ラーメン屋『脱・基本』
「クソ暑いなぁ。午後7時か。このまま帰るのもなんだからな。外食にするか。おっ、ラーメン屋を発見した。暑い時こそ熱いラーメンだよな」
「なになに。『ラーメン屋 脱・基本』変な名前の店だなぁ」と僕は思いながら『ラーメン屋 脱・基本』に入店した。
「へいっ、らっしゃい!」青いバンダナを巻いた大将が気合いの入った声で言った。歳は50代半ば。日焼けした肌がウンコみたいに黒光りしているキツめの大将だ。
「醤油ラーメンを下さい」と僕は言ってカウンターの席に着いた。
「へいっ、がってんだい。醤油ラーメン、一丁~! よっ! 御両人! あっぱれ!」と大将は変な事を言って醤油ラーメンを作り始めた。
「へいへい、よっ! お待ち!」10分で醤油ラーメンはできた。
「いただきます」と僕は醤油ラーメンのスープをすする。
「ブハッ、な、な、何ですか、これは! ぶへっ!」僕は醤油ラーメンを吐き出した。
「そーいうラーメンですぅ!」ウンコみたいに黒光る大将はニコニコ笑いながら言った。
「そーいうラーメン? マズイ」と僕は言って箸を置いた。
「なんだとテメェ、この野郎! 帰れこの野郎! 金を払って帰れこの野郎!」と大将は急にキレた。
「逆ギレかい? なめんな!」と僕は言って席を立ち『ラーメン屋 脱・基本』を出ようとした。
「テメェ待てこの野郎! 金を払ってから出てけ! この野郎!」と大将は言って包丁を磨きはじめた。
「マズイもん食わされて払えるかよ! なめんな!」と僕は言って店を出掛けた。
「待て! この野郎! 金を払ってから出てけって言ってんべ!」と大将は包丁を振り回して言うとキャベツを切り始めた後にサバをおろし出した。
「いくらだよ?」僕は仕方なく財布を開けた。
「8億5000万円だ! この野郎! 払え!! 一括払いだぞ!! 一括、一括!! この野郎!!」
「テメエ、ふ、ふ、ふざけんな! 死ね!! ハゲ!!」と僕は言って店を出て走り出した。
☆☆☆☆☆☆☆☆
僕は悠二。家賃1万円、築90年の都内のボロアパートに住んでいる貧しい大学生だ。三浪して、ようやく大学に合格した諦めの悪い意志の強い二十歳の男だ。
僕はクソ暑い夜更けに、わずか3畳の狭い部屋に寝っ転がっている。ハエが飛んでいる。小さな蛾も小バエも飛んでいる。何処から入ってきたのか知らないが野良猫が扇風機の上で寝っ転がっている。朝方には居なくなる野良猫だ。
僕は起き上がると出来上がったインスタントラーメンを食べた。
「美味い」と僕は言ってヤケクソ気味に食べていた。
「さっきのクソマズイラーメンよりも数倍美味いわ」と僕は怒りを込めながら言ってインスタントラーメンを食べ続けた。
インスタントラーメンを食べ終えると僕は寝っ転がってマンガを読み始めた。
電話が鳴った。
「はい、山岸です」
「……」
「もしもし?」
「一括。ガチャン、ツーツーツー」
と相手は言って切れた。
「はぁ!? 何だよ!!」
僕はキレた。アイツだ。ウンコ色した肌のラーメン屋の大将だ。名前は確か、名札だ、赤崎だ。赤崎乱。
また電話が鳴った。
「はい、山岸です」
「お前、学生証を落としただろう? 保険証や車の免許証も入っていたぞ。今、お前のアパートの下にいるから取りに来いよ」と赤崎乱は言って電話を切った。
僕は裸足で外に飛び出した。
赤崎乱はラーメン屋の屋台を引っ張ったままの姿勢で突っ立っていた。
僕は無言で学生証を引ったくると頭を下げてアパートに戻ろうとした。
「待てよ」と赤崎乱は言って屋台から飛び出すと僕の前に立ちはだかった。
「なんだよ!」僕はキレた。
「そう、カッカすんなよ。8億5000万円の用意は出来たのか?」と赤崎乱は真顔で言うと屋台に戻って麺の湯切りを始めた。
「アッハン!、アッハン!、アッハン! よっしゃ! アッハン! もう少しだい! アッハン!」と大声で喘ぎながら体全体をリズミカルに動かして鬼の形相で湯切りをした。
僕は近所迷惑を考えていた。
「アッハン! アッハン! アッハン! アッハン! アッハン! あーん!! あーん!! あーん!!」赤崎乱の湯切りは半端ない熱の入れようだった。
「うるさい! 喘ぐな! 子供がいるんだそ!!」と何処かの家の窓から怒鳴り声が聴こえた。
「すんません。仕事中なんですよ。すんません。もうしばらくのご辛抱を。アッハン!! アッハン!! アッハン!! あーん!! あーん!! あーん!! あーん!! あーん!! そこはダメよ!! やめないで!! あーん!! あーん!!」と赤崎乱は喘ぎ声を混ぜつつ返事をした。
「おい、食えよ」と赤崎乱は言って出来たばかりの醤油ラーメンを僕に持ってきた。
僕は学生証を持ってきてくれた赤崎乱に対して御礼の意味を込めて食べてやる事にした。
「あれ、美味いじゃん!」
驚くべき事に美味すぎる醤油ラーメンへと変貌していた。
「だろう? 俺は昔から緊張しいだからさ、夜ふけの方が上手く作れるんだよ」と赤崎乱は言って屋台から飛び出して走り出すと暗闇に向かって何かを投げ捨てた。僕は見てみぬフリをして醤油ラーメンを食べ続けた。
「じゃあな、勉強頑張れよ」と赤崎乱は言って屋台を動かすと歌い出した。ポケットからカスタネットを取り出してリズミカルに叩き客を呼び込んでいた。
突然、暗がりから大きな男が現れて赤崎乱の胸ぐらを掴んだ。
「お前か? さっきから、喘ぎ声とか、うるさいんだよ! もう午後10時だぞ? 帰れよ!! 子供が寝られない!」と大男は言って赤崎乱を揺さぶった。
赤崎乱は大男に話し掛けながらカスタネットを手渡すと大男は嬉しそうな笑顔を見せて赤崎乱と固い握手をした。
赤崎乱は大男から否定されてしまった赤崎乱独自による喘ぎながら湯切り調理法を始めると、5分ほどして醤油ラーメンが出来て大男に差し出した。大男は嬉しそうに食べると赤崎乱と親友のような雰囲気で談笑をし出した。しばらく二人は下ネタで爆笑をしていたが、大男の奥さんらしい女性が現れて大男の襟を掴みながら自宅へと引っ張っていこうとした。
大男は「大将、悪かったよ。もっと喘ぎ声を出して良いからね。大将の場合、喘ぎ声のお陰様で醤油ラーメンが美味しくなると分かったからさ。さあ、これからも遠慮しないで、どんどん喘ぎ声を出せよ」と大男は赤崎乱に言った。赤崎乱は頷きながら、奥さんに引っ張られていく大男の光景を黙って見届けると、あくびを1つして屋台を引っ張って行き暗闇に消えていった。
おしまい