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古本屋「ねこのへや」  作者: 雲母あお
第1章 水曜日のお嬢さん
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水曜日のお嬢さん③

「桜の香り?」

さっきまで、古書独特の匂いに包まれていたのに、確かにふわっと春の香りがしたのだ。不思議に思ってそっと目を開けてみる。


「絵?ここどこ?桜?」


目を開けると、桜が満開に咲いた公園のベンチに座っていた。

「なんで?」

そこは、まるでさっき見ていた挿絵の絵にそっくりだった。


真上を見ると、青空と桜のピンク色しか見えない。隣は見ない。多分誰も座っていない。

ふと、涙が頬を伝って落ちた。


「この景色、知っている。」


彼との初デート。

あの時は、嬉しかったな。美味しそうに私が作ったお弁当を食べてくれた彼の顔を見て幸せだなあって思ったな。お礼にって、夕飯ご馳走してくれて。優しかったな。


ふと、顔の筋肉が緩み、ベンチに体重を預けた。

ベンチに座って、公園の桜と青空をみる。


ああ、そうだ。しばらくして、小さいことで喧嘩したんだ。彼は困った顔をしていた。いつも笑っていたのに。そう、お別れを告げたあの日のように。どんな状況でも、最後は笑顔だった。


二股をかけていたことは、許せない。

許せないけど、私は彼とお付き合いして、確かに『幸せ』だと思っていたことが、たくさんあった。全てを否定するには、材料が足りない…


「ふふふ。私、もっと素直になればよかったな。“彼の本当”は、私にはきっと一生わからない。でも、彼といた時、確かに幸せな時間があったとこは、確かに分かる。」


しばらく、ひらひらと舞う桜の花びらを眺めていた。ここは落ち着く。知っているけど、別の場所。私の知っている場所に似ているけど、違う場所。

いつも古本屋に飾られている本の挿絵の色合いととてもよく似ている。ノスタルジックで深くて優しい。


今は秋。

なのに、ここはぽかぽか暖かくて、つらくて悲しくてぎゅっと強張っていた体が、緩やかにほぐれていく感覚を覚えた。実際わたしは、そのベンチで確かにうたた寝をしていたのだ。

していたはずだった。


ふと、目を開けると、そこはいつもの古本屋だった…


「あ、あれ?」

キョロキョロあたりを見回す。


「夢…?」


そう思って上を見上げると、桜が満開のベンチに熊が2匹よりそって座っている。不思議と、今この絵を見ても何も感じなかった。なんだか気持ちがすっきりとしている。お店に入ってきたときより、やたらと体が軽い。

不思議そうにしていると、店主が近づいてきた。


「今日はその本をお買い上げですか?」

「は、はい?」


いつの間にか、一冊の本を持っていた。

狐に包まれたように、ぼんやりあたりをみまわしつつ、手に持っていた本を店主に渡たしつつ、なんの本を持っていたのか、見てみる。


『桜、写真集』100円


安っ!100円って、この桜の写真集が?

今店主に手渡した本は、綺麗な満開の桜の花の写真が表紙の、桜の花の写真集だった。


なんだか、自然と顔が綻んでいた。



「毎度。またどうぞ。」

「はい。」

100円玉と本を交換すると、カバンに本を入れてお店を出る。

ドアが閉まる瞬間、


「…行けましたか。」

嬉しそうな店主の声が、背中越しに聞こえた気がした。



カランカランッ

ドアベルの音と共に、バタンとドアが閉まる。

「?」

お店を振り返る。扉は閉まり、お店の窓からは、店主がお気に入りの椅子に座って本を読んでいる姿が見えた。


「今、店主が何か言ったような気がしたんだけど…気のせいかな?」

不思議に思ったが、なんだかすっきりした気分だ。

空を見上げると、雲ひとつない青空。

秋晴れ!


ああ、私、この空好き!


好き!の気持ちが、私の頬を桜色に染める…


さあ、また、歩き出すんだ!

水曜日のお嬢さん、完結です。

お読みいただきありがとうございました!

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