心の底
彼が言うのは、バロフの城でやったあのノーガードの腹へのド突き合い、それで間違いないだろう。しかし勝てるだろうか。あれから魔力は増えたが、俺自身が強くなったとは思えない。今思えば基本俺が強くなるのは魔力が増えたからであって、厳密には俺自身が強くなった訳ではない。俺も先代魔王の魔力を借りているに過ぎないんだ。そんな俺に勝機なんて……
「おい、やるぞ」
少しの考え事も許さないと言いたげに、彼は肩を回して近寄ってくる。リーゼントが迫る、しかし魔力の気配がない。もう始める気だ。
「ま、待った。とりあえず協力してくれるだけでいいんだ」
「またお前からで良いぜぇ」
こちらの言葉を聞く気がない。焦って頭が絡まっていく。雑念を振り払うように、拳を振りかぶる。
「……おらぁ!」
魔力無しの一撃を、全力で相手の腹部に打ちこんだ。全力の筈だった。だがその渾身具合とは裏腹に、相手の反応は非常に冷めたものだった。
「……なんだぁ? 今の腑抜けたのはよぉ」
ピンピン、それどころか更に気合が増したような気迫の入り様。いや、全力で打ったけど。それを言葉にする前に、俺の腹部に拳がめり込んでいた。
「ぐはぁっ!?」
「やる気ねぇなら来んじゃねぇ!」
踏ん張りが効かず、大きく吹き飛ばされる。着地も出来ず無様に横たわる俺に追撃を浴びせるように、炎の魔王の怒声が響く。
「おめぇここまで死ぬ気でやってきたんだろうが! 死ぬかも知れねぇのに気張って来たんだろうが! 今更腑抜けんじゃねぇぞドラァ!」
痛みを堪えながら、足を震わせながら立ち上がる。クソ、そうだ、彼の言う通りだ。今更怖気づいてなんになるんだ、今はこの拳でアイツの膝を突かせるんだ!
「クソォ、舐めんじゃねぇ!」
半ばやぶれかぶれのような感情と共に、一撃を繰り出す。さっきよりも型も何もない不格好な一撃だが、その方が手ごたえは感じられた。
「っぐ……戻ったじゃねぇか。だが、まだ足りねぇなぁ!」
「足りないだと!?」
「おおぉよ!」
「ぐぁっ……何が、足りないってんだぁ!」
「ぐぉ……お前、なんで魔引きなんかしてんだ。お前がやんなくても良いだろ。あんなんバロフの責任だろうが。お前がやる必要あんのか、よっ!」
「くぅ、俺が、俺が出来るんだから、俺がやらないといけないだろう、が!」
言葉に拳を乗せた応酬。互いに引かず、倒れず、そして緩めず。しかし問答は続く。
「出来るんだからやるじゃねぇだろ、お前はやりたいのかそうじゃねぇのか、そこを聞いてんだよっ!」
「っ! やりたいからやってんだ、みんなが笑って過ごせる平和な世界を作りたいからやってんだっ!」
一番の勢いを乗せた拳を打ちこんだ。手ごたえはあった。事実相手をよろけさせた。しかし、膝を突くまではいかない。届かない。
「…………違うだろうが、違うだろうが!」
「!?」
「お前がそこまで気張る理由が、もっと他にあんだろうがぁあ!」
「ぐはぁっ!?」
今までより一段と重い一撃が叩き付けられる。膝が言う事を聞かない。少しでも体が楽になろうとして膝を付く。か、勝てない、のか。
「立てぇ! 立ってぶつけて来やがれ! なんでてめぇは戦ってんだ! 世界を平和にする為なんてのはなぁ、魔引きの役目の言葉だ。てめぇはどうなんだ! てめぇ自身は何で戦ってんだ!」
俺が、俺自身が戦う理由。魔引きとかを抜きにして、俺が戦う理由、だと?
膝に手を突きながら、震える足を無理に支えながら、残る気力を振り絞るように立ち上がる。眼だけはしっかりと相手を見据え、立ち上がる。
「おし、来い。ぶつけに来い! てめぇは何で戦ってんだ! 何で命賭けてんだ! 言ってみろやぁ!」
ゆっくりと体を前に進ませ、一歩進む毎に拳を握りしめる。俺が戦う理由なんてそんなの、そんなの決まってる。
「……惚れた女の子が言ったんだ。泣きながら助けてって言ったんだ。戦う理由なんて、命賭ける理由なんて、そんだけで十分だぁああああああ!」
全てをかなぐり捨てる程の勢いで、拳を放り投げた。意識が朦朧とした一撃は相手の腹部に運よくぶち当たる。
「ぐふぁっ!?」
もう手ごたえなんて分からない。残りの体力を無理矢理引き出した一撃。放った俺はそのまま地面に倒れていく。意識が消えていくその最中、最後に見たのは、その場に膝を付く炎の魔王の姿だった。
それから暫くして、火の魔王とリルフィリアは帰って来た。気絶したリュウヤを見るなり慌てて駆け寄るリルフィリア。次の瞬間には炎の魔王を殺しそうな程の視線で睨んでいた。
「待て待て、死んでねぇよ。気絶してるだけだ」
「……そのようね」
容体を確認し、胸を撫で下ろす。そんな彼女を感慨深げに炎の魔王は見る。その視線に気が付いたのか、今度は怪訝な表情を見せた。
「……何」
「いや、前に来やがった時とはエライ違いだと思ってよぉ」
「色々あったのよ」
「色々か」
前に来た。それはリルフィリアがリュウヤに助けを求めるよりも前の事。魔力を手にする、あるいは協力を促すべく炎の魔王に挑んだ。しかし結果は無残にも返り討ち。命からがら出会った洞窟まで逃げたところでリュウヤと出会っていた。
「あんときゃまあ狂犬も良いとこな眼つきだったのによぉ、随分と優しい眼が出来るじゃねぇか」
「優しさを貰ったもの、そういう眼も出来るようになるわ」
「そうかよ、そいつは良かったな」
「アニキ!」
「おぉ?」
アニキ、そう呼んだのは火の魔王。先ほどまでリルフィリアと戦っていたのか、所々に傷が見える。
「どうなったんすか? やっぱりアニキが勝ったんすか!」
「いや、オレが負けた」
「は?」
呆気からんとした返答に、思わず口が開く火の魔王。それから暫くして、納得したように頷く。
「なるほど、アニキは優しいっすね」
「あぁ!?」
舎弟の出した答えが堪忍袋の緒に触れた。青筋を浮かべながら燃えるような視線を向ける。
「てめぇオレが手ぇ抜いたって言いてぇのか!? あぁ!?」
「いや、そんなつもりは、無いっス」
初めてリュウヤと会った時とは打って変わっての縮こまりよう。そんな彼の姿を見て、大きくため息のような深呼吸をする炎の魔王。
「オレぁガチでやってガチで負けたぜ。そんだけだ」
感傷に浸るように、満足げに頷く炎の魔王。アニキ分の回答にいまいち納得がいかない表情の火の魔王。横でリルフィリアだけが、私は分かってたと言いたげな表情をしていた。




