表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王の魔引き、始めました  作者: 忠源 郎子
第一章 旅立ち
82/98

行方


 翌朝。まだ朝日が顔を出したばかりの時間に階段を降りていく。炎の魔力を手に入れたからにはやることは一つ、リルフィリアの姉を助け出す事。今の俺達なら彼女の元まで、全力で飛べば半日でたどり着ける。昨日の夜にでも出発したかったが、それはリルに止められた。少しでも早く行きたいのは彼女の方だろうに、それでも冷静な判断力を失わない彼女には頭が下がる。昨夜の内に必要な物は一通り準備しておいた。もう残すところはなく、出発を控えるだけとなった。



「よぉリュウヤ。体の方は万全か?」



 降りた先に待っていたのは、かつて稽古を付けて貰っていたモナムさんだった。少し崩した座り方に肌面積の多い軽装。しとやかに腰かけているリルとは対照的な雰囲気だ。



「モナムさん! おはようございます! 全然大丈夫ですよ」


「聞いたぜ、炎の魔王をノしたんだってな! よくやったぜ!」


「いや、俺じゃなくて、皆さんのお陰です」


「ああ、そうか、それも聞いたのか」



 そこまでの意味合いは含んでいなかったが、確かに今はそう取られるだろう。



「まあ言いたい事聞きたい事。色々あるだろうけど、まずはこのカワイ子ちゃんを助けてこいよ」


「私じゃなくて姉よ」


「同じだぜ」



 少しぶっきらぼうに言うリルフィリアと、細かい事を言うなと笑うモナムさん。そこに険悪な雰囲気は感じられず、思ってた以上に二人の仲が良さげで、少し安心した。



「バロフには言っとくぜ。報告とかそこらへんは後でするってな」


「助かります」


「それはそうと、魔力、使い慣らしとかはしたのか?」


「いや、まだですけど、道中でやろうかと」


「大丈夫か? 火事はやめろよ」


「先代魔王の一件以来、魔力の操作のコツというか、感覚がかなり分かったんです。だから大丈夫ですよ、火事なんて起こしません」


「そか。無理はすんなよ」



 んじゃな! とよく通る声で別れを告げ、モナムさんは帰っていった。色々と心配で様子を見に来てくれたんだろう。ぶっきらぼうに見えて、その実一番優しいと思える人だ。



「じゃあ、そろそろ行きましょう。……もう一度聞くけど、ホントに大丈夫なのよね? 怪我は? 痛みは?」


「大丈夫。バッチリだよ」



 強化の魔力で疾風の魔力をリルに付与し、二人で飛んで行く。今の俺なら、合間にポーションを飲みつつだが、それだけの事が出来る。目立つ移動による水界の魔王達の襲撃が気掛かりだが、先代顕現で与えたダメージもある、そうすぐには動いては来ないと踏んだ選択だ。


 町の西に立ち、精神を集中させる。傍らのリルと共に風の中へと飛び込んだ。



「大丈夫?」


「大丈夫」



 一呼吸の後、矢のような速度で宙を駆け抜けていく。この速さならば半日もあれば付けるだろう。こんな時に思うのもなんだが、何の障害もなくただただ風の中を抜けていくのは心地が良い。


 暫くして、枯れ木の森が見えた。以前はオオカミの家族と出会った場所だった。リルに叩かれたのが懐かしい。ここを抜ければいよいよ雪原の景色が広がって……いない? 雪原どころか雪が一つも降っていない。気温もそうだ。炎の魔力を持った事関係なしに、気温が低下の気配を見せない。



「……リル?」



 一体何が起きているのかと思い彼女を見るが、動揺が顔色にこれでもかと現れている。彼女も把握できていない緊急事態だという事がすぐに分かった。



「と、とりあえず、あの場所まで行こう」


「え、ええ」



 いる筈の、動けない筈のリルフィリアの姉。二つの前提を覆す予感が鼓動を速める。無意識の内に飛ぶ速度が加速していく。



「そんな……そんな!?」



 やがて辿り着いた場所の雪は晴れて、過酷な環境に晒されていた地表がそこにはあった。しかし、それ以外にはなかった。あの巨大な氷塊、そしてその中にいたリルフィリアの姉。そこに居るべき姿が無い。妹の体が動揺で震える。



「リル、落ち着いて」


「嘘、どこに、どこに?」



 怯えたように辺りを見回す。危機迫る小動物のような仕草が悲痛さを煽る。彼女を落ち着かせようとする俺自身、予想外の出来事に思考が定まらない。ふと見れば、地面に大きな窪みがあった。あの巨大な氷塊があった事を明確に証明するそれが、余計に不安を煽る。



「落ち着いて。大丈夫、大丈夫だよ」



 大丈夫な根拠なんてどこにも無いけど、そう言うしかない。今はそういうしか出来ない。震える彼女の背を摩り、落ち着くように促す。暫くそうして彼女の震えが収まった頃、ぽつぽつと彼女が口を開いた。



「リュウヤ、ごめんなさい、黙っていた事が一つあるの」


「……言って大丈夫なら、聞かせて」


「私、姉と水の魔力を共有しているの。半分ずつ」



 じゃあ、今まで半分の魔力で戦っていたって事なのか。……いや、彼女の言いたい事はそこじゃない。



「以前言った、姉の位置は大体把握できるって話は覚えてる?」


「うん、覚えてる」


「それは魔力を共有していたからなの。でも、今はそれが出来ない。姉がどこにいるのかが全然わからないの!」



 段々と声が大きくなる。落ち着きかけた情緒がまた震えだす。当然だが彼女が嘘や憶測を言っているようには全く思えない。そんな緊急事態がいつの間にか進行していたなんて。でも、まだ希望が無いわけじゃない。



「…………リル。リルの水の魔力はまだ半分だけ?」


「……そうよ」


「なら、お姉さんはまだ生きてるよ。もしお姉さんが亡くなっていたら、その半分の魔力はリルの元に来る筈だ。それが無いってことは、まだ生きてるよ」



 毒の魔王に教えてもらった知識が役に立った。その事実をリルも理解したのか、再び呼吸が穏やかになっていく。



「ええ、そうね。きっと、そう」


「うん、大丈夫だよ、探そう、二人で探し出そう!」



 新たな決意と目標を抱き、立ち上がる。バロフ達にも話を聞いてみた方がいい、そんな提案をリルは了承し、一度城に帰る事となった。しかし、あれだけの巨大な氷がこうも忽然と姿を消したとなると、それがなぜなのか不可思議でならない。神隠しなんて言葉があるように、まったく別の世界に行ってしまったんじゃないかと思える程だ。大丈夫なんて口にはしたが、大丈夫に出来る自信は、正直ない。そんな弱気な所を見せないように気丈に振舞いながら、俺達は町へと戻っていった。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ