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カガミ

作者: 村田やく
掲載日:2009/05/08

 家に帰ってきた私は、手にしたものを冷蔵庫に入れ、リビングにある少し古びたソファに座り、テレビのリモコンを探したが、手の届くところにリモコンは見つからず、視界の中にもないのでイライラとしたが、テレビの上に置いたことに気づき、それを取りに行くついでに、テレビの電源をつけ、再びソファに沈み込んだ。

 番組を国営放送に合わせる。そこでは、昨日あった事件について、綺麗な女性が、くそまじめな顔をして報道をしていた。

 番組を、T○Sに変えてみる。そこでも昨日あった同じ事件について報道していたが、こちらでは、年をとった白髪の男が、えらそうな表情とえらそうなしゃべり方で、よくわからない持論をかざし、これまたえらそうに、事件の犯人を非難していた。

 昨日の事件――殺人事件である。被害者の女性は、腹を裂かれ、内臓の一部がなくなっていた、と報道されている。内臓の一部とは、要するに子宮のことである。

 テレビでは具体的な臓器は報道されてはいない。生々しすぎるからだろうか。

 私はチャンネルを国営放送に戻し、ソファから立ち上がった。

 この事件については、よく知っている。今さらこのような、凄惨な事件を面白おかしく報道するだけの番組を見る必要など、これっぽっちもないのである。しかしきっと、明日の朝には、今日あった事件についての報道が始まっているのだろう。

 冷蔵庫をあけ、先ほど入れた物を取り出した。一見グロテスクな代物だが、その実、私たちが産まれるまでを過ごした、故郷のような物である。生命を育む機関なのである。

 私はそれを冷蔵庫へと戻した。その横には、同じ物が既に三つ、並んでいる。今回の物は、四つ目なのである。最初に入れた物だけ、ホルマリンに漬けてある。

 先ほどテレビに出ていた白髪の男性は、昨日の事件を「連続殺人」だといっていた。彼にしては立派な推理――といいたいところだが、そもそも内臓が抜き取られる事件が続けば、なにかしら関連性があると見るのが普通である。

 犯人が被害者の女性から子宮を抜き取るのには、別に大した理由があるわけではない。ただ単に、自分が殺した人数の記録、記念であり、子宮を選んだのは、ある殺人鬼の真似をしただけなのである。それなのに、メディアは勝手な憶測をとばし、滑稽なことこの上ない。なにかしら深い意味を見つけ出そうとする彼らには、その間抜けな憶測を見るたび、失笑を禁じえない犯人の私である。

 私は綺麗な女性を選んで殺している。その理由は、美しい者が、なにも語らぬただの物になることによって、更に美しさを増すように思え、そのことに性的な興奮にも似た感覚を覚える為である。綺麗な男性という物も、この世には存在するのだろうが、返り討ちにあっては元も子もない為、女性しか襲っていない。いや、そもそも最初に殺したのが、麗しい女性だったのだ。ひょっとしたら、それが女性しか殺さない理由なのかもしれない。正直なところ、自分でもそこはもう、よくわからないのだ。

 いつの間にか、事件についての報道は終わり、「カルガモの赤ちゃんが生まれました」などという、どうでもいいニュースが流れていた。

 私はテレビを消し、リビングを出て、寝室に入り、ベッドに横になった。そして目をつぶり、少し前のことを思い出していた。

 

 彼女は、私のことを信頼していた。

 いつも、どんなときでも、私の後ろをアヒルの子供のようについてきて、その小さな、まるで庭桜のように可愛らしい顔を、くしゃりと崩して、時には笑い、時には泣きながら、私の手をぎゅっと握っていた。

 彼女と初めて会ったのは、中学一年の時だった。

 ある日のこと、気の弱い彼女を、その時はどこが気に入らなかったのかわからなかったが、数人のクラスの女子がいじめていた。子供なのだから当然かもしれないが、本当に幼稚ないじめで、私は我慢がならず、見つけた瞬間止めに入った。

「大丈夫かい?」

 と訊いた私を、彼女は信じられないものを見た、といった風に呆然と見つめ、涙をふくのも忘れているように見えた。

「あ、ありが、とう――」

 戸惑うように、そう答えた。

 これは後から聞いた話なのだが、彼女は当時、父親が警察に捕まったとのことで、誰もが彼女を嫌悪し、クラスでもいつも一人だったらしい。父親がどんな罪を犯したのかは知らないが、その報いを子どもがうける必要は、全くないのである。しかし、人間とは厄介なもので、そうとはわかってはいても、罪人の子供と仲良くするのは難しく、本来いじめを止める役割を担っているはずの教師も、それを黙認していた節がある。

 私は、そのような事情は知らなかったが、とにかく彼女がいじめられているのはわかった為、このままでは駄目だと思い、彼女を護ろうと決意した。

 それから後、私は彼女と、なにかにつけて行動を共にするようになった。彼女のクラスを訪ね、呼び出し、立ち入り禁止の屋上で、一緒に食事をするようにもなった。そのうち、一人暮らしのうえ、朝に弱く、毎日昼食は購買のパンだった私のために、彼女が弁当を作ってきてくれるようになった。彼女の弁当は素朴で、華やかさとは無縁だったが、とても美味く、私はそのうち、昼休みがとても楽しみになっていた。

 しかし、いじめという物は、感染でもするのだろうか。いじめられていた彼女と仲良くしていた私の周りからは、だんだんと人が減り、いつの間にか、周りには私と彼女の二人だけしかいなくなっていた。

「ご、ごめんね、わたしのせいで――。あんなに、人気者だったのに――」

 そう絞り出すようにいって、彼女はうつむき、整った眉を悲しそうに歪めた。

「気にすることはないよ。確かに友達のほとんどを失くしたかもしれないけれど、全員じゃあない。まだ一人、ここに残っているからね。君は、裏切ったりしないだろう?」

 そういって彼女の柔らかい髪の毛を手櫛で梳くと、彼女はぽっと頬を赤らめ、

「――うん。ありがとう」

 と、照れくさそうに微笑んだ。

 いじめられていた理由を私に話してくれたのは、この時だった。自分が嫌われていた理由を話してくれるのは、本当に私が信頼されている証拠のように思え、胸がいっぱいになったものである。

 私たちは成長し、同じ高校に入ったが、依然として二人きりのままだった。

 しかし、私は寂しいとは感じず、むしろ幸せだった。私のそばには常に彼女がおり、彼女は私を慕い、私も同い年の彼女を、まるで妹のように可愛がっていた。いや、妹のように、とは少し違うかもしれない。ひょっとすると、あれは恋だったのだ。しかし私は、それまでそのような気持ちを経験したことがなかった為、彼女への気持ちをそうだとは気づかず、持て余していた。

 この世界には、彼女と私だけだった。彼女と私を馬鹿にし、軽蔑する、邪魔な人間は沢山いたかもしれないが、私の視界には、彼女しか入っていなかった。それならば、この狭くも心地よい世界には、私と彼女の二人だけなのである。誰も侵すことのできない、聖域なのである。その聖域の前では、私の、恋だと気づけなかった恋心など、ちっぽけな物で、どうでもいいことのように感じられた。

 しかしある日、私の家で一緒に料理をしているときに、彼女の口から、信じられない告白がされた。

「恋人ができたの――」

 聖域を侵されたのである。

 たった二人の清らかな世界に、不純物が紛れ込んだ。しかも、それを紛れ込ませたのは、他でもない、彼女なのである。手ひどい裏切りだった。

 彼女は、頬を染めながら、続ける。

「いままでごめんね、これで、あなたに迷惑をかけることも――」

 私の手には、包丁があった。

 気がついた時には、彼女は床に倒れ、白い喉から血を流し、既に動かなくなっていた。

 雪の上に咲く、赤い花。

 その色彩のコントラストが、私の網膜を刺激し、私は奇妙な興奮を覚え、身体を小さく震わせた。

 美しい――。

 快楽殺人者というものは、人の命を奪うたびに、このような気持ちを味わっているのだろうか、と思った。そのとき、ふと、ある殺人鬼の名前が頭に浮かんだ。

 ジャック・ザ・リッパー。

 私は、彼女の腹部に視線を向けた。

 新しい生命をその身に宿し、育み、産み落とすための、女性特有の器官であり、ジャックが、殺した娼婦から持ち去ったといわれる物。ある意味最も美しい部分、それが隠された場所。

 私は、包丁を持ち直した。


 ――いつの間にか寝てしまっていたようだ。

 ベッドから起き上がった私は、着替えもせずに寝てしまったことに気づき、少し不機嫌になりながら、うん、と伸びをした。窓からは、既に朝の陽ざしが差し込んでいる。

 私はシャワーを浴び、外出着に着替え、ナイフを鞄の中に入れ、がらんとした家を出た。

 街を歩き、美しい女性を探したが、先ほどまで、最初に殺した彼女を夢で思い出していた為、すれ違うどの女性も、全く美しいとは思えなかった。それほどまでに、彼女は美しかったのである。

 街は、陰鬱な空気に包まれている。

 殺人事件が立て続けに起こり、その犯人は、まだ野放し状態である。警察は何をしているのか、といったような会話が、そこかしこでされているだろう。

 私はその空気を背に、服飾店に入った。

 そこには、色とりどりの服が並び、男性も女性も、それを身体に当て、つれに「似合う?」などといって、そのつれも、「とっても似合うよ」などと、心にもない世辞をいっている。外の暗い雰囲気など、ここではあまり関係ないらしい。

 私はぐるり、と店内を見回し、美しい女性を探した。

 ふと、目にとまった少女がいた。

 目の前の壁は、ぴかぴかに磨かれており、店内の景色が、左右反転して映されている。

 その壁の中に、少女は立っている。

 整った顔立ちをしている。

 艶やかな長い黒髪が、背中に向かって流れ、すらりとした肢体を、シンプルな洋服が、清楚に彩っている。

 顔色は、雪のような白、というよりは、青白いといった感じで、少々不健康そうな印象を受けるが、その程度では、その少女の美貌は、微塵も損なわれない。

「綺麗だね――」

 その少女に向かって、手を伸ばす。すると、少女も私に向って手を伸ばし、私の手と重なった。冷たく、硬い感触。

「一緒に来ない?」

 微笑みかける。しかし、壁の中の少女も同じように微笑むだけで、返事をしない。

 その少女は、壁の中から出ることはできないのだ。少女がいる壁を壊したところで、少女はいなくなるだけであり、壁の中から出てくることはないのである。いや、そもそもその少女は、そこにはいないのである。しかし私は、少女に触れる方法を知っている。


 私は鞄の中からナイフを取り出し、その少女に突き立てた。


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