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第三話 挨拶に行こう人界編

 あたりを見渡せば木が立ち並び、畑仕事を終えた村人がまったりと午後の作業に向けて休んでいる。

 見上げる空は澄み渡る青。

 ここは人界、魔族と対立する人間が過ごす世界。その片田舎。


「ごくり」


 勇者太郎は隣に立つラスボス子が唾を飲み込んだ音を聞いてしまった。

 聞いた?と言いたげなアイコンタクトをかわいいと思いつつ彼はラスボス子に声をかけた。


「緊張しているのか?」

「もちろん」


 ここは勇者が生まれた村。三度、謎の理由で焼かれた後、勇者太郎がお金を貯めて復興させたとてものどかな村だ。


(俺がラスボス子の家に行ったときもかなり緊張したからな。今度は俺がしっかりフォローしよう)


 勇者太郎はラスボス子を見る。

 ただでさえここは人界、ラスボス子にとってはアウェーな環境だ。

 見つめていたのに気がついたのか、ラスボス子は勇者太郎の視線に目を合わせニコリと微笑んだ。

 勇者太郎は少し気恥ずかしくなり先を促した。


「それじゃ、行こうか」

「ええ、行きましょう」


 そうして勇者太郎は実家の扉を開けた。


「あら、勇者太郎おかえり」


 出迎えてくれたのは髪を纏め、肩に置くように流した女性だった。

 彼女は勇者母、勇者太郎の母親である。


「ただいま、おふくろ。実は紹介したい人がいるんだ」

「はじめまして勇者太郎さんとお付き合いしています。ラスボス子です」

「あらあら……始めまして勇者母です」


 ほほに手を当て、ラスボス子をじっくりと見る勇者母。

 同時に無言の圧力を放出、その威力は受けた者に恐怖の状態異常を与え、大の大人でさえ震えあがり、膝を折り、命乞いをしながら金を差し出すレベルのものだった。

 しかしラスボス子は勇者母の圧力にひるまずピンと背筋を伸ばし受け止めた。


「おふくろ、それで相談なんだが、幼馴染剣士との婚約を破棄してほしい!」

「ふぅん、おっけ――――」


「――――ちょっと待ったぁ!」


 突然、廊下の先の部屋から窓の割れる音が鳴り響いた。

 そしてほどなくしてその部屋の扉が開き、一人の女性が現れた。


 そこに立っていたのは幼馴染剣士だった。

 彼女は共に旅をしていたころの衣装とは違い、女性的な部分を主張したドレスのようなものを着ている。

 明らかにチャラついていた。誰に染められたのか一目瞭然過ぎて勇者太郎は眉間にしわを寄せた。


「幼馴染剣士! お前は魔法使いチャラ男についていったんじゃないのか」

「そ、それはその……だってラストダンジョンに行くとあたし体が真っ二つになるのは確定だし、魔法使いチャラ男に相談したら、ああいう感じになって……。ごめん、あたしやっぱりあんたのこと――――」


 身をよじりながら謝罪をする幼馴染剣士。

 よじるたびに主張された部分は淫靡に形を変え、男の情欲を煽る。

 これは彼女が装備しているチェリーキラーと呼ばれる服の効果だ。

 身に着けた女性の魅力を二倍化し、相手を誘惑する。それはまさに悪魔の服だった。


(な、なんだ、幼馴染剣士から目が離せない……なんだこいつ、こんなにかわいかったっけ)


「あんたのことが忘れられない、だから婚約を戻して……」


 いろいろと描写していいのか躊躇われる動きをしながら幼馴染剣士は勇者太郎に近づいていく。

 それは悪魔がリンボーダンスするレベルの邪悪さではあったが、服の効果で彼女の動きは全てエロスの化身として勇者太郎に伝わっていく。


(いや、しかし、俺にはラスボス子が……くっ、目が離せない)


 あまりに蠱惑的な動きに勇者太郎は大分ぐらついた。

 この男、色仕掛けにはかなりに弱かった。


「三回」


 袖をぐっとひかれて勇者太郎ははっと我に返った。

 ぞっと勇者太郎の背筋に悪寒が走る。


「な、なんだその数字は」

「過去視認の魔法で見た。それはあの女がせ――――」

「ストップ! その先はちょっと! 怖いからストップ」


 元恋人の聞きたくもない話を聞くことになりそうで勇者太郎は思わずストップをかけた。


(魔法使いチャラ男に連れて行かれ、あいつの好みの服を着ているということはそういうことだろう。純朴可愛い系神官と結婚しただけでは足らないということか、恐ろしいな俺の友は)


 勇者太郎は冷めた。

 激烈に冷めた。もう幼馴染剣士など眼中になかった。


「すまないラスボス子、今目が覚めた」

「ふぅん、ああいうの、結構好みなんだ」

「いんや、俺はお前がいい」


 華奢な体、紅い宝石のような瞳、整った顔立ちが頬を赤らめてにっこりと笑う。

 そしてあの日の言葉を実現するために、彼女と人生をともにするために、勇者太郎は己の気持ちを言葉に変えた。


「おふくろ、俺ラスボス子と結婚す――――」

「あ、それ法律でNGだからダメよ」

「なっ!?」


 勇者太郎一世一代の覚悟を込めた言葉は法律の壁に跳ね返された。

 あまりのやるせなさに勇者太郎は力を失い膝から崩れ落ちた。


「いやったー! これで婚約継続ね!」


 対象的にその言葉に喜んだのは幼馴染剣士だった。

 勇者母は振り返り、ぴしゃりと彼女に言った。


「いいえ、あなたとの婚約は破棄します。あなたのご実家にも私から正式に通達を出します」

「そんな……で、でもあいつを一番愛せるのはアタシだけ! ね、勇者太郎からも何か言ってよ」


 泣きそうな声で幼馴染剣士は勇者太郎に助けを求めた。

 しかし深い虚無感に襲われている勇者太郎の心にはまったくもって届かなかった。


「いいや、お前が俺を愛しても、俺はお前を愛せない」


 それどころか、手加減抜きの言葉で勇者太郎は幼馴染剣士を突き放した。


「う……がはぁ……!」


 がっつり深くまで言葉のナイフをえぐりこまれた幼馴染剣士は苦しそうにうめいた。

 それを見て、ダメ押しとばかりに勇者母が強烈な圧力を垂れ流しながら幼馴染剣士に告げた。


「そういうことだから、婚約は破・棄♪ い・い・わ・ね! でないと……」


 仮にも勇者太郎の父、勇者父とともに世界を救ったパーティの一員がこの勇者母なのだ。

 経験値、レベル、圧力の使い方、そのすべてが幼馴染剣士を凌駕していた。


「ひいっ、命だけは!」


一瞬で幼馴染剣士は恐怖に飲まれ、膝を折り、命乞いをし、金を差し出していた。

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