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第六話 すこし話をしよう

 勇者太郎とラスボス子が国を作るために手に入れた魔の平原は、本当に何もない平原だった。

 王国が手を付けていないだけあって、木もなければ、水もない。人が生きていくのに必要な資材が何もない。

 だがラスボス子にはここで暮らしていく上での秘策があった。


 というわけで、二人は何もない平原のど真ん中までやってきた。


「カモン、ゴーレム。タイプキャッスル」


 仮面をつけたラスボス子が呪文を唱えると、地鳴りと共に地面が盛り上がり、勇者太郎の目の前に見上げえるほどの巨大なゴーレムが現れた。


「オーダー、シットダウン」


 現れたゴーレムはラスボス子の命令に従い、体育座りをし、何処からどう見ても立派な城に擬態した。


「おお! すごいデカいゴーレムだな! さすがラスボス子」

「……魔の平原の土質が魔界と似ているから、できる荒業。これはキャッスルゴーレム、中は謁見の間付き、寝室完備、水源は転送魔法で確保、キッチンでは自動ゴーレムたちが毎日おいしいごはんを作ってくれる。あとさっきみたいに人型に変形して歩行も可能」

「おお……!」


 変形という言葉になにか心躍るものを感じ、城を見上げ感嘆の声を漏らす勇者太郎。


「行きましょう。案内するわ」


 そんな勇者太郎を表情のない仮面のままじっと見つめ、ラスボス子は勇者太郎を城へと促した。


「あ、ああ、そうだな」


 ラスボス子の態度に何か違和感を感じながらも、促されるまま勇者太郎はキャッスルゴーレムの中に入っていった。


「ここがキッチン」

「おお」

「せっせか♪」「せっせか♪」

「せっせか♪」「せっせか♪」


 紹介された部屋では一メートルぐらいの緩い顔をしたゴーレムたちがせっせと食事を準備していた。

 統率の取れた連携は気持ちがよく、いつまでも見ていられそうだと勇者太郎は彼らの巧みな動きに感心した。


「さ、次にいきましょう」

「おう」


 ラスボス子に声を掛けられ、勇者太郎はキッチンを離れた。

 やや歩いて、次に紹介されたのは長い廊下だった。あちこちに扉が付いている。


「ここの並びが寝室。三十部屋ぐらいあるから好きな部屋を使って」

(ということは別々の部屋か。さすがにちゃんと結婚するまでは一緒の部屋って言うのはお義父さんに殺されそうだもんな……)


 勇者太郎の脳裏にラスボス子の父親の姿がよぎる。

 自分が殺されるだけではなく、世界を滅ぼしかねないと勇者太郎は苦笑した。


「次にいきましょう、次は謁見の間よ」

「ああ」


 そして二人は寝室が並ぶ廊下から離れ、廊下を歩き、城の中心を目指し進んでいく。

 沈黙が続く。ラスボス子は口数が多いわけではないが、ここまで必要以上に話さないのは勇者太郎にとって初めてだ。


「お、ここの床に変なへこみがあるな……ラスボス子。ここなにかあったのか?」

「……」

「あー……」


 なんとか話すきっかけを掴もうと、勇者太郎はラスボス子に声をかけるが、スルーされる。

 無表情の仮面をつけているから、何を思っているのか表情を読み解くこともできず、勇者太郎は静かにラスボス子の後をついていくことにした。


「着いた。ここが、謁見の間」

「あれ。ラスボス子、ここの扉がないぞ?」

「……貴方が壊したのよ。見憶えない?」

「どういうことだ? うん? ここは……?」


 勇者太郎が中に入り、見渡せば、お約束と言わんばかりの赤い絨毯と階段、そして玉座。


(うん、そうだ。ここは初めてラスボス子に出会った場所だ)


 全てが始まった場所、ラスボスの間。


「ということは、もしかしてこの城はあのときのラストダンジョンか!」

「ええ、そう。あの時は地中に埋めて構造を変えていたけど」


 そう言いながら階段を上るラスボス子。

 無表情の仮面にローブの姿もあってか、まるであの時を再現するような構図になった。


「……そして、こうして私たちが出会った」

「そうだな、あの時はびっくりした」


 やや見上げる形で勇者太郎はラスボス子を見る。

 そんなに時間が経っていないのに勇者太郎は懐かしさすら感じていた。


「あの時、私はあなたに魅了の魔法をかけようとした。音楽を使って心の隙を作り、そこに私の全力の魔力を当てて、あなたを魅了し操ろうとした。……ごめんなさい」

「別に魅了にかかっていたわけじゃないし、それはもう謝らないでくれ」


 しかしラスボス子は首を横に振った。


「違うの。それで、その……私てっきりあなたが魅了にかかっていると思い込んでいて、その……貴方の言葉は全部魅了の魔法にかかっているからだと、思っていたから、その……うう……」


 仮面をかぶっているのにフードを深くかぶり、顔を隠そうとするラスボス子。

 しどろもどろの彼女の言葉。だが、ラスボス子の言いたいことは勇者太郎に伝わった。


「ならば改めて言おう」


 そうして勇者太郎は階段を上がり始めた。彼女の隣に立つために。


「ま、まって、ほら私300歳だし……」


(俺、足が震えている。もしかしたら彼女は俺のことが好きではないのかもしれないと、弱い自分がささやいてくる。だけどそれはなしだ。俺は彼女に君が好きだと伝えたい)


――――一段一段丁寧に。


「あなたはいつも真剣だったのに、魅了の魔法が効いているだけだと、その気持ちに気が付けなった……」


 仮面越しからでも分かる不安そうな声を勇者太郎は正面から受け、一瞬怯み足が竦んだ。


(勇気をもって進まなければ、俺の気持ちはきっと伝えられない……ここで逃げたら何もできない。妥協はなしだ)


 だが、勇者太郎はその竦んだ足を勇気で持ち上げた。

 そしてゆっくりと勇者太郎は階段を上がり、ついに彼はラスボス子の隣に立った。

 勇者太郎はそっと彼女の顔に手を伸ばし仮面を外した。


「……」


 紅いルビーのような瞳がうるんでいた。白い肌は薄っすら赤く染まり、整った顔は不安で歪んでいた。


(俺の言葉だけでは伝わらないかもしれない。ならば――――)


 そっと、一歩踏み出し、自身の震えを抑えながら、勇者太郎はラスボス子と唇を重ねた。

 ほんの一秒にも満たない短い時間。だがそれはラスボス子の表情を、微笑みに変えた。

 勇者太郎は勇気を振り絞った。自身が持つすべての気持ちを、自分の心を伝えるために。


「俺と結婚しよう、ラスボス子!」

「ええ、結婚しましょう、勇者太郎」


 出会いの場所、そして婚約を交わしたこの場所で、二人は二度目の誓いを立てた。

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