決着
「うおおおおおお!」
雄叫びを上げながら、渾身の力を持って斧を振るう。縦一直線の軌道を描いた手の斧は、突如として俺の意思に反して加速した。
「だらぁっ!」
「うええ!?」
俺が振る斧を、モルバが蹴り飛ばしたのだ。半ば引っ張られるような姿勢のまま突撃。予想外の速度が効果を発揮したのか、水界の魔王はそれを避ける事が出来す、両腕をクロスさせて防ぎ身を守る。
その状態の彼に、すかさずモルバが追撃を仕掛けた。両側から巨大な火の拳が挟み潰すように迫る。
「双炎人!」
俺の斧を受け止めた直後の攻撃、普通は対処が困難な場面だが、水界の魔王は僅かに両肘を突き出し、挟撃を防いで見せた。
「そこっ!」
間髪入れず、バストルが魔法を放つ。見えない真空の刃が水界の魔王目掛けて、俺達の隙間から迫っていく。
「……っ!」
流石に距離を取ろうとした水界の魔王の足が止まった。後ろに飛び退く筈だった彼は足元に支線を落とす。彼の足首には、土が、まるで足枷のように巻き付いていた。本来ならば彼は直ぐにその異変に気付いていただろう。しかし、アドスによるこの行為は、悪意無しの無垢なる動作。植物が成長につれて周囲の物に巻き付くように、自然現象とも言うべき穏やかさで彼を捕えていた。それゆえに目視の瞬間まで、アドスの行動に気が付くことが出来なかった。
「ぐぉおっ!」
バストルの攻撃が直撃する。魔王の体制が崩れた。畳み掛ける! そう思い一瞬斧を振り上げる、それが一瞬の隙となった。自由になった彼の掌から、眩い電撃が放たれる。目くらましとなった閃光に目が塞がり、そして次の瞬間には包囲網は打ち砕かれていた。炎の拳も、土の足枷も消し飛ばされ、水界の魔王は自由となる。
「これをもう一度受けられるか」
麒麟の魔力が嘶く。眩い光に眼が眩む。あの攻撃が、全員を一瞬にして地に伏せた、あの攻撃がくる。ヤバい! 募る焦りを全身に覚えながら正体不明のままの攻撃に身構えていると、水界の魔王が前触れなく血を吐いた。
「ぐふぁっ……」
見れば彼の腹部から、刃が突き出ている。半透明の刃が血を滴らせながら顔を覗かせている。あれはリルフィリアの水の刃だ。見れば背後にリルフィリアの姿。いつの間にいたのか、水界の魔王の僅かな隙を、彼女は的確に突いて見せた。
「……気配を消すのが上手い。だが真に驚くべきは、この技を見破った事か」
「独特な音と閃光で姿を消し、生成した鏡から鏡へと雷の速度で移動しながらの連続攻撃。この技は一瞬、鏡を生成するための隙がある。だからこそ、最初の目くらましが必要だった。水で作られた鏡だからこそ、私には全容が掴めたわ」
「なるほどな……ぐはっ……」
勢いよくリルフィリアが刃を引き抜く。水界の魔王のわき腹から血が噴き出した。どう見ても結構な深手だ。今にも膝を付きそうな弱弱しさを感じさせる相手に、俺達は距離をゆっくりと詰めた。
「水界の魔王、決着だ」
「甘いぞ風炎の魔王。まだ当方は倒れていない!」
雷の魔力を両手に溜める。そしてそれを勢いよく自らの怪我に押し当てた。
「ぐうおおおおおお!」
電熱で怪我を焼き潰し、出血を止める。思うのも言うのも簡単だが、実行に移そうと出来る人は果たして何人いるのだろうか。それを彼はやって見せた。雷の電圧と、傷を焼き潰す程の熱に気を失うことなくやってのけた。
「ふーっ……ふーっ……まだ当方は立っているぞ。打ち倒して見せろ。完膚なきまでに打ち倒して見せろ! 風炎の魔王!」
倒れてしまってもおかしくないダメージ、それを感じさせない気迫で彼は言う。だがここで気圧される訳にはいかない。俺達はこの水界の魔王を乗り越えなければいけないんだ。
「行くぞ、水界の魔王!」
炎の籠手を両手に構え、相手に突進する。魔王は確かな力強さを宿した眼で、構え、迎え撃つ。
「うおおおおおおおお!」
「はああああああああ!」
拳を次々と、渾身の力を込めて打ち込んでいく。その一撃一撃に、水界の魔王は拳を合わせて来る。一瞬の油断も許されない応酬。既の所で制したのは、俺の方だった。治療した刺し傷による動きのズレが、俺に僅かばかりの勝機を与えてくれたのだ。
「だあああっ!」
「ぐっ!」
一撃入った。全力の一撃に水界の魔王が体制を崩す。その隙に手に魔力を込め、斧を作り出した。
「炎斧・天焼地灼!」
鼓舞のため、仲間の力を底上げするための武器。全力で体を伸ばし、地面へと突き立てる。水面の波紋のように魔力が伝わっていく。
「……っ?」
水界の魔王が一瞬顔をしかめたが、そんな彼を大地が襲う。突如として迫り上がった大地が獅子の頭を型取り、敵を飲み込んだのだ。
「人呼ンデ、大地ノ咆哮!」
アドスが作り出したその獅子は大きく首を振り回し、己ごと敵を地面へと何度も叩きつける。そしてその勢いのまま、空高く敵を吐き出した。
「ナイスだアドス。この距離ならば当てられる」
水界の魔王が飛ぶ先に、予め飛んでいたバストル、既に魔力を貯めている。遠投のようなフォーム、その指は五本の全てを開いている。
「全力の五本だ、受け取、れっ!」
「ごはっ!」
巨大な風の塊の直撃に、水界の魔王はどうしようもなく地に落ちていく。その着地点にはモルバ。ふつふつと湧き上がるような闘志を宿している。
「炎人全開!」
先程よりも更に大きな2つの拳が、モルバの側に現れた。標的は勿論、水界の魔王。一瞬の溜を挟み、目にも留まらぬ速さで連撃を繰り出していく。
「どらららららららららぁ!」
「ぐおおおお!?」
嵐の如き猛攻に為す術なく、水界の魔王は再び空中へと打ち上げられた。そこに飛んだのは、俺とリルフィリア。炎斧を大きく振り上げる、その斧にリルフィリアが手を添え、水を纏わせる。炎と水の相反する力が、驚くほどによく馴染む。
「おおおおおおお!」
「はああああああ!」
二人の魔力が合わさった一撃が、水界の魔王を捉える。巨大な魔力の衝突に、眩いばかりの火花が飛び散った。
「ぬううう!」
最後の力を振り絞り、水界の魔王が防御を取った。だが、それに負けることなく俺たちは力を込める!
「「いっけええええええ!」」
持ち手に力を込め、二人の全力で振り下ろす。水界の魔王の防御を貫き、そのまま地面へと叩きつけた。
「かはっ……」
受け身すら取れず、男は地に落ちた。呼吸は感じるが、魔力はもう感じない程に弱々しい。もう反撃どころか、立ち上がることすらままならないだろう。決着、まごうことなき決着だ。




