第十九話 続・少し話をしよう
食事会の後、両親はそれぞれの部屋で休んでもらうことになった。
勇者太郎も明日に備え眠ろうとしたが、緊張からか寝つけず、少し夜風にでもあたろうと考え、バルコニーに向かった。
「お、ラスボス子」
バルコニーには先客がいた。
ラスボス子だ。時折、夜風に赤い髪を揺らし、どこか遠くを見ている。
「勇者太郎。どうしたのこんな時間に」
「いや、寝付けなくて、ラスボス子はどうして?」
「私も同じ、眠れなくて」
お互いに緊張しているのかとクスリと笑い合い、勇者太郎はラスボス子の隣に立った。
バルコニーから見えるのは、月明かりに照らされた勇者太郎の街。住民は眠っているのか昼間の喧騒が嘘のようにとても静かで、まるで一枚の風景画のようだった。
「ようやくここまでこれた」
「ええ、明日がいよいよ結婚式」
「ああ、いろんなことがあったよな」
「本当そうね……。あなたがここで絶叫したことは、たぶん一生忘れられない」
「ははは……」
勇者太郎は月明かりに照らされたラスボス子を見る。
短めに整えられた赤い髪、紅い瞳、白い肌、整った顔立ち、柔らかそうな唇。
ようやく、一緒にいられるのだと思うと嬉しいと思う気持ちと、不安な気持ちが同時に勇者太郎に湧いてくる。
「ねえ。……手、握っていい?」
「あ、ああ……」
勇者太郎の返事を聞き、ラスボス子は勇者太郎の手を握った。
柔らかい感触、それでいて少し冷たい彼女の手の感触に、勇者太郎の不安は少しまぎれた。
「私ね。正直結婚するのはもう無理だと思っていたの」
「そんなこと」
「ほら。……その、私を受け止められる人ってそうそういないから」
「そんなことはない。 俺は全部受け止めてみせる」
「……うん、信じてる」
ラスボス子はギュッと勇者太郎の手を握る。
勇者太郎もその手を握り返した。
「そういえば本当によかったの? ウェディングドレス魔界ので」
「ああ、魔界じゃ黒でヴェール無しが普通なんだろ? それにきっとその方がラスボス子に似合うと思う」
人界では清純さを表すために白いドレスと、魔よけのために白いヴェールを被るのが一般的だが、魔界では黒のドレスとヴェールを被らないのが一般的らしい。少し前に、魔界に旅立った勇者太郎は四天王たちからそういう情報も仕入れていた。
「まあ、わざわざ魔族が魔よけをするのも変な話だもんな」
「いわれてみれば、そうかも」
二人でクスリと笑いあう。
(こういう時間が続けられればいいな)
勇者太郎は、笑いながらラスボス子を見てそう思った。
「ふぁ……」
ややあってラスボス子が小さくあくびをした。
その様子がとてもかわいかったので勇者太郎は心のカメラで激写した。
「そろそろ休んだらどうだ?」
「そうね。話していたら安心したみたい。ありがとう勇者太郎」
頬を少し赤く染め、にこりとほほ笑んだ彼女はするりと勇者太郎から手を離した。
「ああ、どういたしまして。おやすみラスボス子」
「ええ、おやすみ、勇者太郎」
就寝のあいさつを交わし、ラスボス子はバルコニーから離れていった。
勇者太郎は彼女を見送った後も一人バルコニーに残り、そして息を吐き夜空を見上げた。
(私を受け止められる人か……。ラスボス子は俺に不安になっているのかな)
勇者太郎は明日に期待と不安を半々に募らせた。
いつか彼女が自分を裏切るときがくる。魔法使いチャラ男の言葉が勇者太郎の脳裏に蘇ってくる。
「誰しも相手の真の気持ちは理解できない、か。だからこそ、努力し続けるしかないんだよな。ラスボス子を不安にさせないためにも。……少し体でも動かすか」
そう一人、呟いて、勇者太郎は軽くトレーニングを始めた。
つい熱が入って、魔力を体に通して受け流す謎の技術まで編み出してしまった。
そうして、彼はバルコニーで朝を迎えた。




