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魔王の魔引き、始めました  作者: 忠源 郎子
第一章 旅立ち
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有り得ない記憶

「うわああああ!」


 はねおきた。……跳ね、起きた? 俺は今走っていたんじゃないのか? いつの間に寝転がっていたんだ?というか、ここは何処なんだ? 俺はさっきまで何をしていたんだっけ……?


「戻ったか」


「だっ、バッ……?」


 驚き声の方を見る。そこには玉座に座ったバロフがいた。なんでここにいるんだと聞きたかったが、言葉がうまく出てこない。脳がぐわんぐわんと揺れているような気持ち悪さだ。


「まあ、大方予想通りの結果だ」


 どういう意味かと聞きたいがまだ口がうまく動かない。代わりに今いる場所見回してみた。ここは覚えがある、バロフの城だ。バロフが俺のとこに来た訳ではなく、俺がバロフのとこに来たんだ。


 一体何が起きているんだ。まだ揺れる頭でなんとか思考を纏めようと試みる。確か、確か俺は、風の魔王に挑みに行って、それから、そうだ、そうだった。俺は風の魔王に歯が立たず、そこで、右腕を落とされ、左腕を落とされ、首を、おとさ


「うぐっうっ!」


 記憶が鮮明になった瞬間、胃が、食道が、激しく脈動を始めた。胃どころか、体の中全部吐き出しそうなほどの恐ろしい嘔吐感。どうにか出口を手で覆ったが、もう口の中に隙間は無い。


「いいよいいよ、気にすんな。ここで吐いちまえ」


 バロフじゃない。聞き覚えのない、女性の声。誰だと聞きたいが、そんな余裕もない。その声がなくとも、そもそも限界が来ていた。


「ぶ、べぇええええ」


 出口は勢いよく決壊した。べしゃべしゃと床に吐しゃ物が散らばった。昼に食べた残骸であろうものがちらほらとある。舌が酸っぱくなる独特の気持ち悪さがまた吐き気を生み出す。


「出しとけだしとけ」


 見知らぬ声が背中を優しくさすってくれている。全身が身悶えするような苦しさのなかで、それだけが唯一の安らぎを与えてくれた。


「げぇっ、ぐっ、げっ」


 しばらく吐いて吐いて、吐き続けた。もう口から固形物は出てこない。胃液と思わしき液体だけは未だ躍り出ている。しかしそこまで吐き散らしてもまだ、吐き気は治まる気配を見せていない。


 最早胃液すら尽きても吐き続ける俺の脳裏には、殺された光景だけが何度も何度もフラッシュバックしていた。


 どうしようもなく、成す術なく、許される事もなく。ただ無残に殺された記憶。トラックに自分から轢かれに行ったのとは訳が違う、純粋な恐怖の記憶。


「お前は戻って来たのだ、リュウヤ。時間を巻き戻し戻って来た。……今朝、お前に渡したブレスレットは」


「バロフお前、今言ったって頭入る訳ないだろ考えろよ」


 もう口からは何も出ていないが、それでも体は何かを吐きだそうとしている。全身があの記憶を拒否しているのだろう。どうにかしてこの恐怖を、体内から吐き出そうともがいているんだろう。


「そうか……悪い」


「オレじゃないだろ謝んのは」


 吐き気とは別で体が震えているのが分かる。何も通じない絶対的な相手からの殺意は、今もなお全身を支配していた。


「取り合えず今日はもういいだろ。宿に送っとくぜ」


「ああ、頼む」


「えっと、リュウヤだったよな。立てるか?」


 ぐい、と力強く体が引き上げられた。その衝撃でまた吐き気がぶり返す。何もないのに吐こうとする感覚は、ただひたすら苦しさだけを募らせた。


「じゃ、床片付けとけよ」


「ああ、分かっ「魔法とか人の手とか使わず、自分の手でやれよ、いいな?」


「えっ」


 ふと、空気が変わった。澄んだ空気が吐き気をいくらか誤魔化してくれる。少しだけ視線を上に向けた。外に出たようだ。


「飛ぶぜ」


 何を言ったか分からないが、短く何かは聞こえた。力を振り絞り聞き返そうとした瞬間、凄まじい浮遊感が全身を包んだ。もし胃の中が残っていたら、大変な事になっていただろう。


 暫くした後、浮遊感は消え去った。地面に降りたのか、そもそもさっきは飛んでいたのか、もう何も分からない。


「どいてくれー、わりぃな、とおしてくれー」


 ガヤガヤとした雑多な音が耳に入る。少しだけ余裕が出た視界には、人がたくさん映っていた。いつの間にか町まで来てたようだ。俺に肩を貸す見知らぬ女性の声で、人々は道を開けている。


 ふと、前を見た。みんなが道を開けてくれたその先を、何故か引かれるように見てしまった。


「あ、ああ、ああ!」


 距離も遠く、視界も未だ揺れている。それでもハッキリと分かった。あれは俺だ。風の魔王に向かおうとしている、過去の俺自身だ。


 声を出そうとしても、まだ体が言う事を聞いてくれない。赤子のような拙い言葉しか出す事が出来ない。誰か俺を止めてくれ。自惚れたまま殺されにいく、バカな俺を止めてくれ。


「やめ……や……」


 声が出ない。出てくれない。宿屋に入る、その瞬間まで視線だけでも送り続ける。だが誰もこの意思をくみ取ってはくれない。勿論、俺自身も例外ではなかった。きっと鼻歌でも歌っているのだろう。なんてバカな奴なんだ。恨まずにはいられなかった、過去の自分を。能天気で、自分の疑問をないがしろにした、バカな自分を。

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