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魔王の魔引き、始めました  作者: 忠源 郎子
第一章 旅立ち
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炎斧・天焼地灼

「さあ、決着をつけようか。ここからは加減は一切無いと思え」


「……なんでここまでしてくれたんだ」


「その答えは、お前達の力で引き出してみせよ」



 距離を取り、魔力を高めて行く水界の魔王。立ち上がり、俺は相手に応えるように右腕に集中する。



炎斧・天焼地灼えんぶ・てんしょうちしゃく



 黒が集まり、右手に宿る。そこから天へと地へと、その姿を伸ばしていき、やがて身の丈に合わぬ大斧となり、俺の手に収まった。灼熱を、骨など紙くずの様に燃やしかねない灼熱を、この手に持っている。俺ではないとはいえ、この体がこれを自在に操っていたなんて、とても実感の沸かない話だ。


 加えて不思議なのは、この斧を手にしてなお、ここまで落ち着いている自分自身だ。明らかに身に余る力に怯えも驚きもしないのは、先代魔王の力添えあっての事なのか。



「先代魔王の力、問題はないようだな」



 気づけば、水界の魔王から黒い魔力が渦巻いている。水界の魔力で堕王となっている証だ。



「今までは私の全力。ここからは当方の全力だ」



 堕王の操作が限界ではなかったのか、と驚く事もない。この男ならばきっと更に上があるだろう。そう思わせる風格を、俺は感じ取れるようになっていた。


 空間がピシ、と割れるような魔力が迸る。水界の魔王の周囲が歪む。一度、眩い光が放たれ、空気が啼いた。馬のいななきのようでいて、それではないとは分かる音。もっと神秘的な、高貴な、そんな生物を彷彿とさせる音。



麒麟啼世(きりんのなくとき)



 光の向こうに現れた水界の魔王は、強さの桁が変わっていた。水界の青、堕王の黒、雷の黄、毒の紫、そして放たれる白の光。五色を纏い佇むその姿は、伝説上の生物のように神々しい威圧を放っている。先の戦いなど子供の戯れに過ぎない、それが揺るがぬ事実であることを、見るものは確信させられた。



「ふっ!」



 先手を取った。大斧を横薙ぎに、相手の胴目掛けて振り払う。だが、俺の斧はピタリと止まった。相手は動いていない様に見えたが、僅かに雷の軌跡が斧に伝わっている。水界の魔王に、一瞬の動作で止められてしまったのだ。



「やはり魔力を吸うか。あの時程ではないが、脅威だな」



 冷静にこちらを見定める相手。そのまま数発の拳が俺の腹部に飛び込んだ。



「ぐごはぁっ!?」



 魔纏が触られた瞬間弱まった、しかも雷の速度で。常時雷の速度で、魔纏を弱める毒を打ち込んでくる、一撃一撃が必殺だ。



「くっ!」



 また攻撃が飛んでくる予感を感じ、斧で咄嗟に防御の姿勢を取る。その構えを見た水界の魔王、ピタリと一瞬止まったが、瞬時に距離を詰め、斧に両拳を添えた。



「……あっ」



 何をする気だと探ろうとした瞬間、その構えの意味を悟った。かつてリマトさんと戦った時に体験した、防御の上から衝撃を通すあの技。だが気付いた時にはもう遅かった。



「うああっ!?」



 武器を通して、直接殴られたかのようなダメージが腕に響く。体制が崩れる。だが疾風の魔力で体制を持ち直し、斧を使い反撃を試みる。しかしそれをあっさりと躱され、掌底突きが容赦なく差し込まれた。



「がはっ!」



 衝撃で吹き飛ぶ、体が痺れ、上手く体制を整える事が出来ない。だが、本日二度目となるアドスのナイスキャッチで事なきを得た。



「あ、ありがとう」



 優しく降ろされる、そこにはみんなの姿があった。だが心なしか視線が厳しい。



「先代の力を経て逸る気持ちは分かるが、私達が居る事を忘れるなよ、リュウヤ」


「アドス、次ハモット頑張ル」


「てめぇ一人でやろうとしてんじゃねぇボケ」


「みんな……ありがとう!」



 強大な敵の変貌、そして手に入れた先代の力。いつの間にか俺がやらねばと意気込んでしまっていた。この相手をして怯まない、こんなにも頼りがいのある仲間がいるというのに。



「ねぇリュウヤ。ちょっといい?」


「ん、どうしたのリル」


「貴方って、斧、使えるの?」


「…………使えない」



 言われてみれば、斧なんて振った事ない。慣れない武器で水界の魔王に立ち向かう事自体が無謀だった。でも。



「なら、形を変えたりとかは? 出来そうな雰囲気は感じるけれど」


「出来る、と思う。けど、この魔力はこの形で使え。手にする時、そう言われたような気がしたんだ」


「……なら、使い方、見つけないといけないわね」



 優しく微笑みかけるリル。俺は力強く頷き、返事を返した。



「イチャついてんじゃねぇぞボケがぁ!」



 明らかに俺に向けた啖呵を吐きながら、モルバが水界の魔王に殴り掛かる。アドスも回復した両手を組み、即席のハンマーを作り振り下ろした。しかし、それらは勢いよく空を切る。雷の速度を纏う水界の魔王には、攻撃を当てる事すら困難を極めた。


 速さでは勝てない。なら、その速さを削らねば。手にした斧を構え、突撃。この斧が、先代魔王の魔力が持つ、魔力の吸収作用。少しづつでもいい、相手の速度を俺達でも捉えられるくらいに弱めなければ話にもならない。



「うおおおおおお!」



 無謀にも見える前進に、水界の魔王は距離を取らず拳で応えた。神速の連撃にまったく対応出来ず、幾度も拳をその身に浴びた。でもこれでいい。近づけば斧が魔力を吸収する。それに、俺の体にも細工を施しておいた。薄い、限りなく気配を感じさせない薄さの水の膜。リルフィリアがさっき纏わせてくれた。



「……む、考えたな」



 それに気づいた水界の魔王が感心したように唸る。雷を通す水を纏い、殴らせることにより、余分に雷の力を消耗させる。強制放電と魔力吸収の合わせ技で、速度をどんどん落とす。この調子で行けば、攻撃が届く筈。


 僅かに見出した光明に一瞬気が緩む。その瞬間、麒麟が啼いた。



「うぉあっ……っ!?」



 眩い光と、あの嘶き。それが鳴り響いた時には、全員が地に伏せていた。



「あっ……がっ……」



 もちろん俺も例外では無かった。いつの間にか視界が空を映しており、体中が痺れて動かない。その痺れが麻酔となっているのか、他の痛みは感じない。だが胸部に強烈な違和感がある。恐らくはここを打たれたのだろう。なにをされたのかも分からない。



「言った筈だ、加減は一切無いと。お前の策に悠長に付き合う程のお人好しはいない」



 近くに立つ水界の魔王が、俺を見下ろしていた。右手に魔力を込めている、雷、毒、水界。全てを込めた、確実に仕留める為の一撃の準備をしている。くそ、動け、動け、動け!


 無我夢中の俺は、無意識に右手に魔力を込めた。攻撃を受け消えていた斧を、再び作り出す。俺の全身を巡る雷の余波を、斧が吸い取っていく。



「ガ八ッ!」



 麻酔が切れた、痛みが確かな物となって牙を剝く。だがそれに屈するわけにはいかない。血を吐きながら、斧の柄を地面に突き立て、立ち上がる。



「まだ立つか。流石だと言ったところだ……ん?」



 ぬけぬけと賞賛を放つ水界の魔王が、何かに気付いた。思わずその視線を追う。そこにはモルバ、

震えながらも立ち上がろうとしている。バストル、アドス、そしてリルフィリア。その三人は未だ倒れたままだが、僅かに動き出そうとしているのが見て取れた。



「お前はともかく、他の者がこの短時間で動けるとは……」



 俺は先代魔王の斧が吸収してくれたおかげで、立ち上がる事が出来た。他のみんなにもその作用が働いているのか? でもどうして?



「……まあいい。立ち上がったからには、決着を付けねばならんな」


「ああ……そうだな」



 斧を構えようとするも、痛みが残る体では上手く支えられず、柄を再び地面に突き立てる。すると後ろで、クソがああ、と罵声が聞こえた。見ればモルバが完全に立ち上がっている。他のみんなももう立ち上がる寸前だ。



「……もしかして!」



 原因に気付き、斧を二度、三度と突き立てる。銅鑼を鳴らしたかのような、体を芯から奮い立たせる音が響いていく。その音に応えるように、全員が力強い足取りで立ち上がっていた。


 この斧、天焼地灼の使い方を理解した。これは旗だ。斧と銘打ってはいるが、その実態は仲間を奮い立たせるための旗印なんだ。強化を得意とした先代魔王の斧、納得の効果だ。



「その斧、振り回す為ではなかったようだな」


「ああ、しっかりと理解出来たよ。正真正銘、ここからが正念場だ!」

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