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魔王の魔引き、始めました  作者: 忠源 郎子
第一章 旅立ち
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万全の状態で


 水界の魔王が去った後、どこか重苦しい雰囲気が部屋を包み込んでいた。相手の思いがけない行動と、その意図。掴み切れないその真相に対して自分たちはどうすればいいのか。そういった迷いが、空気に重さを生み出していた。



「要約すると、だ」



 堰を切ったのはバストルだった。



「準備が出来たら来い、と。もう真面目に戦うつもりはないから、さっさと自分を殺してくれと。そういう事、でいいのか」


「…………そうなる、のかな」


「となると……厄介な毒の魔力と強力無比な雷の魔力。そして未だ底の知れない水界の魔力。その三つを完全な状態で保持した相手が白旗を振っている訳だ。言葉を選ばずに言うならば、かなり美味しい状況と言えるだろうな」


「その状況が罠である可能性は捨てるべきじゃない」



 話の流れに異議を唱えたのはリルフィリアであった。



「あの雰囲気、話し方、眼。死を覚悟したことのある私だから分かるが、水界の魔王の死への意思は本物だ。もしあれが偽りならば、類を見ない程の曲者だな」


「その類を見ない程の曲者であるという可能性を捨てるべきじゃないと、言っているの」


「友を失った男の心情、汲んでやりたいところだが……リルフィリアの言う事も十分に理があるのも分かる」


「貴方はリマトの村の惨状を見ていないから、どこかでアイツを憎み切れていないのよ」


「……確かに、接触回数は二人の方が多い。情報が多いリュウヤとリルフィリアの方が判断すべきか」


「私はもう罠だと断定するけど。リュウヤはどう?」



 二人の言う事はどちらもよく分かる。現実的に考えればリルフィリアの言う通り、罠があると決めて万全の状態で向かうべき、だと思う。



「…………俺は、万全の状態で向かいたい」


「向かうべき、とは言わないのね」


「その理由、聞かせてくれないか」



 すべき、ではなく、そうしたい。そう表現した理由を、俺は二人に話した。驚かれるか、もしくは呆れられるか。そんな反応を予想していたが、二人の反応はそのどちらでもなかった。



「リュウヤだったら、そう言うと思ったわ」


「お人好しだな。だから私も生きている訳だが」


「ごめんね、我が儘言って」


「良いさ。そんな我が儘なら付き合う甲斐もある」


「私の方が我が儘言ってるんだから、それくらい私にもさせて」


「ありがとう、二人とも」


「なら万全を期す為にも、アドス君のとこに行かないとね」


「そうだね。じゃあ善は急げだ、さっそく出発しよう」



 方針が決まった所で、俺達はすぐさまアドスの元に向かっていった。アドスの元には、大地の魔王も姿を見せていた。



「リュウヤ、ダイジョウブカ」


「ん? 大丈夫だけど」


「いやいや自分相当体痛んどるで。なんでそんな事聞くの見たいな顔しとるけどな、分かんねんで腕輪通して」


「そっか……でも本当に大丈夫だから。ありがとねアドス」


「で、なんかあったんやろ。わざわざ来るって事は」


「ええ、それなんですが……」



 俺は事の顛末をなるべく詳細に話した。水界の魔王と話した事、そしてこれからしようとしている事。首を小さく縦に揺らしながら、二人は俺の話に耳を傾けていた。



「ワカッタ、アドス、イッショニイク!」


「ちょい待ちアドス。今言っても自分じゃ足手纏いや。ワテを飲んでけ」


「……? 飲む?」


「ワテを取り込んで、吸収していけって事や」


「え? そんな事したら貴方が」


「気にせんでええ。というか、ワテらと自分らじゃ生死の価値観が違うんや。自分らは死んだら終わりやろうけど、ワテらは次へと繋がっていく、飲んだ相手の中で生き続ける、そう捉えとる。死ぬとは欠片も思うとらん」


「大地の魔王さん……すいません、ありがとうございます」


「ええんやええんや。あ、でもちょい頼みがあるんや、イリサキクンにな」


「なんですか?」


「ワテにも名前つけて貰ってええ?」


「名前、俺で良いんですか」


「ええんや。イリサキクンがええ」


「分かりました、じゃあ……」



 大地、大地……



「アイガ、いや、直球過ぎるか……」


「アイガ、ええな。それがええ」


「え?」


「アドスのもやけど、多分イリサキクンの世界の言葉からつけてくれとるんやろ?」


「分かるんですか?」


「発音が独特やからな、わかるで。それがワテ羨ましゅうてな」


「確かに独特よね、アドス君の名前」



 そうなのか、自分じゃ全然分からなかった。翻訳魔法に影響が出てたのかな?



「やから今日からワテはアイガや。よろしゅうな! 言うてももうすぐ飲まれるんやけどな」


「笑い辛い……」


 

 ケラケラと笑う大地の魔王、改めアイガ。笑い止んだかと思うと、神妙な雰囲気を纏いアドスに向く。



「じゃ、頼むでアドス」


「ウン、ワカッタ、アイガ」



 頷いたアドスはその大きな手でアイガを包む。すると彼の体が、徐々に手に溶け込み始めた。



「ほな、また……」



 消え入るような別れの言葉を最後に、アイガはアドスの手の中へと完全に一体化した。すると、アドスの体がみるみる内に小さくなっていく。ごつごつとした岩肌は丸みを帯び、その巨躯は未だ見上げる大きさであるものの、元のアドスとアイガの中間程、およそ3mで落ち着いていた。


 見た目の荒々しさこそ消えはしたが、感じる圧力は以前とは比べ物にならない。アドスの自然を思う優しさと、アイガの弱肉強食を旨とする厳しさが同居しているのが感じられる。



「あ、アドス? 大丈夫?」


「大丈夫。晴レヤカナ気分ダ」



 話す言葉も以前より滑らかなになっている。流暢なアイガを吸収した影響が出ているのだろうか。



「サア、行コウ」



 生まれ変わったアドスと共に、俺達は町へと戻った。




「…………という訳で、水界の魔王と決着を付けてきます」



 俺達はバロフの元に行き、一連の出来事を報告した。居合わせたモナムさんとシルベオラさんも一緒に話を聞いていた。



「そうか。水界の魔王が居たのは分かったが、そんな話をしていたのか」


「やっぱり分かってたんですね」


「手を出せばすぐさま飛んで行くつもりだったが、無用な心配で済んだようだな」


「水界の魔王の打倒にはその方たちで行くんですか?」


「はい。俺とリルフィリアと、バストルとアドス。四人で行きます」


「そうですか」



 少し引っかかるシルベオラさんの言い方。この人数では足りない、そんな雰囲気を感じる。



「それで、一つお願いがあるんです」


「お願いですか」


「僕達の傷を、治して欲しいんです」


「怪我が治るまで待ってもいいのでは?」


「え、治してあげなよ」


「バロフは黙っててください」


「はい」


「……前にも話しましたが、自然治癒が精神には一番です。それになれてしまう事はとても恐ろしいことなんですよ」


「それは分かります。けど、今回はリルフィリアの姉の事を考えると、一刻も早く行かなければいけない。それに……」


「……それに?」


「たぶん……水界の魔王のところに、早く行ってやらないと、いけない気がするんです」



 自分でも何を言っているのか分からないような言い分。だが、それをシルベオラさんは真剣な眼差しで受け入れてくれた。



「……そうですか。わかりました」


「ありがとうございます!」


「ただ、少し待ってください。恐らく、もうすぐですから」


「もうすぐ?」



 何がですかと言おうとした矢先、背後の扉が壊れそうな勢いで開いた。



「ぉおいてめぇ!」



 そこに居たのはモルバ=クレナトス。元火の魔王であり、今は亡きヤゴウさんの舎弟。その視線は刺さるような鋭さで俺に向いている。シルベオラさんはこれを予測していたのか。



「あの野郎をぶっ殺しに行くんだろ」


「水界の魔王の事か」


「オレも連れてけ! 嫌とは言わせねーぞ」


「嫌じゃないけど、そのままでは連れては行けない」


「は? てめぇ舐めてんのか!」


「火の魔力を返す。それから一緒に行こう」


「一度取られたもんなんか受け取れるかよ!」


「アレは黒騎士が取っただけで、俺は何もしてない。好きに使うように言われたんだから、返したって良い筈だ」


「いいや受け取れねぇ」


 

 魔力を持たない状態で行くと聞かないモルバ。彼なりの矜持があるのかも知れないが、そんな状態では連れて行くのは危険過ぎる。



「じゃあ俺を倒せたらいいよ。今ここに居る、モルバ以外で一番弱い俺を」



 その持ちかけに言葉を返さず、鋭い蹴りを返事としたモルバ。こめかみを狙った一撃、確かに速い。いつか黒騎士が言っていた、魔力無しでも相当な体術を放つという話、嘘ではなかった事がよく分かる。


 でも、それだけ。魔纏をした俺は、防御の動きを何もせずとも、その一撃を微動だにせず耐えて見せる。魔王の魔力を持たない相手とそこまでの差がある事、俺は感覚で理解していた。



「ぐっ……」



 蹴ったモルバの方が顔を歪める。それだけ魔纏は硬い。それだけ、魔力無しでは力の差が生まれてしまう。



「偉そうな事を言って悪かった。けど、実際そんな状態では連れていけない。火の魔力を受け取ってくれ、それが条件だ」


「……チッ」


「ついでみたいな流れで悪いけど、バストルにも返すからね、風の魔力」


「ん、面目ない話だが、助かる。魔力無しでどう役に立とうか頭を悩ませていたところだ」



 だが、二人に返すと言ったところで、少々困った。返せるというのはバロフから聞いている、だがやり方は聞いていない。



「……バロフ、どうやるの、これ」


「返し方か。確か、自らの中にある核を、腕先から送り出すような感覚、だったか。それをイメージしながら呪文を唱えてみろ」


「わかった、ありがと」



 自分の中に漂う数個の魔力の核、そこから風と火を意識し、それぞれを手の先に持ってくるよう頭を捻る。そのまま、左右の手に別れた魔力の核を、元の持ち主の方向へと差し向けた。



「ルベルシブ」



 赤と緑の、淡い光が、俺の腕から抜けて行く。そしてそのまま、元の持ち主へと、吸い寄せられるように入り込む。取り込む時のような激しさや苦しさはない。それは二人も同様だった。むしろその表情は苦痛というより、驚きの色が勝っている。



「これは……どういう事だ?」


「……なにしやがった」


「え? 魔力を戻した、んだけど」


「前に所持していた時よりも魔力が増している、はっきりと分かる程にな」


「だが変なもんが混ざってるような感じはねぇ。単純に上がっただけだ」


「いや、何もしてないよ」


「疾風と炎。あなた達の持つ物の上位の魔力をリュウヤは持っているわ。その力に中てられて、力を増した。考えられるとしたらそれくらいね」


「……なるほどな」



 妙に納得したような表情を見せたモルバ。受け入れてくれたかと安心したのも束の間。今度は魔力を存分に秘めた蹴りをモルバは繰り出した。たまらず腕でガードを挟む。それでも威力を抑えきれず、数メートル押されてしまった。



「これなら文句ねぇだろ」


「もちろん、大歓迎だ」



 まだ痺れる腕を抑えながら、笑顔で応える。かつて黒騎士に迫る実力を見せた、火の魔王、モルバ。頼もしい人が加わった。水界の魔王相手に、この援軍は心強い。



「どうやらメンバーはそろったようですね。では約束通りに」



 近くまで来ていたシルベオラさんが杖を軽く掲げると、傷が瞬く間に治っていく。どこか抜けていなかった疲労感すらも消え去った。



「準備は整ったな。気を付けて行ってこい」


「はい。……行ってきます」


 

 バロフの激励を受け、俺達は城を後にする。俺、リルフィリア、バストル、アドス、モルバ。今出来る万全の体制を作り上げ、水界の魔王の元へと出発した。

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