くまたん と うさたん と しいたけ
「なあ、うさたん……起きてるか?」
「ああ、くまたん……まだ、大丈夫だ……」
「くそっ、俺たちともあろうものが……油断しちまったな……」
「もう言うな、くまたん……甘い匂いに誘われた俺たちが間抜けだったんだ……」
「ああ……そうだな……俺たちは間抜けだ……」
キノコのテーブルの上には甘そうな紅茶。そして美味しそうなクッキーが乗っています。どちらもいい香りを漂わせております。
その割に、その周辺は森の中とは思えないほどの空白地帯です。不思議なこともあるものですね。
「なあ、くまたん。覚えてるか? あの時のこと。くまたんったら俺の足を見てさ、幸運のお守りにするから頂戴、なんて言ったっけ。」
「はは、そんなこともあったな。うさたんこそ、胃腸の調子が悪いから熊胆おくれ、って言ったよな。お互い若かったなぁ。」
「あれから十年か……長かったのか短かったのか……お互い長生きしたもんだ。ぐふっ、ちっ、体が小さい分俺の方が先か……」
「うさたん! お、俺を置いていかないでくれよ! お、俺、一人じゃあ……」
「ばか、そんなでけぇ体して何言ってんだよ……どうせ後から来てくれるんだろ? 俺の方がちょっと先に行くだけさ……俺の足、くまたんにくれてやりてぇけど……」
「う、うさたん……もう、身動きが取れないんだろ……? 俺もなんだ……うさたんに、俺の熊胆をあげたくても、腕一本すら動かすことができないんだよ!」
「くまたん……俺がこんなものを見つけたばっかりに……」
「うさたん……俺が試しに食ってみようって言ったばかりに……」
「森の中にこんな紅茶があるわけないのに! 誰がクッキーなんか焼くってんだよ!」
「だよな、うさたん……あまりにも脳を揺さぶる甘い匂いにすっかり惑わされてしまったよな……これは『紅茶椎茸』……甘い匂いで幻覚を見せ、いや五感全てに感じさせ……自分の一部を獲物に食べさせることで繁殖する悪夢のようなキノコだもんな……」
「ああ、俺たちも森に生きる者……名前だけは当然知っていたが……がふっ、まさかこんな出会いをするとは……ごっふ、ごふぅっ!」
「う、うさたん! しっかりしてくれよ! お、俺を置いていかないでくれよ!」
「一度口にしてしまったら……もう終わりだ……一時間もしないうちに、体中に菌糸が張り巡らされて……最後に、尻の穴から同じ『紅茶椎茸』が生えてくる……」
©︎遥彼方氏
「うさたん……」
「そうして宿主の栄養全てを吸い取った紅茶椎茸は……同じことを繰り返し……どこまでも、繁殖地を広げていく……くっ、意識が……もう体のどこにも、痛みを感じねぇ! 怖ぇ、怖ぇよくまたん! 助けてくれよ! 痛みがねぇのが、死が目前なのが怖くて仕方ねぇよ! 頼むよくまたん! その強靭な爪で俺を殺してくれよ!」
「うさたん……ごめん、ごめんよ……俺の体が、動かないんだ……隣の山のいのたんの頭を砕いた牙も、向かいの山のうしたんの首を落とした爪も、全然動かないんだ……ごめん、ごめんようさたん……」
「すまねぇくまたん……泣き言いっちまったな……俺こそ、数多の人間の首を掻き切った自慢の牙が、もう……年貢の納め時だ……あ、も、もう……くまた、さき、に……」
「うさたん!? うさたん! し、しっかりしてくれよ! うさたん! うさたん! う、嘘だ! 嘘だろ! なっ! なっ!? そ、そんな!」
くまたんがいくら呼びかけても、うさたんが返事をすることはありませんでした。
「うさたぁーーーーーん! うっ、ぐうっ、い、お、俺も……今、行く……よ……」
くまたんも最後の雄叫びとともに意識を失ってしまいました。
近隣の山々で無敵のコンビと恐れられた二匹は、同じ動物によってではなく、きのこによってその命を奪われたのです。
物言わぬ三つのきのこ。
仲睦まじく会話をしているかのような二つの死体。
山の生存競争は今日も過酷なのです。
十年前の話はこちら。
『うさたん と くまたん』
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