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神殿都市の見習い騎士  作者: 桜飴
私がこの物語のヒロインです
6/8

「…見つかってしまった…」


 隣にいたトリアも私の視線の先を追い、小さく『げ』と呟きます。

 周囲の皆さまもそんな私達に気づいて視線を送り。


「おお、そういえば今日はまだ見てなかったな」

「静かだなと思ったら、今日はまだだったんですね」

「飽きないよなぁ…」


 彼女はずかずかと人ごみを縫って…あ、流された。

 すり抜け…られてませんね。また流されてます。


 やっと私達のテーブルに辿りついた彼女は、息を整え、いつものように胸を張り、心持ちこちらを見下ろすようにして毎日のお決まりのセリフを宣いました。


「今日こそうんと言いなさい!」

「嫌です」


 隣でトリアは黙っていますが、その目線は『またか』と呆れをこれでもかと含んでいます。

 悲しい事に、私達がカナン様の専属と認められてから、毎日の光景です。


「私がカナン兄さまの専属になるんだから!」

「無理だと騎士団長様もおっしゃったはずですが」


 毎日頑張るな~と同じクラスの皆さまに見守られている彼女は、私達より一年早く見習い騎士になったアンナリース・コーリン嬢、御年十歳。

 ファミリーネームが示す通りカナン様のご親族で、姪に当たるそうです。

 カナン様は叔父とは言えあんなに素敵な方ですし、まだ若いですし、騎士としてはエリートですし、気持ちはすごくわかります。

 ただ、この専属見習いという制度、色々制約があって身内の専属になることはできません。他にも基本的に同性同士で専属が組まれるのですが、フィーリはまだ五歳。幼すぎるという理由でカナン様の専属を許されています。

 私が外れても彼女が専属になれる可能性は果てしなく低いのですが。

 まあ、それはそれですよね、わかります。


「私の方がカナン兄さまのお役に立てるし!」


 アンナリース嬢、とても精霊力が強いんです。

 オレンジの髪に真っ赤な瞳。どこから見ても立派な炎属性。

 私と同じ熱を操るにしても、水を瞬間的に沸騰させるくらいはやってのけます。確かに町の外の魔物討伐などになれば、アンナリース嬢の力は心強いでしょう。

 でも、カナン様は塔詰めのいわば近衛騎士です。

 想定される戦場は主に室内。さらに本日、強いだけで調節のきかない術者は第一騎士団には向かないとレイ様によって太鼓判押された直後!

 ここまでくると、もはや穏やかな気持ちでアンナリース嬢を見つめられるというものです。

 それに。


「見習いは戦闘に参加できないはずです。

 専属はあくまでもお身周りのお世話をするだけで、戦闘時には見習いの待機所で待機するのが基本ではなかったでしょうか」

「兄さまのお世話くらい、私だってできるもの!」

「そもそもご両親が揃ってらっしゃる見習いの皆さまは誰かの専属につくことはない、と伺っています」


 見習いという制度自体が、身寄りのない見習い達の保護が目的です。

 つまり専属見習いとは、日常の簡単なお世話をする代わりに、その身元を保証していただける制度、という事になります。

 保護者が揃っている見習いが専属につくことは一部例外を除いて認められておらず、アンナリース嬢の願いは、きっといつまで経っても叶えられる事はないのです。




 午後の実技訓練は講義のクラスとは違い、実力別のクラス分けになっています。

 私やトリアがいるのは、剣技や術を教わる前の段階、体力づくりのクラスです。

 全員ここから始まり、教官の騎士様の合格を貰えると次の段階へ移ることができる仕組みです。

 フィーリを含め、十二歳以下はよっぽど剣の腕が無い限りはこのクラスに留め置かれるものらしく、アンナリース嬢もこのクラスの所属です。

 体力づくりの次には護身の為の簡単な体術のクラスに進み、そこでで合格を貰えるとやっと見習い騎士は剣技の、神官見習いは術の指導のクラスへと進み、全過程を修了した後に『正騎士』『正神官』に叙任、となります。

 今日のカナン様のお話では正騎士に認められても、正騎士としての訓練に参加できるまでが長そうですが…


 訓練の内容は、ほとんど前世の体育と変わりません。

 一つ上のクラスになると剣や杖を持ったまま走ったりしますが、一番下のクラスは成長途中の子供も多く、あまり激しい訓練は身長などの発育を阻害すると言われ、最も休息も多く訓練の一環で鬼ごっこなどの遊びも行われます。

 私達のようにより知識を付ける為の入団ではなく、騎士を目指してこられた方達は、このクラスに一週間以上いる事はありません。神官だからと体力づくりを怠けがちの神官見習いの方は結構残ってしまうのですが…


「絶対、諦めないから…!」

「…話さない方が、いいと思います…」


 食堂で遭遇してしまって以降、クラスも同じ為結局ここまで延々『専属をやめろ』『やめない』の問答を続ける羽目になってしまっています。

 本日の課題は全力疾走。前世で言う50メートル走でしょうか。

 もちろん力の限り走った後ですので息切れは当たり前ですが、その場に座り込んだまま長い事立ち上がれない彼女を見ていると、不安になってきます。

 アンナリース嬢はとても勉強ができますが、体力は五歳の私並。いえ、致命的な運動音痴でいらっしゃるのである意味フィーリよりひどいかもしれません。

 フィーリの倍生きていて、50メートル走がフィーリとほぼ同時ゴールで大丈夫でしょうか。

 騎士としては致命的だと思います。どう考えても体力勝負ですし。

 フィーリがスラム育ちで子供の割に体力があることを差し引いても、少し走っただけで座り込むほどの体力では、長時間立ったままの勤務すら珍しくない騎士になるなんて、夢のまた夢。


 騎士になるのは難しい、というのはご両親はじめ周りの方々も共通の認識らしく、神官の見習いの勉強が始められる頃には転向するべき、と説得されていると伺っています。

 アンナリース嬢が目標にしてらっしゃるカナン様にも、そう諭されている現場を見たことがあるほどです。

 そんなときの彼女はとても傷ついた顔を…いえ、あれは傷ついたというよりはふてくされた顔、でしょうか。

 それに彼女は反対されればされるほどムキになる性格でもあるらしく、絶対にあきらめない!と日々実技訓練に挑んでいますし、私にもカナン様の専属をやめろ!と言い募ってきます。

 後者は是非やめてほしいのですが、目標に向かってがむしゃらに頑張れる姿勢は、三十路女の意識の強い私にとって、まぶしくもあります。


「私が、あんただったら良かったのに…」


 ぽつりとつぶやかれた言葉に、思わずあたりを見回します。

 幸い気付いた人はいないようで胸を撫でおろしましたが、こんなセリフを万一同じ専属の身分の子達に聞かれたら、間違いなくアンナリース嬢は敵意を持たれてしまいます。


「カナン様に巡り合えたことは幸運だとは思いますが、さすがにそれはどうかと思います」


 望んで孤児になる人なんていません。

 誰だって、できれば私だって。欲を言えば両親、だめなら片親だけでも、血のつながった保護者の元で暮らしたいと思うのですから。

 両親が揃いとびぬけて裕福ではないにしても、明日の心配のないお嬢様である彼女に羨むようなことを言われたら、普通は皆怒ります。

 ただ私は、そして同じカナン様の専属であるトリアは。彼女の未来にまつわる話を知っているので、怒るに怒れない気分になるだけで。



 アンナリース嬢とカナン様のコーリン家は、今日の講義にも出てきたセイクリオンに最初にやってきた始まりの神官様の末裔です。

 しかし神官様のお役目は世襲ではない上、代々一族は権力闘争に向かない性格をしておいでのようで、現在は財力も権力もない血統だけは一級の一神官家に過ぎません。

 ファンタジーのみならず歴史でもよくみられる事ですが、由緒ただしい血統でありながら権力も財力もない家は、しばしば新興で歴史のない権力者の所へ娘を嫁に出す事があります。

 血統しか誇りのない家には財がもたらされ、成り上がりとさげすまれる家には古く正しい血という正統性が加えられる。

 カナン様のご姉妹も皆さまそうして嫁いで行かれましたが、そのうちのお一人が嫁ぎ先で大変才能豊かなお子様を産み、その方は若年でありながら既にセイクリオンでも重役に付いておられるとの事。

 そうなればその血統が注目されるのは必然。

 自らの家により力をもたらす才能を。そうすると『婿』として迎え入れなければならないカナン様より、『嫁』として迎え入れられる女児の方がより求められるもの。

 現在コーリン家の未婚子女最年長のアンナリース嬢には、既にいくつもの縁談が舞い込んでいると聞きます。

 それがどうしても前世の価値観に引っ張られがちの『私』は気の毒に思えてしまい、きちんと拒否はしますが、強く邪険にはできない、という事態に陥っています。


「昨日届けられた縁談なんて最悪なのよ、ハゲジジイなの」

「あんまり年が離れてるのは考え物ですねぇ…」

「それに、もう奥さんが十人いるの」

「それならすでにお子様も沢山おいでなのでは?」

「一番上の子どもはお父様より年上で、一番下は私より年下よ」


 もはや顔を作ることもできません。ひきつった私の顔を見てアンナリース嬢は苦笑し。


「これでもあんた、私の方がいいって言う?」


 さすがにうんとは言えません。


「…そういった極端な縁談は、カナン様の方からお断りされるんですよね…?」

「うん。情けないけど、お父様やお母様はそういった駆け引きには疎いから」


 カナン様は騎士として塔暮らしですが、週に一度はご実家の方に顔を出されます。

 そういう時は大抵姪たちに来た縁談を切って捨てる作業をしているそうで、帰宅の翌日には大概疲れた顔をしてらっしゃいます。


「好きな人と結婚したいってわがままかしら」

「わがままだと思っていたら、カナン様は断るどころか進めると思います」


 確実に自分の姪が不幸になるとわかっている結婚を良しとしないから、疲れるとわかっていても帰宅なさるんでしょう。


「そうよね。だから私も、兄さまと結婚したい」

「いえ、それとこれとは別の話では?」

「いいの、同じ話にするの!」


 アンナリース嬢は勢いよく立ち上がりました。


「絶対にあきらめないわ。兄さまとの結婚も、専属になることも」


 そんなアンナリース嬢を見て感じるのは、これダブルヒロインとかそういう世界じゃないよね?という不安です。

 私を(ヒロイン)とする世界であるならば、アンナリース嬢はライバルや悪役令嬢の立ち位置になるのでしょう。

 でも、子供らしく一生懸命カナン様をお慕いする姿は同じ方に好意を寄せる者としては共感を持てますし、大人としての意識の強い私から見ると、とても微笑ましい。

 それに…ヒロイン(わたし)が立ち向かうべきライバルは、実は他にいるのです。

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