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魔王の魔引き、始めました  作者: 忠源 郎子
第一章 旅立ち
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真髄


「ここからは本格的に魔力を使う。心して受けろ」



 今ので小手調べ、とでも言うのか。受け入れがたい冗談のような発言と共に、水界の魔王は俺に突撃する。構えた盾と剣、十分に対応できる距離であったが、相手は攻撃とは言えないようなゆっくりとした動作で俺の武器を避ける。そしてまたもや攻撃とは呼べない緩慢な速度で、手刀を俺の胸元に突き立てた。


 もちろん、その手刀も攻撃の意味を成していない。何のダメージにもならない一連の動作に呆気に取られていた。しかし、次の瞬間、冷や汗がどろりと湧き出る。手刀の当たっている場所が、魔纏が解けていた。後頭部に当てられたものが銃口であると理解した、そんな悪寒が体を翔ける。



「毒手・寸勁」



 余力を残した肘の曲げ。手刀から拳に変えることにより生み出される僅かな隙間。水界の魔王が一撃を繰り出すには十分な体制だった。



「がはぁっ!!」



 強力な突きが無防備な肉体に打ち込まれる。もろに受けた俺は体制を整える事すら出来ずに吹き飛んだ。



「毒の魔力は慣れない内は遅効性の毒しか生み出せない。このような戦いでは使い辛いが、この魔纏を溶かす毒を最初に極める事で、戦闘にも有効活用が望める。後は距離を詰めた状態でも打ち込める技量を身に着けるだけだ」



 胃の中の液を少しばかり吐く俺に、余裕たっぷりの状態で講釈を述べる水界の魔王。そんな彼をリルフィリア達が囲むように襲撃する。



「くちゃべってんじゃねぇぞコラアアア!」



 一番の重症であるモルバの怒号が合図の同時攻撃。今度は各々が魔力を使い、数多の方向からけしかけた。いくら何でもこの手数では、先ほどの各個撃破理論は通じない。なんて思いは一瞬にして消し飛ばされた。


 ドカン、という大砲の着弾のような、至近距離の落雷のような、凄まじい轟音が空気を叩く。かと思えば、仕掛けた筈のリルフィリア達が一網打尽に吹き飛んでいた。



「カハッ……」



 一瞬の出来事とは言え、宙を舞う彼らの様子を見れば、重い一撃を持って迎撃されたのは直ぐに理解出来る。涼しい顔色の水界の魔王から、バチバチと音が鳴っている。次の瞬間には、俺は手に持った剣を投げつけていた。



「うおおおおおお!」



 投げた剣に追従する形で、俺自身が突撃する。風の魔力を身に纏い、炎の魔力を拳に滾らせ、必死の接近を試みる。しかし、水界の魔王がゆっくりと指先をこちらに向けたかと思うと、そこから凄まじい閃光が放たれた。その雷は剣の勢いを殺し、そのまま俺も貫いていく。



「うおああああ!?」



 体を巡る電撃に、情けない悲鳴を出すしか出来ない。その場に倒れ込み、衝撃に悶え無防備を晒してしまう。



「放てば必中、纏えば無双。強力無比を形にしたような雷の魔力だが、消耗が激しいという欠点もある。手立てとしては回復用のポーションを所持しておくなどあるが、自然現象を冠する魔力には特別な手段が存在する」



 隙だらけの俺に追撃を加える事無く、水界の魔王は魔力を溜めている。この雰囲気は見覚えがある。初めて対峙した雪原、そこで繰り出された恐るべき自然現象。



雷乃発声かみなりすなわちこえをはっす



 轟音と共に降り注ぐ落雷。どれもが必殺の威力を有しているのが一目で分かる。ポーションを口に含み体力を回復しながら、対抗策の為に頭を捻る。



「リュウヤ! 皆ヲ集メテ!」


「! わかった!」



 アドスが轟雷の雨の中叫んだ。幸いまだ誰も命中はしていない。アドスの意図に従うべく、疾風の魔力を全開で駆ける。



「私は大丈夫だ、リルフィリアとモルバを頼む」



 よろめきながらも自力で立つバストルが俺に告げた。一瞬行こうか迷ったが、一人で三人を運ぶのは難しい。ここはバストルを信じて、他の二人の救助を優先しなければ。


 俺が駆け寄った時、リルフィリアは気を失っていた。落雷の直撃が無かった幸運に感謝しながら抱き抱え、モルバの元へと急ぐ。モルバは意識こそあったが、いつ倒れてもおかしくない状態だった。嫌がる彼を無理矢理に抱え、アドスの元へと急ぐ。途中、水界の魔王を見たが、眼を閉じ腕を組み、瞑想でもしているかのような穏やかさを見せている。攻撃のチャンスとは思ったが、ここはみんなの避難を優先した。



「ンンンン!」



 全員が自らの元に集まったのを確認したアドス、両腕を空に掲げ、魔力を込める。するとその両手がみるみる内に広がっていき、やがては土のドームが俺達を覆い隠した。



「凄い! これならっ!?」



 言った瞬間に雷が直撃した。ドームの中を揺らすような重低音にめまいを覚える。だが雷自体は中には入っていない。落雷の威力を防ぐことに成功している。しかし。



「うああっ!」



 音による衝撃が、直接脳を揺らすかのような威力を伴って、何発も打ち込まれていく。ドーム崩壊の危機は見えないが、そうなるまでもなく音に俺達が殺されてしまう。



「凪いでこそ……やってみるか」



 小さくそう呟いたかと思えば、バストルは両手を広げる。すると不思議な事に、耳を劈く衝撃音が、徐々に小さくなっていき、遂にはピタリと止んだ。耳栓をしているかのように、自分の鼓動しか聞こえない。



「凄いよバストル! これなら大丈夫だ!」



 そう言った筈だが、伝わらない。あんな轟音が消える空間なのだから当たり前だ。それはさておき、今一先ずの安全地帯が形成された。今の内に全員の回復を行わなければ。


 魔力の流れを見ればドームの暗闇でも誰がどこにいるかは分かる。そうして見るとやはり、モルバとリルフィリアから感じられる魔力が弱弱しい。その二人を優先してポーションを分けて行く。リルフィリアは眼を覚まさないが、容体は安定しているのを感じる。モルバも息が整ってきた。だがそれに反するように、アドスの魔力に乱れと弱りが見える。音が無いから気づかなかったが、相当の数の落雷が降り注いでいる。



「グオオオオオ……」



 アドスの両腕が崩れて行く。ドームが崩壊し、傷を癒しきれていない俺達が露わになった。幸い落雷はもう止んでいる。水界の魔王は腕を組み静観の様子を保ったままだ。



「……よくぞ凌ぎ切った。と言いたい所だが、今の魔法は攻撃を目的としていない」


「な……攻撃じゃない?」



 彼が不可解な言葉を発したかと思えば、地面がにわかに騒ぎ始める。バチバチと、それ自体が雷のような音を出し始めたのだ。



雷乃収声かみなりすなわちこえをおさむ



 彼が言葉を口にする。すると地面に帯電する雷が、一斉に水界の魔王の元に集まり始めた。相当な量の電流が彼に集中し、水界の魔王はそれを避ける事無く一身に浴びる。すると……ダメージを追うどころか、身に宿した魔力がより濃く、厚く、力強くなった。落雷という膨大なエネルギーを、水界の魔王は自らの魔力として吸収してしまったのだ。



「自然を冠する魔力は、このように対応した自然現象を吸収し魔力を補う事も出来る。修練が必要だが、身に着ければこの上ない武器となるだろう」



 ポーションを飲んだとは言え、万全とは言えない体制のこちら側と、多少は消耗していた魔力すら全快してしまった無傷の水界の魔王。絶望的とも言える状況に、踏み出すことが出来ない。



「最後に見せるは、水界の魔力、その真髄。心して見るがいい」



 水界の魔王の魔力が、更に高まっていくのが見える。まだ上があるのか。水界の魔力の真髄。それが一体何なのか。迫りくるであろう攻撃への警戒と、魔力に対する僅かながらの好奇心が、俺の足を動かなくした。



堕窶焦哀おちてやつしてこがれしものよ



 爆発かと見紛う程の魔力が放たれ、思わず眼を覆う。その失態に気付き再び視線を相手に戻した時、衝撃のあまり口を開けたまま茫然としてしまった。


 水界の魔王から黒い魔力が立ち込めている。幾度か目撃したその現象に加え、彼の身に宿された魔力が、先刻と比べようもない程の強力さを有しているのが分かってしまった。水界の魔王は変わらぬ表情でこちらを見据えてはいるが、その途方もない戦力の差故か、それすら刺すような痛みを感じてしまう。



「水界とは、水面に映る景色、そこに広がる鏡合わせのもう一つの世界。水界の魔力の真髄とは則ち、もう一人の自分とも呼べる堕王を、自在に操る事にある」



 堕王。爆発的な魔力の高まりと戦闘力の向上を引き換えに、我を失う、言わば暴走状態。しかし目の前の水界の魔王は魔力の高まりこそあるものの、様子は先程とは変わらない。彼の言う通り、自在に操る事が出来ている、という事なのだろう。



「この状態は長くは保てない。構えろ」



 相手の言葉に我に返り、構えを取る。その瞬間にはもう、拳が胴にめり込んでいた。

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