相見える
街を出発してから、俺達は各々の方法で水界の魔王の元へと駆けていた。俺はリルと一緒に、バストルは自分で空を飛ぶ。アドスは地を走り、モルバは火の魔力で作り出したバイクで疾走する。
バストルの飛行は以前にみた時よりも優雅で、流麗で、美しくなっている。山を静かに流れる清流のような、穏やかさが感じられた。アドスは相変わらずの巨体であるにも関わらず、その走る音は非常に静かだ。巨体に任せた走りではなく、しっかりと体の使い方がわかっているような動き。モルバのバイクは、かつて見たヤゴウさんのそれに勝るとも劣らない火力を感じさせる。
みんな強い。確実にその実力を上げている。頼もしいの言葉に尽きる。
だが、正直な話これだけ力を合わせても、水界の魔王に勝てる確証はない。未だに彼の底を見てはいない。水界の魔力だって、水を使ったり反射したり、それだけでは済まない筈だ。場合によっては先代顕現の力を使わざるを得ないかもしれない。
「リュウヤ?」
俺の不安が手から伝わったのか、心配そうな声で俺を呼ぶリルフィリア。大丈夫だという返事がなかなか喉から出てこない。
「リュウヤ、一ついいかしら」
「どうしたの?」
「私、まだあいつが貴方を蹴ったの許してないのだけど」
「へっ?」
「ぁあ?」
「当たり前でしょう。あの場でお前の首を切りにいかなかっただけでも感謝して欲しいわね」
「ぁあああ? そいつがこいっつったからだろうがぁ!?」
「そ、そうですよリルフィリアさん」
今ここで蒸し返すの? 水と火だから仲悪いの? 水じゃなくて油なのか?
「終わったらきっちり罰するから、覚悟しておくように」
「ぁあああ……?」
「だから、ちゃんと全員で帰るのよ」
「ぁあ?………ああ」
「ふふ、そういう話か。そうだな。きっちり全員で帰らないとな。怒るリルフィリアは我々で止めなくては、そうだろリュウヤ」
「……そうだね、みんなで帰ろう」
「モウ少シ、マトモナ激励アッタダロ」
不安を感じたリルの激励。みんなで絶対帰ろうという意思表示。アドスの言う通り、普段の彼女ならもっと良い言葉で励ましてくれていたはず。リルも不安なんだ。俺が不安に思っていてどうするんだ。しっかりしないと。
「よし、行こう!」
不安を消し飛ばすように声を張る。それに応えるように、皆が一様に速度を上げた。
それからしばらくして、その姿が見えた。深い青の長髪に細身の体躯。同じく濃い青を基調にしたその服装、所々に龍をあしらった金の刺繍、どことなく男性用のチャイナ服を連想させる。姿嫋やかに佇む、その穏やかな水面を思わせる視線は、距離を置いて止まった俺たちに向けられていた。
「……来たか。そんなに大所帯の必要も無かったろうに」
静かに佇むその男は、仕掛けてくるでもなく、構えるでもなく、ただそこにいる。
「私を殺せば、氷の魔王はここに現れる仕組みだ。さあ」
トン、とゆっくりとした動作で自分の心臓を指差す水界の魔王。一思いにやれ、そう言わんばかりの動作。罠の可能性を考慮したが、どうにもそうは見えなかった。
なんとも澄んだ、怒りとか悲しみとか、そんなものを微塵も感じさせない表情をしている。すべてを理解したような、いや、諦めたような。きっと、これから飛び降りる人や、首を吊ろうという人は、こんな顔をするんだろうなと、思わせる顔。
かつてのバストルも、こんな表情をしていたな。そんなことを思いながら水界の魔王に歩み寄る。
「お、おい」
あんまりにも無防備に近寄っていく俺を心配して、モルバが止めるべく声をかける。しかしそれをバストルが止めた。
近づいてくる俺に水界の魔王は何もしない。お好きにどうそ、好きにしてくれといった体制だ。
そんな彼に存分に近づいた俺は、その顔面を思い切りぶん殴った。
「ぐっ……?」
殴られた勢いで数歩後退した水界の魔王は、痛みよりも驚きを表情に出していた。魔纏をしていない水界の魔王を、俺は魔纏なしでぶん殴った。剣で一突きも、魔纏ありでぶん殴って致命傷を与える事も出来たし、水界の魔王もそれを予想していたのだろう。でも、俺はただぶん殴った。
「…………なるほど、なるべく痛めつけてか。確かにそれだけの事はした。良いだろう、好きなだけ「ふざけるなぁあ!」
相手の言葉を遮る俺の怒声に、彼は眼を丸くする。
「お前、お前の友達が最後になんて言ったのか知ってんのか」
「…………」
「武運を祈ると、後は任せたと、みんなお前に託して逝ったんだぞ!」
「……そうだな」
「なのになんで、なんでお前が勝手に諦めてんだ! 最後まで戦え! お前に託した友達を、お前自身が馬鹿にしてんじゃねぇ!」
俺の言葉に驚き、戸惑いを表していた彼だが、次第にその顔に笑みが宿る。
「……ふふ、フフフ、フハハハ!」
「な、なんだ」
「いや、思った以上のお人好しだと思ってな」
深く深呼吸をし、構える水界の魔王の魔王。その瞳には生気が強く宿り、さっきまでの破滅志願者の影は欠片もない。
「お前の言う通りだ。全力で我が友に応えねばなるまい! 当方、水界の魔王。いざ参る!」
近くにいるだけで圧倒される威圧。彼が全力を尽くす事はもはや疑いようもなく、こちらも全力、それ以上を迫られるのは明白だった。
俺たちの様子を見ていたリルフィリア達は、事が始まると見るやいなや距離を詰め始めていた。
「おい、なんでやる気ねぇ相手にハッパかけてんだ」
「リュウヤがそうしたいって言ったからよ。言ってなかった?」
「聞いてねぇよ。なんでそんな面倒くさいことすんだ」
「やる気の無い相手に敵討ちしたってしょうがないでしょう」
「……確かにそうだが、ホントにそれだけか?」
「あら、意外と分かってるのね。その話は、事が済んでからにしましょう」




