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神殿都市の見習い騎士  作者: 桜飴
私がこの物語のヒロインです
5/8

 任務の報告がてらこちらにきていたというレイ様は、この後は非番だからとカナン様の代わりに食堂に残ってくださいました。


「メイフィ様、あんなにお優しいのにヤバいんですか?」

「んー、まあメイフィにも色々あるんだよ」


 レイ様の返答はちょっと歯切れが悪いです。これは触れてはいけないやつですね、わかりました、空気を読みます!


「僕たちは不運でしたけど、本来騎士様の訓練となれば、あの程度の事故はあるものでは」


 トリアもそっと矛先を変えてきました。

 スープを掬う手はもう震えていません。


「そうだね。弾かれた物が近くの奴に被弾、なんて結構ある話かな~」


 はははと爽やかに笑うレイ様。全騎士団中最も過酷と噂される第四騎士団の訓練を思い出したのか、ちょっと目が虚ろです。


「ただね、第一は親衛騎士団、つまり猊下を守る為の戦いを想定されているでしょ?」

「…そうか、あんなに強い術は使用できる状況下にあることが少ないんですね」


 トリアが頷きます。


「そう。どの程度の物かは見てないからわからないけど、メイフィがお怒りって事は、実戦で使えない威力だったって事だよ。

 心術ってさ、出力を上げようと思ったら個人の力の限界値まではあっさり上がるんだけど、乱戦や狭い場所での戦闘時はそんな威力いらないし、キャパがでかいやつほどとっさに威力絞るの難しいんだよね」


 心術は個人の強い願いに反応して発動します。確かに、戦闘中の使用は難しいかもしれません。

 さらに室内戦を主とする第一騎士団では、むしろ剣技の技量の高い方が向いているのでは。


「たぶん今日失敗した奴等、これから毎日しごかれて力の調節を物にできなきゃ異動になるだろうなぁ」


 確かに。この町で最も尊い方の警護で失敗したりしたら目も当てられません。


「うっかり猊下に何かあったら本人どころか家族もタダで済まなさそう…」

「あー、いや猊下は平気だと思うよ。まあ周りにいるだろうお偉方に何かあったらって言うのが正しいね」


 一番偉い人は心配ないと言い切るレイ様に、トリアと二人、首を傾げると。


「二人ともカナンの専属だから、近いうちにわかるんじゃないかなぁ」


 レイ様は笑って食事を進めるように催促しました。




 レイ様に講義のある教室まで送っていただき、私達はそのまま午前の講義に出席しました。

 大体塔では午前が講義、午後が実技のスケジュールです。

 教室内の顔ぶれは老若男女が入り混じり、服装も私達と同じ見習い騎士のチュニックか、見習い神官の簡易法衣を着ています。

 人数比は七:三というところでしょうか。年齢的には十代が最も多く、次が二十代、そして私達十代以下、最後が三十代、もしくはその上の世代。

 見習いと認められた時期によって年齢関係なくクラス分けがされるので、こういった実にバラエティ豊かな顔ぶれになるのです。


 今日の講義は世階史です。大好きな講義ですが、残念ながら講師がよろしくありません。

 ぷるぷると震えながら講義台に上ったおじいちゃん神官様は、その語り口調が絶妙に眠気を誘うのです。

 毎回ノートをとるのに必死で、全く講義内容が頭に入ってこない。

 けれど、歴史においては右に出る者はいない研究者でもあります。

 カナン様も見習いの時分にこの方の講義を受けていらっしゃるので、眠らない秘訣をお伺いしたところ、『気合いと諦め』という、なんとも残念な返答をいただきました。

 レイ様にもお伺いしたところ『自分で復習がんばってね!』とにこやかに返され、この神官様の講義に限り居眠り常習者のトリア共々がっくりと肩を落としました。

 きっとこの老神官様のお声には、無意識のうちに睡眠の術が乗っているに違いありません。どんなに真面目な方でも一度は居眠りに導かれてしまうのですから。


「それでは今日の講義は先日大まかに触れたという歴史のうち、特にこのセイクリオンが町として興った前後のお話をしようと思います」


 背後の黒板にゆっくりと丁寧に文字を綴っていくその姿は、正しく前世の『学校』です。


「町として興る以前、ここは北限の山々が連なるだけの山岳地帯でした。

 そしてそこに神からの啓示をうけ、やってきたのが偉大なる初代教皇、カーナエリス一世猊下。

 神々との契約の地としてここに至った猊下の前で山はその身を折り拓かれてゆき、水が走り、今私達がいる塔が顕れた。そう言い伝えられています」


 前世の宗教も真っ青の奇跡の大盤振る舞いです。さすが神様が実際にいる世界は一味違いますね。


「はじめ、この地に移り住んだのは初代教皇猊下とそのご家族、そしてご家族にお仕えする人間だけだったと言います。 

 もちろん教皇という概念も存在しません。数多あるこの町の家々も神殿も何もなく、ただ深い森のほとりに、この塔だけが立っている状態でした」


 ゆっくりした口調は確実に見習い達を夢の世界へと誘導しています。実際、隣のトリアもこっくりと前後に頭が揺れているほどですから。


「やがて各地から神々の啓示を受け取った他の者達がやってきました。

 彼らはそれぞれ一柱の神から啓示をうけた神官の最初の一人。家族を率いてやってきた者もいれば、たった一人でやってきた者も。

 初代教皇のご一家はそれを喜んで受け入れ、共に塔に住まわれました。

 そして次にやってきたのが行商の民と言われています。

 彼らが塔に住まう人々の情報を得て、他の地域に拡散していく事でこの塔の存在が知られる事となる」


 当時どころか今もこの世界電話がありません。手紙はあるにしても郵便という概念がそもそもないので、

 町の外への手紙は今でも行商人に頼むのが常です。つまり行商人は当時から情報の伝達手段だったんですね。

 あああ、しかしもう私も眠気が限界です…

 目がかすむ、子守歌が意識を押し流そうとしている…


「神々に愛された方々を慕い、また救いを求めて人々がやってくるようになり…」


 そんな神官様のお声をBGMに、私は夢の世界へ旅立ってしまったのでした…




 座学が終わればいずれの世界でも学生生活の楽しみの一つ、昼食です!

 教皇猊下のおわす塔の食堂ということで、前世の学校給食と比較しても彩りも華やかでボリュームにも優れた物が供されます。

 正騎士や正神官の皆さまはそれぞれ好きな物を頼まれる事もあるそうですが、見習いとして勉学に励む間は皆同じ献立。

 年齢と胃の許容量によって量の増減はありますが、お替りも自由で食の争いがない事は嬉しいことです。

 でも、今日は居眠り妖精の異名を持つ神官様の授業の後。

 皆早々に食事を終え、食堂の隅のテーブルに集まってノートを突き合わせ、欠けた箇所を埋める作業に入ります。


「最後どこまで話してた?」

「板書の最後が街壁の建立だったから、五世の御代と予想!」

「サラ…で止まってるんですけど、これ何書こうとしたんだかわかります?」

「三世時代のサラジアの乱か、四世末期のサラウィーダの町との交易開始かどっちか」

「二世時代以降の記憶がない…」

「それならまだマシ。俺一世が塔にやってきた所で終わってる」

「歴史書借りてきたぞ~」


 見習いの中では年嵩に入るアベルさんが、資料室から分厚い歴史書をもってきてくださったので、皆で粛々とそれを写し取っていきます。


「うえ、第二街壁が六世の時代だった。授業終わりはこっちの可能性もない?」

「そうなると第一街壁建立が五世の初頭だから、さっきのサラ、もサラマンダーの尾根の発見の可能性が出てきたぞ」

「これ今日俺居残りだ…」

「私家の手伝いがあるので、明日の朝早くに来て、かなぁ…何時から資料室開いてましたっけ」

「資料室は一日中開いてるよ。でも次の歴史講義は四日後だから、写し終わればノート貸す。家でやりな」

「四日後の講師は誰だったっけ、ウィーナ神官?」

「誰でもいい…居眠り妖精でなければ誰でも…他の座学もやばいのに、時間取られるのはきっつい」

「ファナリーア神官だと予習必須だぞ。めちゃくちゃ当てられるぞ」

「ファナリーア様は、一月ほど外回られるって事でお留守のはずですよ」

「マジでか、助かった。さて、俺終わったから水取りに行くけど、他に欲しい奴~」


 前の職業柄文字を綺麗に早く書くのが得意というクラスメートが尋ねると、はーい、といくつもの手が上がります。

 年齢も性別も様々ながら、見習い騎士の皆さまと一緒にいると、本当に学生時代に戻ったような気がします。

 たぶん、その年齢の方々が一番多いからでもあるのでしょうけども。

 ワイワイとにぎやかにしゃべりながら勉強する光景は、そのまま前世の高校辺りの試験前風景に重なります。


 私とトリアは同じ施設に帰る為、帰宅後写しあう事が可能です。ですので二人でそれぞれ分担して書き写した結果、他の方々より早くに終わりました。

 写しはじめは少し満腹具合が気持ち悪かったものの、お腹もこなれてきましたし、午後の実技教練という名の体力作りもがんばれそう…と振り返ったその先に。


「…! 見つけたわ!」


 ばちりとオレンジの髪をみつあみにまとめた、フィーリより少し年上の少女と目があってしまいました。

7/2 城壁を『街壁』表記に直しました。

城はないけど、わかりやすい表記を思いつかず城壁にしていたんですが、ふと街壁でいいのでは?と続きを書いているうちに思いついたので。

そんな風にこれからちょこちょこ変更があると思います。

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