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魔王の魔引き、始めました  作者: 忠源 郎子
第一章 旅立ち
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雷の魔王


「…………ぶぁっはっはっはっは……負けた、負けたぜ、こんちくしょうが」



 血を吐いているのか、笑っているのか。そのどちらでもある声を上げながら、雷の魔王はそう言った。だが俺としては、あまり勝った気はしなかった。先代魔王の力、そしてヤゴウさんの戦い。相手の連戦による疲弊に付け込んだに過ぎない。情けだってかけてもらった。胸を張って喜べる、とは言い難い勝利。



「強くなったな、お前」


「……全部貰い物の力だ。お前に勝ったのも、連戦の後を突いたからだ」


「いいじゃねぇか。貰ったもんをどう使ったか、相手が弱った時をうまく狙ったか。全部それもひっくるめて戦いだろ」


「でも、お前に情けまでかけてもらって……」


「喜べってんだよ。勝った奴がめそめそしてんな。この先そんな態度取ってたら、いらねぇ恨み買っちまうぞ」



 自傷的な言葉を並べる俺に、スパっと忠告を入れる雷の魔王。自分がむかつくからとかそういう意思ではなく、純粋なアドバイスである事が、表情と声色で分かった。


 気づけば、堕王特有の禍々しい雰囲気が消えている。心なしか表情も明るい。これは元に戻ったと言うべきなのか、そもそもの彼を知らないから分からない。しかし豪胆かつ快活な性格、そして敵の俺にアドバイスをくれる面倒見の良さ。どこかヤゴウさんに似たようなものを感じた。



「……そうだな。悪かった。存分に勝ち誇らせて貰うよ」


「ああ、そうしやがれ」



 それでいいんだよガギンチョは。快活に笑いながらそう言った。どこか晴れ晴れとしたそ笑顔。どこか憑き物が取れたような、いい笑顔だった。



「じゃあ、お前には城下町に来てもらう。水界の魔王を呼んでもらって、氷の魔王を返してもらうからな」


「おいおい待てよ。何か勘違いしてんじゃねぇか?」


「どういう事だ」


「オレは負けた。だがよ、オレ達は負けてねぇ」



 確かに水界の魔王にはまだ勝ってはいないが、彼が言いたいのはそれだけじゃない。なんとなくそれが分かって、そして何をしようとしているのかが、徐々に色濃く分かってくる。思い浮かべるのは、仲間に力を託すために自ら命を絶った、毒の魔王。



「待て、何をするつもりだ!」


「心配しなくても大将は来る、必ずな。指くわえて待ってりゃいい」


「やめろ! 早まるな!」


「大将は俺より強いぜ、せいぜい頑張りな」



 力の残ってない体で無理に進もうとするも、直ぐに倒れてしまう。阻止する手段もなく、ただその様子を見る事しか出来ない。もう使い果たしたと思っていた相手が、魔力を練っているのが見える。



「あとは頼んだぜ、大将」



 ドクン、と地面を伝わり音がした。残った僅かな魔力を使い、自分の心臓を無理矢理停止させる。彼がそうやって自害をしたと知ったのは後の話。今はただ、目の前の相手が死んだという出来事だけが、俺に分かる唯一の事だった。






 どこか、遠い場所にある某所の一室。そこに血相を変えた水界の魔王が飛び入った。



「雷の、雷のはどこだ!」



 血相を変えた男は、眼を見開いて部屋を見回す。冷静沈着、三人組の中で取り分けその言葉の似あう男とは思えない、慌てた様だった。その部屋に唯一いた暗念の魔王が、思わずその身を震わせる。



「暗念の! 雷の魔王はどこに行った! 何故念話を切っている!」


「か、雷の魔王様は、炎の魔力を取ってくると……」


「何故念話を切った!」


「と、止めるように、言われて……そ、その、申し訳ありません」


「単独行動をするなとあれほどっ、そもそも! …………」



 お前が切らなければ、すぐに気づけたものを。喉から出かかっていたその言葉を、水界の魔王は呑み込んだ。雷の魔王に日頃から暴力と恐怖を刻まれていた彼女に対して、それを言うのは酷。とにかく今すぐにでも雷の魔王を追う方が優先される。


 そして事に移ろうとした瞬間、水界の魔王が動きを止めた。魔力の充実。毒、雷、そして水界。その三つが今、自分の中で完全な物になった。分けられていた魔力が、全て元の一つに戻る。それが意味するところを、彼は良く知っていた。


 重々しいため息すら吐きもせず、彼は部屋に置かれた椅子に、危なっかしい足取りで腰掛ける。完全に生気を失ったその様相に、威厳も何もない。



「す、水界の魔王さま……」



 暗念の魔王は、水界の魔王に対して特別な思い入れがある訳ではない。忠誠心がそこまである訳でも無い。逃走も、気配を完全に消す彼女の闇の魔力を駆使すれば無理な話ではない。そんな彼女がここまで付き従っていたのは、水界の魔王の真の目的を知っているからであった。


 そしてその真の目的が完全に潰えた事を、感じ取ってしまった。掛ける言葉が無い。心を読める思念の魔力を持ってしても、適切な言葉が出ては来ない。



「暗念の魔王よ」


「は、はい」


「お前の任を解く。好きな所に行け」


「……え?」



 思ってもみなかったその言葉に、疑問符が頭を支配する。そして念話の能力が、彼の発言の真意を否応なしに伝えさせる。



「お前はもう自由だ。今まで良くぞ仕えてくれた」


「ま、待ってください水界さま」


「お前の闇の魔力を使えば、生き残る事は出来るだろう。行く当が無ければ、私の故郷を訪ねろ。そこで私の名前とこれを出せば、住居は見繕って貰える」



 懐から取り出したペンダント。小さな赤い宝石の中に青の光を灯したそれを、拒む暗念の魔王に無理矢理に受け取らせる。



「水界さま! まだ私は行くと決めた訳ではありません!」


「暗念の、いや、メドル=ロチカ。お前だけでも、生き延びてくれ」



 待ってと訴えても、それはすぐにかき消される。世界が反転し、景色が一変し、そして遂に、彼女はどこかの森に放り出された。念話は相手から一方的に断ち切られ、もう言葉は届かない。


 一人残された彼を思い、ペンダントを持ったまますすり泣く。間際に読み取った、彼のこれからの行動。それを思うと、自然と涙が零れていた。

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