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魔王の魔引き、始めました  作者: 忠源 郎子
第一章 旅立ち
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値引き交渉


「……はっ!?」



 いつの間にか気を失っていた。腹部の痛みがまだある、それほど時間は経ってないようだが、状況が、視界がぼやけてよく分からない。やけに空が青い。何故だか心地よい感覚が後頭部にあるのはなぜだろうか。



「リュウヤ、起きた?」



 声で分かった。リルフィリアが傍に居る。凄く近くにいる。というか空が青く見えるのはリルの髪の色か。すぐに起き上がろうとしたが、腹部の痛みが凄まじい。まだ寝ていてとリルは言うが、むしろ立った方が楽になりそうだと言って断った。



「やっと起きたなぁ、イリサキィ」



 視界がはっきりしたところで炎の魔王が声をかけた。ズンズンとこちらに近づいてくる。



「わかったか、てめぇの奥底が、気張る理由が」


「…………はい、わかりました。自分自身の戦う理由が」


「いいか、魔力の操作だ技量だ色々あるけどよ、一番大事なのは心だ。心に一本芯を取した奴が一番つえぇんだよ。それさえしっかり通せば堕ちるなんて事はねぇ。乗っ取られる事もな。しっかり通しとけよ」


「はい、ありがとうございます」


「じゃ、約束だ。俺に膝を突かせた褒美に俺の炎の魔力をやるよ」



 その言葉に思わず顔が綻ぶが、すぐに戦いの事が脳裏を走る。



「……いや、ちょっと待ってください。俺膝どころかぶっ倒れましたよ、二回も」


「あぁ? 別に良いだろうが。変なとこで意地はんじゃねぇ」


「でも俺は貴方に負けたんですよ」


「俺が負けたっつてんだからそれでいいんだよ。黙って取っとけ」



 確かに、ここで貰えたらすぐにリルのお姉さんを助けに行ける。でも、何と言うか、彼には協力してもらうだけで良い。つい対抗心を燃やして来たのはいいけど、別に彼から取り上げる必要は無いんだ。



「少し着いてきて貰って、手伝ってもらうだけで俺はいいんです」


「てめぇがやれ」


「……なら、半分だけ貰えませんか」


「はぁ? 全部持ってけよ」


「貴方はこれからどうするんですか」


「……あぁ?」


「城下町に行くんですか? それともどこか別の場所に?」


「別の場所だ、どこだって良いだろ」


「なら尚更全部は貰えません。俺はまだここから先の世界を知りませんけど、危険なのは知っています。そこを魔力無しで行くのは自殺行為じゃないですか」


「俺が負けると思ってんのか」


「確かに強いでしょうけど、でも」


「はぁああああああああ…………1対9だ。俺が1でてめぇが9」


「いや、半々です」


「1対9」


「……4対6」


「2対8」


「3対7! 3対7で行きましょう!」


「ああもうそうしてくれ」



 交渉がまとまったところで、いよいよ魔力の継承に移る。適正がある者同士ならば、割合で分け合う事が出来る特性がここで活きた。水界の魔王達のおかげとは言わないけど、彼らと会わなければこの提案は出なかっただろう。



「あの、ちょっと待ってください」


「早くしろよ」



 振り返り、リルフィリアの方を見る。どうしたのと言いたげな表情だ。



「リル、ごめんけど手を握ってて欲しいんだ。恥ずかしい話だけど、また前みたいになりそうで怖い、でもリルが居てくれたら大丈夫だと思うから」


「ええ、わかったわ」


「おう見せつけるじゃねぇか」


「いや、そんなつもりは」


「わかってらぁ。乗っ取られねぇようにだろ、からかっただけだ」



 乗っ取られないように。その言い方からして先代顕現の事を知っているのだろうか? しかしそれは後に聞くとして、今は魔力の譲渡に集中しなければ。



「それで、俺はどうすれば?」


「黙って構えてろ。俺に任せときゃいい」



 こういうケースでの譲渡は初めてだが、炎の魔王はどうやら手馴れているらしい。俺の頭をガシッと掴むと、眼を閉じ意識を集中させ始めた。リルの手から体温を感じながら、その瞬間を待つ。


 暫くして、一瞬で強力だと分かる程の魔力の核が、俺の頭から入る。脳、顔の部品、喉元、内臓。核に触れた傍から灰になったと錯覚する熱量。ああ、そうだ。疾風の魔力を貰った時は気絶していたから大丈夫だったんだ。何度死んだと錯覚したか。いや、死んで生き返ってを繰り返しているのか。分からない。地獄のような業火の責め苦は、いつ終わるのか、分からない。


 焼けた喉で悲痛な叫びを挙げている最中、ふと、体が和らいだ。冷ややかで心地よい魔力が、砂に染みるように溶け込んでくる。炎の圧にすぐにかき消されていくが、それでもなお止めどなく冷たい魔力は流れ込んで来た。



「っはぁ! はぁっ、はぁっ、はっ」


「お、帰って来たか」


「はっ、はっ……終わり、ですか」


「おお、済んだぜ」


「ありがとう、ございます。リルも、ありがとう。助けてくれたんだね」


「いいの。私も助けてもらってるんだから」



 7割。譲渡の提案をしっかり実行してくれているのならば、その割合分俺の中に入っているという事になる。その事実を思えば思う程、今俺の中にある魔力がいかに桁違いの力を有しているかが身に染みる。火、風、疾風、強化。それらを合わせてもなお届かないのではと疑うくらいに強力な魔力の核。俺の肉体に収まっているのが不思議な程の熱量だ。



「火の魔力と同じようにやってボヤ起こすんじゃねぇぞ」


「ボヤで済めばいいですが……」



 何もしていない今でさえ、溢れそうな魔力を抑えるのに、かなりの集中を強いられている。火の魔力と同じ感覚で使うと、辺り一面が火の海になりそうだ。



「いいか、忘れんなよ。心に芯を通せ。それが出来てりゃなんも心配はねぇ」


「はい、ありがとうございます」


「もう言う事はねぇ。俺らは行くぜ」


「あの、二人の名前を教えてもらえませんか。完全に貴方から魔力が無くなった訳ではないですが、それでも知りたくて」


「……まあ、残りカスの魔力だけじゃ魔王とは言えねぇわな」



 その残った魔力で最初と同じように炎のバイクを作り出すと、男たちはそれに跨り背を向ける。



「ヤゴウ=アバタ」


「その舎弟、モルバ=クレナトスだ」


「あばよイリサキ=リュウヤ。気張ってけ」



 短い別れの言葉と共に、彼らは地平線の彼方へと消えていく。粗暴な印象だったが、その実は面倒見の良い兄貴肌。魔力の関係性ではなく、本来のヤゴウ自身に魅かれて彼も舎弟になったのだろうと、言われなくとも理解出来る。


 知らず知らずのうちに、思っていた以上の人達に助けられていた事実を噛みしめながら、俺達は町へと戻っていった。

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