行方
翌朝。まだ朝日が顔を出したばかりの時間に階段を降りていく。炎の魔力を手に入れたからにはやることは一つ、リルフィリアの姉を助け出す事。今の俺達なら彼女の元まで、全力で飛べば半日でたどり着ける。昨日の夜にでも出発したかったが、それはリルに止められた。少しでも早く行きたいのは彼女の方だろうに、それでも冷静な判断力を失わない彼女には頭が下がる。昨夜の内に必要な物は一通り準備しておいた。もう残すところはなく、出発を控えるだけとなった。
「よぉリュウヤ。体の方は万全か?」
降りた先に待っていたのは、かつて稽古を付けて貰っていたモナムさんだった。少し崩した座り方に肌面積の多い軽装。しとやかに腰かけているリルとは対照的な雰囲気だ。
「モナムさん! おはようございます! 全然大丈夫ですよ」
「聞いたぜ、炎の魔王をノしたんだってな! よくやったぜ!」
「いや、俺じゃなくて、皆さんのお陰です」
「ああ、そうか、それも聞いたのか」
そこまでの意味合いは含んでいなかったが、確かに今はそう取られるだろう。
「まあ言いたい事聞きたい事。色々あるだろうけど、まずはこのカワイ子ちゃんを助けてこいよ」
「私じゃなくて姉よ」
「同じだぜ」
少しぶっきらぼうに言うリルフィリアと、細かい事を言うなと笑うモナムさん。そこに険悪な雰囲気は感じられず、思ってた以上に二人の仲が良さげで、少し安心した。
「バロフには言っとくぜ。報告とかそこらへんは後でするってな」
「助かります」
「それはそうと、魔力、使い慣らしとかはしたのか?」
「いや、まだですけど、道中でやろうかと」
「大丈夫か? 火事はやめろよ」
「先代魔王の一件以来、魔力の操作のコツというか、感覚がかなり分かったんです。だから大丈夫ですよ、火事なんて起こしません」
「そか。無理はすんなよ」
んじゃな! とよく通る声で別れを告げ、モナムさんは帰っていった。色々と心配で様子を見に来てくれたんだろう。ぶっきらぼうに見えて、その実一番優しいと思える人だ。
「じゃあ、そろそろ行きましょう。……もう一度聞くけど、ホントに大丈夫なのよね? 怪我は? 痛みは?」
「大丈夫。バッチリだよ」
強化の魔力で疾風の魔力をリルに付与し、二人で飛んで行く。今の俺なら、合間にポーションを飲みつつだが、それだけの事が出来る。目立つ移動による水界の魔王達の襲撃が気掛かりだが、先代顕現で与えたダメージもある、そうすぐには動いては来ないと踏んだ選択だ。
町の西に立ち、精神を集中させる。傍らのリルと共に風の中へと飛び込んだ。
「大丈夫?」
「大丈夫」
一呼吸の後、矢のような速度で宙を駆け抜けていく。この速さならば半日もあれば付けるだろう。こんな時に思うのもなんだが、何の障害もなくただただ風の中を抜けていくのは心地が良い。
暫くして、枯れ木の森が見えた。以前はオオカミの家族と出会った場所だった。リルに叩かれたのが懐かしい。ここを抜ければいよいよ雪原の景色が広がって……いない? 雪原どころか雪が一つも降っていない。気温もそうだ。炎の魔力を持った事関係なしに、気温が低下の気配を見せない。
「……リル?」
一体何が起きているのかと思い彼女を見るが、動揺が顔色にこれでもかと現れている。彼女も把握できていない緊急事態だという事がすぐに分かった。
「と、とりあえず、あの場所まで行こう」
「え、ええ」
いる筈の、動けない筈のリルフィリアの姉。二つの前提を覆す予感が鼓動を速める。無意識の内に飛ぶ速度が加速していく。
「そんな……そんな!?」
やがて辿り着いた場所の雪は晴れて、過酷な環境に晒されていた地表がそこにはあった。しかし、それ以外にはなかった。あの巨大な氷塊、そしてその中にいたリルフィリアの姉。そこに居るべき姿が無い。妹の体が動揺で震える。
「リル、落ち着いて」
「嘘、どこに、どこに?」
怯えたように辺りを見回す。危機迫る小動物のような仕草が悲痛さを煽る。彼女を落ち着かせようとする俺自身、予想外の出来事に思考が定まらない。ふと見れば、地面に大きな窪みがあった。あの巨大な氷塊があった事を明確に証明するそれが、余計に不安を煽る。
「落ち着いて。大丈夫、大丈夫だよ」
大丈夫な根拠なんてどこにも無いけど、そう言うしかない。今はそういうしか出来ない。震える彼女の背を摩り、落ち着くように促す。暫くそうして彼女の震えが収まった頃、ぽつぽつと彼女が口を開いた。
「リュウヤ、ごめんなさい、黙っていた事が一つあるの」
「……言って大丈夫なら、聞かせて」
「私、姉と水の魔力を共有しているの。半分ずつ」
じゃあ、今まで半分の魔力で戦っていたって事なのか。……いや、彼女の言いたい事はそこじゃない。
「以前言った、姉の位置は大体把握できるって話は覚えてる?」
「うん、覚えてる」
「それは魔力を共有していたからなの。でも、今はそれが出来ない。姉がどこにいるのかが全然わからないの!」
段々と声が大きくなる。落ち着きかけた情緒がまた震えだす。当然だが彼女が嘘や憶測を言っているようには全く思えない。そんな緊急事態がいつの間にか進行していたなんて。でも、まだ希望が無いわけじゃない。
「…………リル。リルの水の魔力はまだ半分だけ?」
「……そうよ」
「なら、お姉さんはまだ生きてるよ。もしお姉さんが亡くなっていたら、その半分の魔力はリルの元に来る筈だ。それが無いってことは、まだ生きてるよ」
毒の魔王に教えてもらった知識が役に立った。その事実をリルも理解したのか、再び呼吸が穏やかになっていく。
「ええ、そうね。きっと、そう」
「うん、大丈夫だよ、探そう、二人で探し出そう!」
新たな決意と目標を抱き、立ち上がる。バロフ達にも話を聞いてみた方がいい、そんな提案をリルは了承し、一度城に帰る事となった。しかし、あれだけの巨大な氷がこうも忽然と姿を消したとなると、それがなぜなのか不可思議でならない。神隠しなんて言葉があるように、まったく別の世界に行ってしまったんじゃないかと思える程だ。大丈夫なんて口にはしたが、大丈夫に出来る自信は、正直ない。そんな弱気な所を見せないように気丈に振舞いながら、俺達は町へと戻っていった。




