事の真相
「…………バロフが?」
考えてもいなかった人物の名前に、思考が一瞬停止したのが分かった。もしかして俺の戦いは、全部仕組まれてたって事なのか? ついリルフィリアの方を見る、しかし彼女も同じく丸い眼をしていた。
「そいつは関係ねぇよ。知ってたのは俺と、大地と疾風だけだ。氷は知らねぇよ」
炎の魔王が今言った事と、リルの反応は確かに一致する。しかしそうなると、バストルもこの事をしっていた? というか、バロフがなんで?
「詳しい事は他の奴に聞けよ。説明すんのめんどくせぇからな」
「いや、でも、なんで」
「……なんでってよぉ、お前を鍛える為に決まってんじゃねぇか」
「俺を?」
「当り前だろ。そもそもなんで魔王に囲まれている現状を、他の魔王が心底嫌いなバロフが受け入れてるのか、考えた事なかったのかよ?」
「……いつでも、撃退出来るから?」
「馬鹿か。アイツの性格からしたらすぐ近くに魔王がいるだけでも殺して回るわ。それに、火と風と土なんざ、魔力の質だけで言えばザコも良いとこだ。何でそんなんが都合よく回りにいるんだよ」
「……全部、俺を鍛える為」
「そうだろうがぁ。分かったかボケ」
そうだったのか。全部、魔王達は俺を鍛え上げる為に、城の周りに居たのか。全部、全部俺の為だったのか。
「あと、こいつら下位の奴らを恨むなよ。俺ら上位は聞いてたけどよ、下位の奴らは向かってくる奴を殺せとしか言われてねぇからな」
こいつ、というと火の魔王の事か。下位の奴らとは、火の魔王、風の魔王、土の魔王の事だろう。
じゃあバストルは知らなかったのか。思えば彼もいつからか俺をサポートするような動きをしてくれていた。療養中の看病しかり、疾風の魔王への案内しかり。途中で知ったと考えるのが妥当と言ったところか。しかしそれよりも……
「……結局、殆ど教えてくれたじゃないですか」
「あぁ? わりぃのかよ」
「いや、そうじゃなくて、あの、ありがとうございます」
「……礼ならバロフに言えよ。ま、話はもう良いだろ。さっさとやろうぜ」
「やろうぜって?」
「シバき合いに決まってんだろうが」
瞬間、炎の魔王から炎が巻き上がる。熱気が景色をへし曲げ、汗が大粒となって垂れ落ちる。瞬く間に戦闘態勢に入った炎の魔王に、思わず剣を抜いた。そこで我に返り、リルを見る。強い眼差しで槍を構えてはいるものの、明らかに顔色が悪い。やはり相性の問題もあるのか。
「おい、遠くで相手してやれ」
「任せてください」
炎の言葉に反応したのは元火の魔王。再びバイクを火で作り出したかと思うと、そのままこちらに突っ込んで来る。軌道からみるに狙いはリルフィリア。させるものかと立ち塞がろうとしたが、同時に横っ腹に激痛が走る。
「がっぁ!」
「余所見してんじゃねぇよ」
捕らえる事の出来ない速度で蹴り込まれた。辛うじて分かったのはそれが炎の魔王によるものだった事くらい。しかも分かったのは蹴飛ばされて暫くしてからだった。
その隙にバイクに乗った男がリルフィリアを連れ去っていく。急いで追いかけようとしたものの、直ぐに炎の魔王が立ち塞がった。
「心配すんな、取って食おうってわけじゃねぇ。向こうは向こうでシバキ合っとくだけだ」
体制を立て直し、目の前の相手をしっかりと見据える。よくよく見れば歪んだ景色は温度差によるものじゃない。彼から滲み出る魔力によって歪まされていた。これはきっと魔力の操作が下手だからじゃない、わざと魔力を放出しているんだ。そうする理由があるはずだ。
「おらいくぜぇ?」
手をポケットに突っ込んだまま、殴るような動きを肩で行う。その動作の後、火炎の腕が突如として現れ、重々しいフックを繰り出してきた。
「うぉあ!?」
紙一重のところで盾を構え、直撃を防ぐ。迫る拳が左からで助かった、盾を付けた左腕の方から来なかったら盾が間に合わなかった。
「おら、おぉら、おぉらぁ!」
二度、三度、四度と火炎の拳が撃ち込まれる。盾で防いでいるのに、搦手とか、反対からとか、そういう変化が一切ない。ただ繰り返し、そしてその都度威力が上がる。たまらず距離を取ったが、相手はそれを許さず再び距離を詰める。
「逃げてんじゃねぇ!」
拳はポケットのまま、体の正面をこちらに向け、右足を上げ、そしてそのまま突き出し蹴る。通称ケンカキックと呼ばれる攻撃、それに同調するように、火炎の足が現れ俺を蹴り飛ばした。
「ぐうっ、くそっ!」
間合いが遠い。炎の魔力で作られた腕や足が、剣すら届かせない有利な距離から一方的に飛んでくる。あれを搔い潜り、本体に攻撃をぶつけなければいけない。幸い炎の魔王の動きに連動しているので先を読みやすい、しっかりと見極めて攻撃を叩きこむ。しかしそうなると、剣より小回りの利く拳の方がいい。
「ファイアーガントレット!」
「お、やるじゃねぇか」
剣をその場に突き立て、両手を空ける。そしてそのまま、火の籠手を両腕に纏わせた。完全な接近戦の構えがお気に召したのか、炎の魔王の表情が少しばかり好意的なものになる。しかしそんな事に反応している暇はない。攻撃を掻い潜り、拳を叩きこむ。
「うおおおおお!」
疾風の魔力を纏い、最大速度で距離を詰める。肩の動きに合わせて火炎の拳が迫るが、それを避け懐に飛び込んだ。すかさず右ストレートを打ち込む。しかし炎の魔王は自らの拳でそれを受け止めた。魔纏だけの拳で受け止めると、余裕たっぷりな態度で口を開く。
「いい度胸じゃねぇか。このまま速さ比べといくか。ラッシュの速さのなぁ!」
相手がポケットから両手を抜いた。来る。疾風の魔力を最大まで纏わせ、構える。
「おらおらおらおらおらおらぁ!」
「うぉおおおおおおおおおおお!」
ファイアーガントレットと相手の拳が衝突する。それも一度や二度ではなく、幾度も幾度もしのぎを削る。合間を狙い打ち込み、それを察知し迎撃する。滝のような連撃のなかで隙を伺う攻防が交錯する。魔力の出力は最大を保ち、一発一発を強く、より速く打ち込んでいく。それなのに。
「く、崩せない!?」
それどころか押され始めている。炎の魔力のみの筈の相手に、複数の魔力を持った自分が競り負けている。ホントに人間なのか疑いたくなるような気迫に飲まれないよう必死に食らいつく。
「まあまあってとこか。悪くはねぇな」
「な、なにを、うぉっ!」
突き合わせた拳をそのまま突き出すようにして、無理矢理に距離を取られた。
「取りあえずは、まあ良しだ」
「……今ので、か?」
「今ので、だ。そろそろホンバン、いこうじゃねぇか」
「ほんばん?」
「分かってんだろ? 魔力無しのタイマンだ!」




