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神殿都市の見習い騎士  作者: 桜飴
私がこの物語のヒロインです
2/8


「フィーリ、何やってんだ?」


 今までを思い返し、ヒーローに思いを馳せていたところ、着替えの途中で手がお留守になっていたようです。

 ノック無しで部屋に踏み込んできたのは、同じ町出身のトリア。フィーリよりは三つ上の八歳です。

 まだ子供ではありますが、元々裕福な家の出身だけあって教育も行き届いており、所作が上品だと孤児院を運営しておられる司祭様が褒めていらっしゃいました。

 それは認めます。見た目も悪くありません。むしろ将来はイケメンと称賛される容姿になろうことは想像に難くありません。子供なので私はときめきはしませんが、孤児院にいるお嬢さん達の数名は熱い視線を送っていました。


「乙女の部屋に無断で入らないでいただけますか」

「…めんどくせ。時間見て行動できるようになってから文句言えよ」


 ハッと時計を見れば確かにそろそろ孤児院を出る時刻。ぐぬぬと黙った私を鼻で笑い、トリアは部屋の隅にある古く粗末なドレッサーからブラシを取ると、『とっとと座れ』とジェスチャーしてきます。

 五歳児のフィーリは手が小さく、髪を自分でどうにかすることができません。

 かといって見習いとして朝の早い私の世話を同時刻猛烈に忙しい大人たちに頼むわけにもいかず、いっそ髪を切ってしまおうかと考えていたところ、同じく騎士団の見習いとして仕事に出る事になった彼が引き受けてくれたのです。

 そこは大変感謝しています。この世界、女性の短髪はあまり好ましくないという常識があるようですので。

 助かるのですが。


「…おい、寝る前にきちんと梳かしたのかよ。

 滅茶苦茶もつれてんぞ」


 一言多い。


「…私なりに頑張りました」

「ふーん、てぇことは相当寝相が悪ぃんだな」


 ほんっとうに一言多い!


 私に対してはこんな口の利き方ですが、さすがに神官様や大人に対する口調は違います。

 まあ子供らしいといえばそうでしょうし、口調がぞんざいなのは、おなじ身の上となってしまった私含め子供に対して仲間意識を持ってくれているのでしょう。

 そう、彼も所謂『薄幸の少年』なわけで、精神年齢がずっと年上の私としては、おおらかな目で見てあげませんと…


「どうしたら髪に結び目ができるんだ? しかも固っ!

 取れんのかよこれ、信じらんねぇ…」


 寝相が悪い!とブツブツ言い続けてますが余計なお世話ですよ!




 髪を整えて貰い、朝の準備に右往左往してらっしゃる神官様がたに挨拶もそこそこ、大急ぎで孤児院を飛び出した私とトリアは、一緒に細い路地を全力ダッシュします。

 まあ五歳児の全力なんてたかが知れてますけども。

 口の利き方はとにかく、基本的に面倒見のいいトリアは遅刻しそうになろうとも私を置いていこうとはしません。

 その優しさは得難い美徳とは思いますよ、ええ。


「ほら短い脚さっさと動かせ~」


 この余計な一言さえなければ!!

 絶対絶対口には出せませんが、あの流行り病で亡くなったトリアのご家族の中には、私と同い年の妹もいたと聞いています。

 その為私に妹さんの影を見ている事は想像に難くありません。ありませんけども!

 これ! 絶対!! 『お兄ちゃんは意地悪』だと思われてたパターンです!


「おやま、トリアとフィーリ、今日もお勤めかい。ご苦労様」


 行く先から店先の掃除をしていた小間物屋のおかみさんが笑顔で手を振っています。


「おはようございます」

「お、はよー…ます!」


 余裕があり、きちんと答えられたトリアと違い、私はどうしても息が切れてしまいます。


「おはよう二人とも。フィーリは今朝もずいぶん辛そうだな」


 小間物屋さんのお隣は生鮮食品、主に野菜や果物を扱うお店です。そこのご主人が苦笑しながらオレンジを一つ、投げてよこしてくれます。

 難なくキャッチしたトリアが「ありがとうございます」とお礼をいい、私も走りながら申し訳程度に頭を下げました。

 その人影を通り過ぎようとしたとき、ふとおかみさんとご主人の『天才児は大変』という言葉が耳に入りました。

 そう、何をかくそう、天才児とは私の事なのです。




 話は私がこの町にやってきた所に遡ります。


 保護してくださった神官の皆さまの献身もあり、私は病から脱し、孤児院に預けられました。

 しばらくは栄養失調が深刻という事で、結局病人であった頃と扱いは変わらず、おかげ様で状況把握から底知れない不安と戦い、自分がヒロインであると気付くまで、余計な心配を増やす事なく過ごせたと思います。

 ヒロインであると気付いた私は、通常の生活の許可が出ると即座に自分のスキル確認に励みました。

 何かチートなスキルを所持しているのではないか。思いつく限り試してみたのです。


 結果は、残念ながら惨敗だったと言わざるを得ません。


「…まずい」


 トリアが目的地に建つ大時計を見上げて呻きます。つられて見上げた先、確かに危ないどころの時間ではありません。


「手伝ってやるから、転ぶなよ」


 言うなりトリアはぐんぐん速度を上げて走り出しました。同時にふわりと体が浮く感覚。先ほどまでは疲れて重く感じていた体が、まるで浮いているよう――いえ、本当に浮いています。足は地面に付いているのですが、重力がカットされたように重さを感じません。足を動かすだけでスイスイと景色が後ろに流れていきます。

 これが、トリアの魔法。風の力で体を支え、移動速度を上げる。本当に、私にもこんな有用な魔法があったらよかったのですが。


 この世界は、誰でも大なり小なり魔法が使えます。この世界ではそれぞれ個人固有の魔法は心術、魔力は精霊力と呼ばれています。

 その力の系統は外見色と呼ばれる瞳や髪の色に強く左右されるということで、オレンジと深緑の外見色を持つ私は、炎系列、とりわけ熱に通じるもの、そして植物に通じる心術が得意ではないかと思われました。

 実際、できるんです。できたんです。

 念じるだけで冷たい水はお湯になりましたし、テーブル上の種から芽は出て根を伸ばそうとしました。

 でも、そこまでです。お湯も飲み頃の白湯程度、芽は出るものの、さすがに土の恩恵がないとそれ以上は育っていかない様子で。念のため土に種を埋めてから再チャレンジしてみましたが、やはり芽が出る段階で成長は止まってしまいました。

 知識が無くてもわかります。私の力は大したことがないと。

 では他になにか有用なスキルはないのか。考え、時に神官の皆さまの力を借り、色々調べた結果は『何もナシ』。体力普通、発想力普通、手先の器用さ、普通。

『年齢と共に成長していくものですから』

 神官様はそう慰めてくださいました。確かにこの小さな手ではできる事は限られています。ただ、最もショックだったのは『発想力』。


 心術、という名前に関係してくるのですが、個人別の術には呪文というものが存在しません。

 術の行使は『強く念じる事』が基本です。

 端的にいいますと『こうしたい』と念じたことに力が反応し、その現象を起こす――これがこの世界の基本的な魔法で、個人で力の差が如実に出ます。

 そもそも私は大した力を持たないという太鼓判を押されてしまいましたが、世の中には取るに足らないとされた能力しかないながらも、上手く駆使して周りが驚くような成果を上げる人もいるのです。そう、それこそ小説のチート主人公のように!

 つまりこれは、彼らに発想力があったから。私はそれがない。これは結構堪えました。


 代わりと言っては何ですが、私が大人に高く評価していただけたのが、四則計算と対人スキル。

 文明のレベルが現代日本には全く追いつけないこの世界では、四則計算以上の複雑な計算スキルは一般生活に無用とされています。まあ、日本でだって一般の生活で円周率も三角形の面積も求めろなんて言われません。

 対人スキルはさすがに三十年近く生きれば多少身に付きます。辛かった電話応対のスキルがこんなに高評価をいただけるとは思ってもみませんでした。人生何が起こるかわからないものですね。


 とにかく、孤児として生まれながら、少しの教育を受けただけで幼年期の教育を修了してしまう。

 天才児フィーリの名は瞬く間に町中に広まりました。

 私としましては、どこぞのお貴族様が養女にしたいと申し入れてくるという展開を期待していたのですが、この町は一夫多妻制のみならず、一妻多夫制が採用されている為、お金持ちはどこも子だくさんなのです。

 また、才能のある子は貴賤に関わらずどんどん環境を整えて伸ばすべき。そんな風潮もあったようで。

 同じく裕福な出ゆえに教育が進んでいたトリアと共に、見習い騎士への就任を余儀なくされてしまったのです。

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