営業マンはチートが無くても異世界で頑張るようです
営業マンの朝は早い。
時間を理由に準備を怠る者は、決して成功を掴む事はできない。
チャンスの神は前髪しか無いのだ。
俺は、自らの営業哲学を胸に今朝も黙々と準備を進めていた。
営業という仕事に遣り甲斐を感じ、全力を尽くす。
どんな世界に行ったとしても変わらない。
それが俺の矜持だ。
「さてと、今日の分はこんなもんかな」
ずらりと並べたタルを手伝いの者に頼んで荷馬車へと積み込んでいく。
よしよし、今日も良い取引ができそうだな。
「さあ、今日も頑張ってくれよ」
馬車の前に繋がれた馬の首をぽんぽんと叩いてから、御者台に上る。
手綱を引くと、馬車はのんびりしたペースで前へ進み始めた。
がらがらと音を立てて、馬車はゆっくりと街道を進む。
目的地までは……まあ昼くらいには着くだろう。
この呑気な時間感覚も舗装されてない土むき出しの道路も、初めて見た時には面食らったもんだが、いまやすっかり慣れっこだ。
ま、朝早く出てきて時間にも余裕あるし、景色でも楽しみながら行きますかね。
俺は手綱を握ったまま、御者台の背もたれに身体を預けた。
道行は平和そのもの。
どうだい、この自然溢れる景色。
ドドッ…………ドドッ…………
気持ちの良い風と小鳥のさえずり。
ドドドドッ……ドドドッ……
天気も良いし、まさにピクニック日和ってやつだ。
ドドドドドドドドドドドドッ!
「だーーっ! さっきから、うっさいな! なんだいったい」
人がいい気分で景色を味わってるってのに、なんだこの音は!
後ろを振り向くと、二頭の馬が土煙を上げながらすぐそこまで追ってきていた。
馬上には、片手に手綱、もう片手には曲刀を持ってフードをかぶった男が一人ずつ。
なんかもう疑う余地も無いほど、あからさまな野盗だ。
せっかくの積荷を引っくり返されでもしたら、それこそ大損だ。
しかたないな……。
手綱を引いて馬車をゆっくり止めて、御者台から降りる。
これで目的が積荷なら、あんまり無茶はするまい。
案の定、追ってきたやつらも馬車の近くで馬を降りた。
「物分りが良いじゃねぇか、積荷を置いてとっとと消えな」
二人組みの片方が曲刀をちらつかせて凄む。
もう必要ないとばかりにフードを取った顔に、俺は見覚えがあった。
「またお前らか、懲りないな」
「うるせえ! やられっぱなしで居られるかよっ!」
前にコテンパンにやられて、しばらく再起不能だろと思ってたんだが、意外と頑丈なんだなこいつら。
「で、今日は何の用だ?」
「だから、積荷を寄越せって言ってんだろ! 人の話を聞け!」
「ああ、わかったわかった、そう怒鳴るな」
頭の固いクソ上司の顔が浮かんでくるから、あんまり大声は出さないで欲しいもんだ。
「前は、てめえの変な術でやられたが、今回はそうは行かないぜ」
「そうだぞ、てめえの弱点を聞いてきたからな」
ほほう、こいつは興味深い。
どんな話を吹き込まれて来たのやら、ちょっと聞いてみたいところだな。
「てめえのアレは、火の精霊とか言うんだろ? なんでも火の無いとこじゃ出せねえらしいじゃねぇか」
「前は、火山の近くだったからやられたが、今度は木と水ばっかりだ。これなら負けねえぜ」
「アレが出せないんなら怖くねえ、てめえのその細腕、ばっきばきにしてやんぜ」
手の曲刀を振り回しながら喚く二人。
なるほどそういうことね、ちっとはまともなアドバイス聞いてきたみたいだな。
ま、いちいち手口を説明してる辺りが三流ってこった。
こっちはもう呪文は唱え終わってるしな。
「いつもお世話になっておりますっ!」
俺が専用の起動呪文を唱えると、目の前に小さな炎が生まれる。
そして、それは見る見るうちに身の丈が、そこらの木より大きい巨人の姿になった。
「なっ! 出せないはずじゃ……」
奴らは驚きのあまり、腰が砕けて座り込んでしまっていた。
俺をそんじょそこらの精霊使いと同じと考えてたのが、奴らの運の尽きだ。
「これが、たゆまぬ営業努力の賜物ってやつだ」
巨人が、これまた巨大な右腕を振り上げる。
それを思い切り叩き付けた地面には、巨大なクレーターと真ん中に黒焦げになった人影二つ。
こうして戦いは終わった。
「いやーいつも無理言ってすみませんねー」
『貴様には色々してもらってるからな。このくらいはお安い御用だ』
炎の巨人が俺の方を向いて、にやっと笑う。
俺のお得意様の一人、イフリート様だ。
本来なら野盗どもの言った通り、火の気の無いところでは呼び出せないが、そこは俺の営業活動で培った信頼関係というやつで
多少の無茶なら聞いてくれる。
「そうそう、お礼と言っては何ですが、今日はイフリート様に見ていただきたいものがありまして」
『ほう、何だ』
「丁度、これからお持ちする予定だったんですが、都で話題の油が手に入りまして。燃焼効率上々、煙も少ない優れものですよ」
イフリート様が馬車に満載しているタルを覗き込む。
反応は悪く無い、興味を示してくれたようだな。
『そうか、我は一足先に戻る故、後で持って参れ』
「わかりました、今日中にお持ちいたします」
『楽しみにしておるぞ』
イフリート様は、そう言い残すとたちまち姿を消した。
出現するのに無茶をしてるだろうから、後でしっかりケアしておかないとな。
俺は御者台に戻ると、またゆっくりと馬車を走らせる。
目指すはイフリート様が根城にしている火山だ。
今日はどんな取引ができるかな?
まだ見えない目的地に思いを馳せる。
こっちの世界に来て、初めは戸惑ったが、この営業の腕があればどこでだって生きていける。
新規顧客開拓と考えれば、異世界転移ってのも悪いもんじゃない。
俺は、御者台に背中を預け、そんなことを考えていた。