はその跡を視線だけ下に追い掛けてはぁっ〜と憂鬱そうにため息を漏らしてから、剥き出しの左腕で顔に残った涙の痕跡を強引に拭い払う。
泣いた事実などなかったという様な面構えで、その事実にはもう興味など無いとでもいった感じで視線を道三に戻し、見据えた。
「なんですか?父上様?我の顔になんぞ、付いてますか?」
静かな物言いだが、信長の目はもういつもの様に鋭くものを言わせぬ程の威圧を発している。
「オイオイ、おりゃー仮にもオメェの父親よ?そんな睨む奴があるか!なぁ!」
豪快な笑みを顔に浮かべ、道三はぬっと太い腕を伸ばして信長の肩をその笑み同様に遠慮なしに力強く数回叩いてから、立ち上がった。その目は安堵した、そういう目であった。
「…痛み入ります」
道三が何故やって来たのかを察した信長は、畳に両拳を付いて頭を深々と下げた。
「心配するこたぁーねぇ。オレだけよ。だが、この城の大将はオメェだ。しっかりしろよ」
少し低めの静かな物言いで、道三は両手を交差してすっと袖に入れ腕を組むとそのまま開けっぱなしの襖から畳を軋ませながら姿を消した。
その姿を見送った秀吉は何がなんだか一人分からぬ顔して、頭をぽりぽり指で掻いている。
「オイ、猿」
「あ、はい!」
信長に呼ばれ、何も悪い事をしていないのにビクッと肩を飛び上がらせ信長を真正面に秀吉は深々と頭を下げる。
「酒を持って来い」
「え?酒ですか?」
意図を察せず、秀吉はバッと顔を上げて不思議そうに小首を傾げて信長を見つめる。
「お前、あの新月が見えねぇのか?」
信長は道三が開け放たれた襖の廊下の向こうの庭より先、夜空を指差した。そこには丁度おあえつらえ向きに、新月が遠く見える。
「おお!まことですな!これはめでたい!わしは全く頭が足りぬ、猿、ですな!今、お持ちしますので、殿はごゆるりとお寛ぎ楽しんで下さいませ」
新月を目にした秀吉はへたりとだらしなく笑い、ペコペコ頭を下げて道外の様に振る舞うとそそくさとその場を離れていった。
足音がしなくなったことを確認した信長は、やっと緊張を解くことができ、ふぅ〜と細く長いため息を出し切ると両手を畳に少し後ろに下げ上体を後ろに少し傾けてから天井をぼんやりと見つめる。
新月にはもう興味などなく、いや、それはただのこじつけであって、少し一人になりたいと追い払ったのである。
天井より先、遠くを見つめ、少し眉を寄せると考え込んだ表情。
「夢か、何か、朧か」
ボソリと小さく、独り呟いてゆっくりと己の呼吸と合わせて目を閉じた。
. . . . .
「姫、姫様!」
綺麗な顔をしているが髪が紺鼠色で短く羽織っている着物も紺鼠色の色気なしの一見少年の様な小柄な女が、片肘を枕に目を閉じて横になっているのを、肩まで伸びた美しい漆黒の髪に柔らかい優しげな顔立ちの美しい女が優しく揺すり起こす。
この女、足音を立てず、羽織っている至極色に足元から咲く誇る淡い白の大きな菊模様の着物の衣擦れの音を、一切させない。
「......う、う...ん...もう...ちょっと」
「いえいえ、それどころではありませんので、起きて下さい」
眠たそうな姫と呼ばれる女に、優しい声音だが凛としてはっきりとした口調だ。よっこいせとその気品とは裏腹にどこぞの気やすげな町民みたく呟いて、軽々しくも寝ている女の上半身を無理やり起こした。
「あぁぁあ、えあぁぁあ、ちょ、段蔵!何、何!無理やり過ぎるでしょ?」
「無理も承知、いえ、そんなことはどうでもよろしくて、あの月を見てください!」
今度も無理矢理に、姫は開けられている障子の方へくるりと身体を向けさせられてから顎辺りを段蔵の両手で包まれぐいっと少し持ち上げられる。
「...はぁ...ええ!!新月!!ちょ、まだ...」
重たげな瞼を手で擦すっていたが向けられた方向に視線が自然と向うと、眠たげな目が一気に見開いて、心底驚いた様に叫んだ。
「姫、夜ですので少しお静かに。いくら、自分の陣地だからと言って、我ら鬼麒麟の御三家は協定を組んでいるだけで仲間ではありません。女子というのはしたたかで、美しい笑顔の裏で虎視眈々と己が一番に立とうと狙うもの、そう教えましたよね?」
「...覚えてるけど、今、じゃない気もする、その教え」
「いえ、こんな時だからこそ動じぬ心が必要なのです。あんな大声で夜更けに叫んだら、この主は阿呆ものと陰口を叩かれ、威厳がなくなり、ひいては、他の御三家に下に見られますよ」
「...要は、格下に見られたくないので、しっかりしろ、といいたい訳ね」
「はい、その通りでございます」
優しい口調に加え姫がやっと理解した事が嬉しいとでもいう様な声音が乗っているのは明らかで、姫は小さくため息を付く。
だがどうも顔を持たれたままというのは居心地が悪く首も痛いので、止めてもらうように段蔵の手をトントンと指先で軽く叩いた。
段蔵は、あらっと小さく呟くと今気づいた様な口ぶりで手をそっと離す。
「......にしても、早すぎる、でしょ?」
首に片手を添えてクルクルと首を回しながら、姫の視線は今だに新月に向いたまま。
「そうですね...不吉、としか言いようがありません。我らは、満月の煌々たる月明かりこそが力の源。まぁ、あちら様は逆に新月、煌びやかな光を遮る方、太陽の闇の光こそが力の源...ですが、怪しすぎますねぇ...これは、凶兆と捉えるべき、かと」
首をほぐし終え姫は、視線を段蔵へとすっと落とす。その視線は鋭く、先程までのちゃらけた風は微塵もなく真剣。
「...備える必要、あり。そう、下の者に伝えよ...これは感だが、こちら側へ堕ちてくる可能性は、高い」
「は、光秀様の仰せのままに」
段蔵は握った片手を板の間に付いて、正座のまま頭を下げると、軽い身のこなしでその場から音もなく消え去った。
「...はぁ...一戦交えた後なのに、もう備えねばならないなんて、な、ん、て、ついてない。天も、全く気性が荒すぎる...皆が少しは休めるだけの時間が...あればいいが...」
光秀は顔を一度俯かせてからため息一つ漏らし、それからゆるりと夜空を見上げる。
今だにある新月を見れば、軽く睨んで下唇を少し噛んでみたが小さな痛みを感じてすぐにやめ、性に合わないとため息がもう一つ。
吐けば気も楽になるかと思うたりもしたが、そんな気配は一向に来ない。諦めて、今は静かに目を閉じることにした。
. . . . .
ドン! ドン! ドン! ドン!
何かが、勢いよく落ちてくる。
地響き、いやいや、地がぐらぐらと揺らいでいる。これは、地震だ。
そう思って、パッと目を見開いた信長はすぐ様、裸足のままで素早く走って庭へと飛び出した。
この城には結界師達の結界が張られているから今のところはびくともしないが、それより先の地は大きな雷が何本も何本も、嵐の雨の如く降り注いでいる。
この雷には二種類あり、雷命の矢と怒号の矢がある。雷命の矢は、この世界の能力者と呼ばれる者がその能力を使う時に必要とするものであり、人為的に呼び寄せるものである。
それに対し、怒号の矢は雷命よりも遥かに大きく、あるものが、落ちてくる時の報せとして、必ず、降り注ぐ雷。
今は、その怒号の矢が、天より落ちて来ているのだ。
これが落ちる時、即ち、厄災が落とされる時。
信長は乱れた着物も寝癖もそのままに、大きく足を左右に開いて腰を落とすと上半身の着物を荒々しく脱ぎ捨た。
「お前達!!開戦ぞぉ!!開戦ぞぉ!!さぁ、さぁ、さぁ!!第六天魔王の力、悪天に見せつける時よ!!お前達、大物ぞぉ!!城を強固にせよ!!」
鍛え上げられた肉体が顕になれば血管が浮き上がった両腕を空へと掲げ、野獣が吼える様な怒涛の声を張り上げる。
信長の号令は城内中へ波動の様に響き渡り、場内からは沢山の勇ましくも野太い声が彼方此方から一斉に上がった。
信長は天に掲げたその手を更に一等高く上げた状態で両手を強く握り締め、その両手を力の限り地面に叩き付けめり込ませる。
露になった背には、怪しく黒光する黒龍が威嚇する様に大口を開けて描かれている。
「第六天魔王、信長ぁぁぁ!!黒龍よぉ!!目覚め、我に力をぉぉ!!」
そう、がなり吼えると地面がボコっと派手に凹んでメキメキメキと雷の様に幾重にもひび割れ歪な円を形成したと思った瞬間、その円より紅蓮の焔が一気に天高く燃え上がって信長を隠した。
「うあぁぁぁぁぁ!!!」
猛獣が唸る様な低く太い声が響けば、今度は大きな荒い風が焔を薙ぎ払った。その風は勿論、信長が起こした。
そして、同じ場所で腕を組み仁王立ちする信長は、前の歌舞伎者の様な乱れた身なりなどではなくなった。
信長のその身に包むは、漆黒の闇に染まった筒袖とたっつけ袴に黒光する南蛮胴具足。その上に朱殷色の上等な陣羽織、甲冑と同じ漆黒の滑らかそうなビロード生地に金縁が施され裏地は真朱と鮮やかな足まである長いマントを羽織っている。
そして何よりも、兜と総面。
漆黒の桃形兜の前立ては黄金に輝く織田木瓜の家紋に火炎の光背の様な後立と絢爛豪華。総面も黒漆塗の恐ろしい般若の面。
その面から覗くは、真っ赤に燃えた様な信長の目で、ギロリと天を睨んだ。
信長はまさに黒鬼か魔王かという出立ちで、何かを掴み取ろうと言わんばかりに右手を力強も天高く掲げ、手をきつく握り締めた。
「うおぉおおおおおおおお!!!来い、圧し切ぃぃぃぃぃぃ!!!!」
ゴロゴロゴロ ピカ ドォゴーーーン!!!
眩く稲妻が光ったと思えば、雷の凄まじい音と共に細いがとても長い光の、雷命の矢が信長の顔すれすれで落ち、バチバチバチっと龍がうねる様に火花が散った。
まだ熱冷めやらぬ状態の雷命の矢を、勢いよく掲げた手で握り締めると地面にめり込んだ矢を地面を抉り土埃を派手に舞わせながら引き抜いた。
その瞬間、矢は光の粒子となって泡の様に消え、信長のマントの背には黄金の登り龍が神々しく光り、手には赤地一輪牡丹図の鬼扇が開いた状態で握られ、目はしかと閉じていた。
「人間五十年、化天のうちを比ぶれば、夢幻の如くなり一度生を享け、滅せぬもののあるべきかこれを菩提の種と思ひ定めざらんは、口惜しかりき、次第ぞ!!」
カッと火花でも散りそうな勢いで目を見開き、幸若舞の敦盛の一節を静かに静かに口遊み、甲冑を纏ても可憐に舞い踊る。
最後の一節を力強く言い終えて、鬼扇を縦に天高く掲げそのままの勢いで縦一線、横一線と大きく宙を切る。
そこからメリメリメリと空間荒々しく噛みちぎり、鋭い牙と爪の真っ黒で巨大な虎が派手に地面を抉って飛び降り現れる。
その背には鴉の様な大きな羽根があり、怒りの龍の黄金色の半面を顔に付け、信長と同じ真っ赤に燃える瞳を持つ。
「躳鬼!!!いざぁ、出陣!!!」
信長は周囲に轟く程の大声を張り上げ、駆け寄れば馬の如し躳鬼の背に跨る。パチンと鬼扇を畳み力強く握り締めれば金の鎖手綱へと変化して躳鬼を手早く括れば、信長は手早くそれを両手で持ってグッと後ろへ引っ張った。
「ウォォォォォォオオオオ!!!」
合図に応じた躳鬼は地響きする程の雄叫びで吼える。
それと同時、場内でも大勢の雄叫びが上がり、咒を唱え始める。
雷命の矢が降り注ぎ暗雲が垂れ込める外、躳鬼の鎖手綱をしかと両手で握りしめると、結界を勢いよく潜り抜けて信長は空へと怒涛の様に駆けて行った。