第十六話 決意しよう
「あ……」
勇者太郎は目が覚めると見知らぬ石造りの天井を見上げていた。
(生きている。誰かに助けられたのか……?)
勇者太郎はあちこち自分の体を触って傷の具合を確かめてみる。
腹に空いた傷も、そのほか細かい部分の傷も全て丁寧にふさがっていた。
「勇者太郎さん、目が覚めたんですね!」
隣から声がかかる。純朴可愛い系神官だ。
この傷の治りは彼女の回復魔法だろうと、勇者太郎は察した。
「ああ……ありがとう、あの後どうなったんだ? ここは?」
勇者太郎が投げかけた質問は別の角度から答えが返ってきた。
「ここは、教会機関本部の隠し部屋。そんでもってあたしがあんたを助けたの」
部屋の端から声が聞こえ、勇者太郎がそちらを見ると幼馴染剣士が扉越しに外を警戒していた。
「幼馴染剣士!? 一体どうして?」
「どうしても、こうしても……まあ、その、あんたに酷いことしちゃったじゃん、あたし。結婚詐欺的な……」
バツの悪い顔をして、幼馴染剣士は言った。
「魔法使いチャラ男の魅了はどうやって?」
「ネタが割れてれば、やりようはあるわよ。煙幕はってちょちょいとね」
「そうか……」
勇者太郎はそこで言葉を止め、うつむいた。
深い悲しみさえも力にした彼であったが、あまりにも深すぎる悲しみに心が折れてしまっていた。
折れた心は怒りも、憎しみさえも生み出さず、勇者太郎はただただ動けずにいた。
「そうかって、ちょっとあんた、このままで終わるつもり?」
勇者太郎の態度にイラつき、幼馴染剣士は勇者太郎の肩をつかみ揺さぶった。
普段なら何かしらのリアクションをする勇者太郎だが今はただされるがまま体を揺らしていた。
「ふざけるんじゃないわよ! あんたがここまで頑張ってきて、なに最後の最後で折れているのよ!」
「お、幼馴染剣士さん、やめてくさだい」
「やめないわよ! なんで婚約していた男にこんなこと言わないといけないのさ!」
幼馴染剣士は目に涙をためていた。
「あんた、ラスボス子が好きなんでしょ! 愛しているんでしょ! 拒絶されたらそんなになってしまうぐらい大好きなんでしょ! ああもう、いわせんなバカ!」
大振りのビンタを頬に受け、勇者太郎はベッドから転がり落ちた。
床は冷たく、今の彼にはとても心地よいものに感じられた。
「奪われたら、奪い返すぐらいの欲があったっていいじゃないの! なにド聖人きどってんのよあんたは! いつもの勇気はどうしたのよ! 見損なったわ!」
幼馴染剣士は怒りの感情を隠さないまま扉の方へと戻っていった。
引き続き、外の警戒を続けるようだ。
(ああ、冷たいな……そういえばラスボス子の手もこんな感じ、いやもう少し暖かかったか……)
冷たい床に倒れたまま、ふと勇者太郎は思い出していた。
(もう一度、ラスボス子の顔が見たいな。照れた時に赤くなるのもかわいいし、誇らしそうに笑う顔も綺麗で素敵なんだよな……、抱きしめた感触も、手を握った感触も、あの紅い瞳も、整った顔も、それに一緒にいるととても楽しいと思えて、俺はなんだってできると思っていた……)
勇者太郎の瞳から涙があふれてくる。
彼の体が悲しみを咀嚼し始めていた。
(いや、なんだって、できたんだ。世界を滅ぼす一撃も防げたし、国だって作った。俺はラスボス子が好きで、ラスボス子に俺のことを好きになってほしかったんだ。ああ、もう大好きだ、俺は彼女が大好きなんだ!)
ゆらりと立ち上がり、勇者太郎は涙をぬぐった。
幼馴染の叱咤で1.5倍、ラスボス子への想いで2倍、しめて3倍速での立ち直りだった。
「よし、ちょっと、行ってくる」
「そう言うと思ったわ。これがないと話が始まらないでしょ?」
幼馴染剣士は何かを勇者太郎に放り投げた。
勇者太郎が受け取ると、糸が幾重にも巻き付いたようなデザインのあの婚約指輪だった。
「サンキューな幼馴染剣士」
「いいって、ここが敗北系幼馴染ヒロインの見せ場ってね。テンプレよテンプレ」
「なんだそれは……」
けらけらと笑う幼馴染剣士に、勇者太郎は脱力した。
しかし、いつも通りの彼女の言葉は勇者太郎の調子を平常に戻した。
(ま、余計な力は抜けたか……)
「あの、勇者太郎さん」
純朴可愛い系神官が勇者太郎に声をかけてきた。
「あの人を、魔法使いチャラ男さんをどうか救ってください」
「どういうことだ?」
「彼は自身の力に溺れ、変わってしまいました……。誰も信じられず、自分の魅了がかからないあなたを恐れていました。ですが、それは勇者太郎さんを苦しめていい理由にはなりません。ぶん殴ってでも更生してやってください。……私ではできませんでしたから」
「分かった。任せておけ」
申し訳なさそうな表情で言う純朴可愛い系神官の言葉に勇者太郎は笑顔で返した。
そして勇者太郎は自身の防具を確認し、扉を開けた。
ラスボス子に再び拒絶されたらと思うと足が竦み、立ち止まりそうになる。
しかし勇者太郎は勇気を奮い立たせ進む。
だからこそ、勇者太郎は勇者であった。




