解き放て
「おい、ここらでいいか」
「ああ。ありがとな」
相手の提案を呑み、適当な所で地面に降りる。先ほどの場所よりかなり離れた場所についた。ここならリルやモルバに影響は出ないだろう。
「んじゃ、再開といくか、風火の魔王さんよ」
「……そう呼ぶなら風炎だ。お前はそう呼ぶ義務がある」
「そういやそうだったな。んじゃ、風炎の魔王を倒して、さくっと魔力を貰うとするか!」
軽々しい宣言と共に、瞬時に迫った雷の魔王。肘を突き出し胴を狙ってくる。それに合わせるように拳を突き出し、顎へのカウンターを繰り出す。
「ぐぅえっ」
「おわっ?」
胴体に入った俺とは違い、脳を揺らす一撃を受けた相手は思わず膝をついた。好機、痛む体に鞭を打ち、渾身の力を足に込める。
「フレイム、シュートォ!」
炎を纏った右足で、相手の胴体を力の限り蹴りぬく。ガードをしていたのは流石だが、それでも殺しきれない勢いに乗せ、相手を大きく吹き飛ばす。そのまま体制を立て直す隙を与えず、距離を詰め拳の連撃を繰り出した。
「フレイムゥ、ラッシュ!」
辛うじて立ち上がったものの、ガードが間に合っていない。拳の一発一発を敵に打ち込んでいく。確実に相手にダメージが蓄積されていく。圧している。筈なのに、何故雷の魔王は笑みを浮かべているのか。その思考に入ったと同時に、彼の頬が大きく膨らんだ。
次の瞬間に雷の魔王は、緑色の霧を吹いた。咄嗟の事に思わず眼を瞑る。僅かながらも体に痺れを感じる、しかし雷のそれとは違う、この覚えのある感覚。これ、毒の魔力か!
「おぉらよっ!」
霧の毒に気を取られていた隙に、体制を立て直した雷の魔王がドロップキックをかまして来た。防御なんて間に合わず、今度はこちらが大きく吹き飛ばされてしまう。そしてその吹き飛ぶ最中、俺の真上に瞬間移動した雷の魔王が急降下。落雷の如き一撃を繰り出した。
「フレイム、ウォール!」
上空の敵に向けて炎の壁を燃え上がらせる。と同時に風の魔力を使い横に飛び退く。あれで勢いを完全に消せたとは思えない、念の為の回避を挟み、雷の魔王が落ちた炎に向けてもう一度突進する。壁に飲まれるように落ちた相手はそこにいる筈。そして炎による足止めを受けている筈。そこに連撃で追い打ちを叩きこむ!
「フレイ……」
炎の籠手を勢いよく振ろうとした瞬間、炎の壁の揺らめき、その隙間から、相手が中指を立てているのが見えた。まずい。そう思った時には遅かった。
「エレキディテイン」
雷が体全体を走る。俺の意思に反し、直立の動きを取らされてしまう。回避不可の攻撃が来る! 魔纏の強度を上げ、耐えなければ!
炎の壁から勢いよく飛び出した雷の魔王。俺の胸部目掛けて横薙ぎの手刀を走らせる。着弾地点に意識を集中し、魔纏をより濃く厚くしていく。雷鳴が男の腕に纏わりつく。眩いばかりの光がけたたましく鳴っている。
「ツゥ、プラ、トン!」
「ぶはぁっ!?」
避けようのない衝撃、胴に穴が開くかと思う程の威力と雷撃。それが、何故か俺の正面と、背後から同時に炸裂した。まるで二人に同時にぶっ叩かれたような感覚に、全身の骨が砕けたかと錯覚する。意識が遠のき、そのまま前にフラリと、俺の体はバランスを崩していく。
「水界と雷の合わせ技だ。お前はよくやったよ。安心しろ、後の奴に手は出さねぇよ」
よくやった。なんだお前、そのセリフは。もう終わったような事言いやがって。勝手に終わった気になりやがって。まだだ。まだだ、俺が倒れるのはまだ先だ!
足に意識を、力を! 倒れようとするふざけた体に喝を入れろ!
「なっ!?」
倒れる寸での所で、足を一歩踏みしめた。地面に深く跡をつけるくらいに力強く。そのまま全身に力を行きわたらせ、グイと体を起こす。表面は焼け焦げ、中はバキバキ、それでもどうだ、俺はまだ立ってるぞ!
「へっ……最高じゃねぇか!」
喜々とした表情を全面に出しながら、雷の魔王は拳を構える。倒れたい衝動をすり潰し、構えに応えた。乱れた息を整え、ただ衝突の瞬間に備える。
「…………お前、あの力は使わねぇのか」
「あの……先代の力か」
「おうよ。アレにリベンジ出来ると思ったのによ」
「お前こそ、水界の魔王を呼ばなくていいのか」
「……どうやら、お互い言いたい事は同じみてぇだな」
「そうだな……お前には」
「オレで」
「「十分だ!」」
閃光と熱風の激突。お互いの全てを絞り出すような肉薄の衝撃が巻き起こる。無理矢理に体を動かし拳を動かし、敵に打ち込み、打ち込まれていく。お互いの肉を切らせる殴り合いが巻き起こる。
「ぅおおおああああ!」
こちらがバランスを崩した隙に、雷の魔王が渾身の手刀を繰り出す。疾風の魔力を使い、無理に動かした左腕の拳でそれを弾く。その際、僅かな爆発が起こった。敵の魔力じゃない、今のは俺の魔力だ。これだ。これしかない。一か八か、口から大きく息を吹きかける。
「!? なんだ?」
今の行為自体に危険性はない。俺がやったのは、空気の塊を幾つか相手の体に纏わせただけ。それを、この炎の籠手でぶっ叩く。
「はああああああ!」
「ぐぁあああ!?」
拳の着弾と共に巻き起こる爆発。小規模だが、確かな破壊力を秘めた爆撃を、幾度も幾度も打ち込んでいく。
「フレイムラッシュ、エクスプロージョン!」
「ぐぉおああああああ!」
気が遠くなる程に拳を突き、空気を炸裂させ、追い込んでいく。相手が大きく仰け反った、ここだ!
「フレイム、タイガァアアア!」
両腕を突き出し、魔力で描くは炎の虎。かつてこの雷の魔王にやった、ファイアータイガーの上位互換。残った力の全てを振り絞り、虎を檻から解き放つ。躍り出た虎はその大口を開き、眼前の敵へと食って掛かった。
「ぐあああああああああ!」
虎に飲まれた魔王、黒煙を口から吐きながら、その場に仰向けに倒れ込んだ。頼む、立ってくれるな。もう俺も限界なんだ。弱音とも言える俺の言葉、それをあざ笑うかのように、雷の魔王は、ゆっくりと立ち上がる。
「ぜぇ……ぜぇ……どうよ、立って、やったぜ、なあ、おい」
強気な言葉に似合わない息のキレ。肩が大きく揺れ動くそのさまは、とても戦いを続けられるものとは思えない。だが、それは俺も同じ事だ。もうお互い魔力もない。拳を少し、上げる事しか出来やしない。それでも立っている限りは、お互い戦うんだ。
「はぁあああああああ!」
「うぉおおおおあああ!」
前に倒れる勢いに任せ、拳を振り上げる。そうしてお互いの拳がお互いの頬に、炸裂し合う。バランスを崩し、重力に力が圧し負ける。
「……っだぁああ!」
倒れるな。倒れるな! ここで勝つ、俺が勝つ! 無意識と言っていい程に一心に思い、足に力を入れる。今日一番と思えるほどに力を込めて、大地を踏みしめる。倒れるなという命令を無理矢理に聞かせていく。
息も絶え絶えだが、俺は立った。確かに立った。まだ、まだ立っている。満身創痍の眼を開き、しっかりと相手を見る。……いない。どこだ、どこに行った。辛うじて動かせる眼球を頼りに周囲を探る。そして見つけた相手は、地面に倒れ、天を仰いでいた。




