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第五話 国を作ろう

 この国で自由に結婚ができないのなら、自由に結婚できる国を作ってしまおう。

 勇者太郎が考えたことはシンプルながらもトンデモなく現実味のない内容だった。


 しかし勇者太郎には教会機関と呼ばれる、国を承認する機関とのつながりがあった。

 元パーティメンバー、純朴可愛い系神官である。


 この日は教会機関に所属する彼女と、国を興すにあたっての法律や寄付の話をすることになっていた。

 場所は王国の領域から東に50キロほど離れた地点、周囲が平野で何もなく、命知らずが時々道に迷っては死に、骨のオブジェとなる魔の平原。

 王国も資源価値が見いだせず、全く手を付けていない土地だ。

 勇者太郎はラスボス子と話し合いの末、この土地で国を興すことにしていた。


 謎の草の塊がゴロゴロ転がっていく中、勇者太郎はラスボス子と共に純朴可愛い系神官を待っていた。

 ややあって、勇者太郎から少しはなれたところで転送魔法が発動し、そこから金髪ロングヘアの神官の法衣を着こんだ女性が現れた。彼女が純朴可愛い系神官、元勇者太郎パーティの一人である。


(最後に話をしたのは魔法使いチャラ男との結婚式だったか、1年ぐらい会っていないがあまり変わっていないな)


 幼馴染剣士の例があったのでちょっと身構えていた勇者太郎だったが、転送魔法から現れた彼女はパーティを組んでいた時と同じ服装だったのでちょっとほっとした。


「勇者太郎さん。お久しぶりです」

「久しぶり、純朴可愛い系神官。魔法使いチャラ男は元気にしている?」


 勇者太郎の定番のあいさつは、純朴可愛い系神官の顔を曇らせた。


(なんだ? 何かまずいことでも言ったのか?)

「あの……ご報告が遅くなってしまったのですが、私魔法使いチャラ男さんとは離婚しまして……」

「そ、そうか、なんかごめん」


 思わぬ藪蛇に勇者太郎はたじろいた。


(とっかえひっかえにもほどがあるだろう、友よ……)


 芸能界も驚きのスピード感に勇者太郎は思わず虚空を見上げた。


「いえ、いいんです。それよりも勇者太郎さんそちらの方は?」

「ああ、俺の婚約者でラスボス子だ」

「婚約者のラスボス子です。よろしく」

「え……」


 ラスボス子から流れ出る強烈な魔力を感じたのか、純朴可愛い系神官は一瞬固まった。

 しかしプロとしての矜持か、すぐさま笑顔に戻り、勇者太郎にパンフレットを手渡した。その間わずか3秒、実にプロである。


「えーそれでは説明しますね。教会機関では、寄付額と教会設置数に応じて、その土地を村、街、市、国として承認しすることができます」


 どこからともなくイラスト付きの厚紙を用意し、至極分かりやすく、純朴可愛い系神官は勇者太郎に契約内容を説明をした。


「なるほど、国として認めてくれるにはどれぐらいの寄付が必要なんだ?」

「ここ一帯の土地は資源価値が低いですから、ざっと見積もって三億Gもしくはそれに値するアイテムですね。でも、なんと教会をたった十棟建設していただけるのでしたら、今ならなんと20%もお安くなりますよ」


ビックリするほどのあきないトークを無視し、勇者はしばし思案する。


(三億Gか……正直、高い。しかし、先日の下調べの時に、ここの土が故郷の土によく似ているとラスボス子が言った。その言葉がどうにも頭に引っかかって離れない。きっとここを買わなかったらラスボス子はとても残念がるだろう。お義父さんに誓ったじゃないか、彼女を悲しませないと、ここは決断の時だ!)


「勇者太郎……三億Gはさすがに無理」


 考えるしぐさをするラスボス子。

 共に結婚をするために様々な計算をしているのだろう。一生懸命考えてくれる彼女の表情に勇者太郎は愛おしさを覚えた。


(うん、彼女をがっかりさせる選択は……なしだ!)


 勇者太郎は両手で自らの頬を軽く叩いた。

 彼は決意を固めたのだ。


「よし決めた! 即金は無理だがこれでどうだ?」


 そう言って勇者太郎は腰に携えていた一本の剣を純朴可愛い系神官に手渡す。

 妖精宝剣フェアリオン。妖精の力と意志が宿り、所有者の手元を離れてもなお空を駆け、敵に食らいつく勇者太郎最強の剣だ。その強靭な刃は邪悪に対して、強烈な効果を発揮するといわれ、ラスボスを攻略するために勇者太郎パーティーが世界を駆けずり回り作り上げた伝説級のアイテムだ。

 あまりに強力な剣のため、所有者が剣の所持を放棄すると、刀身の刃が消え、全く切れないという弱点を持っているが、その希少性で美術品としての価値も恐ろしく高い。

 その価値を身を知っている純朴可愛い系神官は剣を受け取りガクガクと膝を震わせた。


「うえ、ええええええ!? ど、どれだけ愛されているんですかあなた!」


 純朴可愛い系神官は思わずラスボス子に叫んだ。

 ラスボス子は顔を赤くし、フードを深くかぶり顔を隠した。


(驚くのも無理はない。この剣を作るのにすごい苦労したからな……)


 純朴可愛い系神官の反応を見て勇者太郎はしみじみ思い出した。

 勇者太郎にとっても思い入れのある剣だったが、もともとはラスボスを倒すために作ったものなので、正直なところもう使い道がなかった。


「それで足りそうか?」

「足りるも何も、おつりで教会の建設費用までまかなえちゃいますよ! 一棟、建てていいですか?」

「あ、ああ……?」

「ようし!」


 ガッツポーズする純朴可愛い系神官。

 何がそんなに嬉しいのか勇者太郎は首をひねったが、一度、藪蛇をつついてしまった彼は深く尋ねることはできなかった。


「それでは早速、契約を行いましょう! まずはここに名前とこの国の法律をおしえてください」


 契約用の魔法の紙をとりだし、純朴可愛い系神官は勇者太郎に渡す。

 彼女の勢いにやや戸惑いながらも勇者太郎は自らの名前書き込み、国の法律を伝えていった。


「―――というわけで、よほど外道じゃなければ、種族の隔たりなく結婚ができる国。俺が作る国はそんな感じだ」

「なるほど、分かりました。内容に不審な点はありませんね。では最後に勇者太郎さんの審査をさせてください」

「審査?」

「はい、神の御業で何かしらの魔術で操られていないかチェックをします。世の中、フィクサーになろうと王になる人間に魅了や催眠をかけて借金や責任を全部擦り付ける悪党もいますから」


 ちらりと純朴可愛い系神官はラスボス子を見る。

 つられて勇者太郎もラスボス子を見る。

 白い肌はわずかに汗ばみ、目はいつもより1ミリほど大きく見開かれている。よく彼女を見ている勇者太郎にだからこそ気が付く変化。ラスボス子は明らかにうろたえていた。


「……ラスボス子、俺にかけたのか? 魅了の魔法」


 沈黙。ラスボス子は大きく息を吐き、どこからか無表情の仮面を取り出し、顔に付ける。

そしてその無表情の顔を勇者太郎に向けた。


「……ええ、かけた、全力の魔力で」


 ここまで来たらシラはきれないと踏んだのかラスボス子は白状した。

 純朴可愛い系神官はパンフレットを投げ捨て杖を構える。完全に戦闘モードだ。

 すかさず、ラスボス子は二人から距離を取り、純朴可愛い系神官の攻撃に備えた。


「勇者太郎さん! やはりそうです。あなたはラスボスの魅了で操られている!」

「なんだって!?」

「大体、ラスボスを倒すために作ったフェアリオンを寄付に出しちゃっている時点で、操られているの確定じゃないですか! 目を覚ましてください!」

「言い訳はしない、私にはあなたが必要だったから。でも、今日まで、楽しかった。勇者太郎、さようなら――」


 良くあるテンプレ台詞を吐き捨て、ラスボス子は逃げるように魔法陣を展開、転移の魔法を発動すべく呪文を構築していく。


「ちょっと待ったぁぁぁぁ!!」


 なんだかこの流れには全力で流されてはいけない気がして、勇者太郎は渾身の力で叫んだ。

 彼は勇者とラスボスの宿命からは逃れられないという強制的な流れを勇気で破壊したのだ。


「落ち着け二人とも、俺は魔法で魅了はされていない! 俺は俺だ」

「魅了された人間はみんなそういうんですよ!」

「調べられるんだろ、だったら調べてくれ。ラスボス子もその魔法は結果を聞いてからにしてくれ」

「……わかった」


 勇者太郎の言葉にラスボス子は転移魔法を解除し、純朴可愛い系神官はしぶしぶ神の御業の準備を始めた。


「真実を知ってへこまないでくださいね。神の御業!その者の異常を示せ」


 純朴可愛い系神官は魔力を乗せた言葉を発し、神の御業を発動させた。

 その対象となった勇者太郎は白く発光し、それを確認した純朴可愛い系神官は変な汗を流し始めた。


「そ、そんな! 白い光は正常を示す光です!」


 あたりに微妙な空気が走った。

 トンデモなく気まずい空気だった。


 その後つつがなく勇者太郎は自分の国を手に入れた。

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