話とは
リルとバストルは神経を水界の魔王に集中させている。少しでも妙な動きを見せたら躊躇わない。そんな雰囲気がありありと放たれている。無論、俺もそうするべきなんだろうけど、疑問と困惑が勝ってそれどころじゃない。倒すべき相手が急に来て、ましてや食卓を囲むという事態を、未だ受け入れられてはいないのだ。
「……私が言うのもなんだが、少しは警戒を解いてもらいたいものだな。そうも気を張ったままでは、話をしても碌に頭に入らんだろう」
「それで油断を誘おうというのなら、浅はかな考えね」
「私が来ている事などバロフはもう感づいている。バロフ一味に加えこの家の住人を一度に相手する程に無謀ではない」
「そうか、ならば我々が仕掛けて事を荒立てても、不利益はお前だけという話だな」
「やめようバストル」
「……リュウヤ?」
「何を考えているかは分からないけど、危険を冒してまで話をする為に来てくれたんだ。それを無下にするのはよくない」
「だがこいつは」
「わかってる」
「……そうか、リュウヤがそう言うなら従おう」
渋々と言った表情で頷くバストル。リルフィリアも同様の雰囲気を放っていたが、そこで再び反抗する程彼女も子供ではない。
「礼を言う、風炎の魔王」
「言うな。言われる筋合いはない」
「それもそうだ。では本題に入るが、話す事は三つある。先ずは……」
話が始まろうという所で、アンさんが料理を持ってきた。この日の昼食はパンと、鳥の生姜焼き。厳密にはいろいろ違うんだろうけど、味も近いし、何より美味しいので問題なし。
水界の魔王はアンさんに礼を言うと、丁寧な所作でそれを口に運んだ。育ちがしっかりしている事が、僅かな時間で伝わってくる。
「美味い」
「……よかったな」
「私の仲間はみな料理下手だったからな。久々にしっかりとした料理を味わえた」
「…………」
意図が読めない。どうみても純粋に食事を楽しんでいるようにしか思えず、その様子に戸惑わされるばかりだ。他二人も同様らしく、怪訝な顔でパンをかじっていた。
「ああ、そうだ。話だったな。最初に、氷の魔王の所在について話しておく」
リルフィリアの眼の色が変わる。彼女にとって最優先事項であるこの話題、そうなるのは当然だ。
「身柄を預かっている。場所は西にある廃墟だ。取り返したいのならば来い」
「言われなくとも!」
「人質にするつもりはない、丁重に扱っている。その点は案ずるな」
嘘の可能性、多少なりとも脳裏を過ったが、様子を見るにその線は薄い。どこか重圧から解き放たれたような雰囲気が、ある種の誠実さを醸し出していた。
「それと二つ目だが、これは話というより要望だ。砕いて言えば頼みがある」
「頼み?」
「私の一味に一人女性がいた。名はメドル=ロチカ。闇の魔力と念話の魔力を保持している。濃い紫色の髪で、少しばかり猫背気味。背丈はそこまで高くはない。年は恐らく、お前たちとそう変わらないだろう」
「その人がどうかしたのか」
「先日私の元を離れさせた。あれは本来、私が無理矢理同行させていた人物だ。今までの我々の行いの中に、あれの意思は介入していない」
「その女性は仲間の一人であったが、罪は無い。だから許してやってくれと?」
「その通りだ。お前たちが旅を続けるのなら、どこかで会う可能性もある。その時は容赦して欲しい」
「意外ね。あれだけの事をした人物に、そんな愛しい人を助けて欲しいと思うような情緒があったなんて」
「愛しい……恋愛対象か。……どうだろうな。同情や贖罪の入り混じったこの感情を愛と呼ぶのか、私には理解しかねる」
皮肉の一つでもかましてやろうと言ったリルフィリアだったが、相手の態度が思っていたものと違う。やり切れない苛立ちのような感情が、僅かに彼女の表に出ていた。
「わかった、その件は覚えておく。だが許すかどうかはこちらで決める」
「ああ、すまないな」
ここで一つの違和感に気が付いた。水界の魔王の話す、メドル=ロチカという女性の話が腑に落ちない。その原因がなんなのか、この時点では理解出来てはいなかった。
「三つ目。最後の話だが、私の仲間達についてだ」
仲間の話。こいつの仲間は先の話に出た女性以外、もう居ない筈。その亡くなった仲間の話をしようというのか。
「先ずは、五の従者達から話しておこう。魔力の核は持っていない、魔力を分け与えた部下達の話だ」
「5……バロフ達が相手をした人達か」
「そうだ。先ずはザブラとラドム。私の水界の魔力を与えた兄弟だ。私と同郷の出でな、それもあって水界の魔力との相性が良かったのかも知れん。拳法の腕は確かな物で、兄弟の息の合った連携には関心したものだ」
思い出話を聞かせに来たのか。そう言おうとしたが、やめておいた。雰囲気から察するに、そういう訳ではない。
「次はノイムという男だ。毒の魔力に適合した、までは良かったがその魔力に飲まれてな、少々困った癖を患ってしまった男だ」
「困った癖?」
「美女を溶かし殺す事に快感を覚えてしまった。目的が有って無いような殺しは控えるよう言ったが、
なかなか治りはしなかった。だが飲まれる前は、好奇心や探求心に優れた男で、毒の魔王もそこは高く評価していた」
「とんだ悪癖だな」
「次は五の従者唯一の女性、ライアの話だ。彼女はメドル=ロチカが助けた人物で、そのせいもあってか、我々に、というよりメドル=ロチカに忠誠を誓っていた。闇の魔力の使い方に関してはメドル以上のものがあったが、今回ばかりは相手が悪かったらしい」
そういえばプリフィチカさんが闇の魔力持ちの相手をしたと言っていた。確かにバロフの仲間の中で言えば、彼女が一番相手が悪そうだ。
「最後はラグダインだ。雷の魔力に適合した、配下の中では最も野心に溢れた男でな。機会があれば私の首すら狙っていただろう。実力が野心に伴えなかったのは残念だったが、命を落とす事が無ければ、一番の大物になっていたかも知れない男だった」
自らの首を狙っていたという男の話すら、しみじみとした様子で話す水界の魔王。部下の話をする彼の声色は、まるで弔いをするかのように穏やかだった。
「さて、ここからは、お前達が下した二人の魔王の話をしよう」
そう言う彼の眼は、穏やかなものから、悲しみを携えた物へと移り変わる。
メドル=ロチカの話の違和感、そして水界の魔王の、この行動の目的。その二つの正体が段々と明確になり始めたのは、この辺りからだった。




