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神殿都市の見習い騎士  作者: 桜飴
私がこの物語のヒロインです
3/8

「よし、間に合った!」


 あっという間にたどり着いた朝日に輝くばかりに白い、巨大な塔。一般に第一神殿、もしくは大神殿と呼ばれています。

 町の中央に位置し町の中で最も古い建物という事ですが、経年劣化の跡が全く見えないという、驚異の建造物です。というか、継ぎ目すらわからない。

 さらにこの辺りがファンタジーだなと思うのですが、お膝元で暮らす私達には白い塔にしか見えません。けれど、この町から離れれば離れるほどハッキリと、塔が輝いているのが確認できるそうなんです。

 さらに言うと、塔には影が存在しません。明らかに塔の向こうに太陽がある時間帯でさえ、町にはどこにも温かな光と熱が届くのです。

 この辺り、もし触れられるならもう少し詳しく勉強したいのですが、残念ながら今の私の知識では『不思議な塔』どまりの建物です。識者と呼ばれる神官の皆さまでも、わかっていない領域である可能性も多分にありますが。


 私たちがたどり着いたのは塔の裏口にあたる所。表側は常時解放された扉の奥に祈りの場、前世だとかなり広い教会に似た作りの空間があり、遠方からの巡礼や町の参拝者で常ににぎわっています。表側からも入ることは可能ですが、この時間は神官の皆さまの朝のお勤めがあるため、参拝は少ないながらもかなり込み合います。

 一度表から入った事があるのですが、トリアも私も、用事の無い限りはもう二度とそちらに入らないと固く誓うほどにひどい目に遭いました。



「よう、トリア、フィーリ」


 コーヒー片手に裏口脇の詰め所から顔を出したのは、四十代ほどの騎士様。全騎士団共通の騎士服に、肩から赤い飾り布――この世界の肩章をかけています。この色が所属神殿を表していて、この騎士様は塔の表側、紅の神殿所属の騎士様です。


「今動きを補助していたのはトリアの心術か? コントロールがうまくなったなぁ。使い始めた時はしょっちゅうフィーリを転ばせてたもんだが」

「毎日使うので。でも遅刻ギリギリが多いっていう事でもあるのでちょっと嫌です」

「ま、朝早いのは誰でもしんどいさ。ましてやフィーリの年齢なら、まだ寝てても文句言われない時間だからな。そこは大目に見てやれや」


 わしわしと音がしそうなほど手荒く頭を撫でられ、トリアの頭は鳥の巣の様に。

 フィーリの髪も癖がありますが、トリアは実は前世で天然パーマに分類される超癖毛です。

 毎朝きちんと髪を洗い、乾かし梳かして爆発を防いでいるのですが…むむ、つまりトリアはフィーリの何倍も早起きしてきちんと身づくろいしているという事に…うん、まだ体が子供なので、睡眠が必要なんです。トリアの方が年上なので、フィーリほどは睡眠が要らないんです。そういう事にしておきましょう。


「…専属見習いなので、連続遅刻はさすがにまずいです」


 なんとか大きな手から逃れたトリアが、髪を手櫛で直しながらつぶやきます。


「お前さん達の専属はコーリン神官家の末っ子だろ? あいつはそんなに融通が利かない性格じゃないはずだが…まあ、第一神殿所属の騎士の専属とあっちゃあ、確かに遅刻が多いのはいかんな」


 騎士様は一度詰め所に引っ込むと、キラキラと光るペンダントを二つ、持って帰ってきました。


「ほい、失くすなよ。んじゃ、がんばってな」

「「ありがとうございます」」


 それぞれ一つずつ首に掛けます。そのまま詰め所の先の扉に触れると、大きな扉は音もなく、大きさに見合わぬ軽さで開きました。


 裏口を入ってすぐは出入りの商人達が商談を行う広い広場です。

 この場所に窓は一切ないはずなのですが、外と全く変わらず明るいです。

 天井は高く、照明は一切付いていません。私達にはわからずとも塔自体が光るので、天井が光っているのかと思ったら、そうではなくて天井や壁を透過して外の太陽光が直接差し込んでいるのではないかというのが、塔の研究をしている神官様のお考えのようです。

 …自分達が神殿として利用している建物が、どういう原理で作られたかも、どういう仕組みで機能しているのかもよくわかってないって、結構怖い事だと思うんですけどね。

 信仰心が篤いと全て『神の御業』で片づけられちゃうんでしょうか。


 今朝も広場では商人の皆さんが食堂の担当者、もしくは塔に居住している方々のメイドの皆さんを相手に商談しています。

 食堂の担当者さん、女性は皆シンプルですが品の良い仕立てのエプロンドレスです。メイドさんは前世におけるクラシカルメイドが一番近い感じでしょうか。高位神官様の専属メイドともなれば通常の下働きと基本的な型は同じでも使う生地の質が上がり、お仕えしている方の紋を入れることを許されます。

 そんなひらひらと翻るスカート衣装を目にすると、男女共に代わり映えのしない見習い騎士服はいかにも野暮ったくて…ちょっとだけ悲しくなります。


 広場に入って正面にある扉をくぐると、そこは広い階段で人が忙しなく行き来しています。

 目的地は四階、本来なら駆け上がっていきたいところですが、ここから先は走るとお叱りを受けることも多いので、見とがめられない程度に早く足を動かす事に注力します。

 それでも、トリアには余裕があるのが悔しい所。

 銀の透かし彫りが入ったペンダントトップを見つめながら余裕の表情です。足でもひっかけてやりたいです。


「いつ見ても不思議だよな」

「そうですねぇ」


 銀色のペンダントは、前世に置き換えるとカードキーが近いでしょうか。一般に開かれている以外の所に入るには、権限を持つ誰かに入れてもらうか。そしてこのペンダントを借りるか、自らが自由に出入りできる権限を受けるかの三択です。

 この塔にペンダント無しで自由に出入りができるのは正騎士、神官に正式任命された方々、先ほど見た専属のメイドの皆さま。

 出入りの商人などは事前申し込みをした上で詰め所の騎士様の案内で入ることが普通との事でしたので、もしかしたらそういう仕掛けがあると知らない人もいるかもしれません。

 ペンダントは詰め所の騎士様が持ち回りで管理し、また万一の悪用を防ぐために一晩を過ぎると、その鍵の能力を失う、と習いました。

 その為ペンダントを使用者である外から働きに来ている食堂・掃除他雑用の方々はシフト制が組まれていて、見習い達も必要以上に塔内に残らないように講義時間などが配慮がされています。


 前世で働いていた会社…というか残業当たり前の日本企業に見習わせたいこの勤怠管理。

 一方で塔の内部に通行証無しで取り残されると、冗談抜きに遭難します。月に一度は遭難者が出て、塔勤務の騎士様や同僚の方々に保護される、という騒動が起こると聞きますし、町の外からやってきたお偉いさんが興味本位で出歩き迷子に…なんて事もあるそうです。

 皆時間を守って行動せざるを得ない、という事かもしれませんね。



 塔は円錐形に近く、根本は太く、上に行くほどに狭くなっていきます。

 一階部分は先ほど通っていた広場や表側の礼拝所。二階は商人だけではなく他国のお客様との面談に使う応接室や巡礼者にも開放されている外向けの食堂が入り、公に当たる部分。

 三階部分からは内勤向けの食堂や下働き達の主な職場になる洗濯室などが入り、私の部分が増えてきます。

 私たちの目指す四階、そこには騎士団の訓練場があります。


「カナン様、起きていらっしゃるでしょうか」

「寝坊してもたたき起こしてやるって団長さん言ってただろ」


 私たちはこの大神殿に所属する正騎士様の専属で、その方はこの塔で寝起きしてらっしゃいます。

 困った事に寝坊常習犯なのですが、私達見習い、特に十五歳未満の見習いはこの塔での生活をまだ許されず、朝に起こして差し上げることはできません。

 普段であれば起床時間に間に合うのですが、今日は早朝に訓練が入っており、私達が到着する一時間前には起床・朝食をとって、この時間にはすでに訓練を開始しているはずなのです。


 激しい爆発音、金属が撃ち合う音など物騒な事この上ない音が響いてくるドアをそっと開けると、そこには訓練着を着込んだ騎士様達が汗を流していました。

 丁度今は一対多数の訓練でしょうか。


「あら」


 様子を眺めていた近くの女性が振り返ります。


「おはよう、トリア、フィーリ」


 赤いつややかな髪をポニーテールにまとめ、簡素な訓練着で化粧は最小限。それなのに溢れるこの色気。

 大神殿付きの騎士団でも指折りの美女と名高いその騎士様は、にっこりと艶やかに微笑まれました。


「おはようございます、メイフィ様」

「カナン様、起きてらっしゃいますか?」

「ええ、今はあそこにいるわ」


 手入れの行き届いた綺麗な指先がしめした方には、何人もの騎士様。

 塔詰めのこの騎士団はこの都市の頂点である『教皇』の親衛騎士団であり、技量はもとよりその容姿も選抜の大事な要素となっています。

 必然、メイフィ様だけではなくこの場にいる誰もが容姿端麗。けれど、私が探している方よりもきれいな方はいないと断言できます!


 何人かの騎士に指示を出している様子の青年。いえ、前世の私の感覚で言えばまだまだ少年の域を出ない年頃です。

 スピード重視の戦い方をする為に無駄な肉はなく細身の体。銀色の髪はサラサラでちょっと長めのそれがまた似合っています。

 瞳は綺麗な琥珀色。肌は透き通った白で、町を歩けば誰もが振り返る整った容姿の持ち主。

 私(とトリア)がお世話させていただいている、カナンスフィーア・コーリン様。

 血筋も正しく古くからこの町の神職をお勤めの家柄で、ご自身は教皇直下の第一騎士小隊長。


 そして彼が、私のヒーローなのです。

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