いざ南へ
一日の休養を終え、体調を万全の状態に整えた。勿論心身ともに。今日目指すは南、炎の魔王だ。彼から魔力を貰うなり協力を仰ぐなりすれば、リルフィリアのお姉さんを、氷の魔王を助けられる。
「リュウヤ、すぐ出るの?」
部屋で一緒に準備をしていたリルが尋ねる。彼女も同行する予定だ。
「うん、なるべくなら早く行きたいからね」
「……ありがとう。でも無理はしないでよ?」
「大丈夫、分かってる」
以前炎の魔王と出会ってから、俺が大きく変わった事と言えば疾風の魔力を手に入れた事。確かに大きい変化だが、逆に言えばそれしかない。体の鍛えようも足りてないだろう。炎の魔王が提案する、魔力無しの根競べ。理論的に考えれば以前と同じ結果が待っているのは明白だ。だがそれでも行かねばならない。
どれほど遠くなのかが分からないので、とりあえず食料と火耐性ポーションを幾つかポーチに詰めておく。疾風の魔王改めティルマイアさんが言うには、それほど遠くにいる訳ではないらしい。魔力感知の才に関して彼女は秀でているらしく、魔王の魔力を失った今でもそれは健在のようだ。
「……よし、準備OK。そろそろ行こうかな」
「ええ、行きましょう」
「すまないなリュウヤ。俺も同行したいのは山々なんだが、魔力無しでは満足に戦えん」
準備を手伝ってくれていたバストルが、申し訳なさそうに言ってくる。彼の魔力は俺が取ってしまっている訳だし、彼が咎められる必要なんてないんだけど、バストルはそう言っても納得はしないだろう。
「大丈夫だよバストル。気持ちだけでも十分」
「健闘を祈っておく。胸を借りるくらいの勢いでぶつかるんだ」
「ん、了解。行ってくる」
軽い挨拶の後、俺とリルフィリアは出発する。町を出た辺りで、俺はふと立ち止まった。
「どうしたの?」
「ちょっと試したい事があって。今から風の、いや疾風の魔力をリルに分けるよ。いい?」
「え、ええ。いいけど」
強化の魔力を使い、疾風の魔力を付与する。以前よりも滑らかに、手際よく相手に魔力を送り込む。
「……え? なにこれ?」
以前やった時と明らかに違う感覚に、戸惑いの声が漏れるリルフィリア。俺自身もその変化を実感している。
「これ、疾風の魔力っていうのもあるのでしょうけど、明らかに……」
「そう、前よりも強く、より違和感なく付与できるようになってる」
おずおずと魔力を行使し、彼女は空に浮く。やがて浮くから飛ぶに変わり、それはついに飛翔と呼べる程に上達した。軽快に空を飛ぶリルの顔色は、次第に困惑から笑顔へと変わっていった。暫くして降りてきた彼女の表情は、楽し気な色からまた困惑へと戻る。以前風の魔力を付与した時は、彼女の速度を上げる程度の効果しかなかった。しかし今回は完全に我が物としている。その変化に戸惑っているのだろう。
「なんで? まるで初めから私の魔力だったみたいに……」
「先代顕現、あの時から、自分の中に宿る魔力への理解が深まったんだ」
「あの時の……確かに元の持ち主に変わった経験は大きい。魔力の練度が上がっても不思議じゃないわね」
「初めて触った道具から、慣れ親しんだ愛用の道具になったみたいだ。今やっただけでも、魔力の流出が大分抑えられてるのが分かるよ」
「力が増したのはいい事だと思うわ。でも」
「分かってる、わざと先代顕現をまたやったりはしないよ」
「約束よ。……でも、なんでバストルには言ってないの?」
「もし言ったら、それをあてにしてバストルも来たがると思ったからね。いくら付与がうまく出来るようになったからって、どこまで安定して出来るか分からないし、今の俺に二人分の魔力を出しながら戦うなんてことは出来ないだろうから」
「危険な目に合わせないように、って事ね。貴方らしいわ」
「怒るかな、バストル」
「きっと怒るわよ。言い訳を考えておいた方がいいんじゃない?」
「一緒に謝ってよ」
「だめ。貴方の判断よ」
そりゃ残念だ、なんて軽口を効きながらリルに疾風の魔力を付与する。二回目だが変わらず安定した強化を行えた。疲れもそれほど出てはいない。
「大丈夫?」
「移動するくらいなら二人分でも大丈夫。じゃ、行こうか」
二人で宙を飛び、ひたすらに南を目指す。以前火の魔王と相対した場所はあっという間に過ぎてしまった。そこから更に、更に南へ、ただ飛び続ける。出発してから30分程してから、リルの額に汗が目立ち始めた。表情こそ変わっていないが、疲労の色が滲んでいる。慣れない飛行が消耗を速めているのだろうか。休憩のために一旦降りるように促した。
「……わかったわ」
一呼吸おいた返事の後に、二人で地面に降りる。そこからすぐに、彼女の汗が大粒となって干からびた地面に落ちる。するとその液体は土に触れるなり瞬時に蒸発してしまった。そこで俺はようやく理解する、周りの気温が恐ろしく上がっている事に。急いでリルに火耐性のポーションと水分を補給させる。近いとは聞いていたが、想像以上に接近していたらしい。辺りを警戒していると、幾分か余裕の戻ったリルが口を開く。
「……来てるわ、こっちに」
その言葉を受け、南を見る。地面が更にひび割れ、砂漠のように干からびていく。熱気で景色が歪んでいく。火の魔力を持った俺ですら、額を汗が伝う。そして遂に、炎の魔王は水平線の向こうから姿を現した。
「チンタラやってんじゃねぇぞゴラアアア!」
接近する彼らをみて眼を疑った。バイクだ、バイクに乗っている! 真っ赤な燃えるようなバイクに跨り、暴走族宜しく大げさな蛇行運転で迫っている。傍らには元火の魔王、同じくバイクを乗りこなしているのが見える。
「どけドラアアア!」
「うぉあああ!?」
思いっきり轢く勢いで迫ってきた炎の魔王。リルを抱えてどうにか避けたが、思いもよらない登場にまだ混乱気味だ。そんな俺を他所に、二人のヤンキーは悠々とバイクを降りる。よく見ればバイクは炎で出来ていた。人型を作ってはいたけど、まさかバイクまで作れるなんて。
「おせぇからよぉお。来てやったぜわざわざなぁ!」
燃えるように逆立てた赤の髪、時代錯誤なリーゼント。服は黒々としたジーパン、上半身は裸の上に黒のジャケットを羽織っている。袖を通さず、まるでマントのようにたなびかせながら男は歩く。肩で大きく風を切るようなその様は、テンプレートのようなヤンキー像。そんな彼の接近を俺は左手で制止した。
「あぁ?」
「炎の魔王。幾つか聞きたい事がある」
避けた体制から二人とも立ち上がり、真っすぐに炎の魔王を見据える。何を言うつもりだこのヤロウ、そんな視線を浴びながら俺は言葉を続ける。
「大地の魔王は、お前に俺を鍛えるように言われたと教えてくれた。本当か?」
「おおよ」
「疾風の魔王も、お前の指示か?」
「おおよ」
「なんでそんな事をした」
「大地の野郎はよ、魔力の操作がダントツなンだよ。だから気配を察知する訓練を任せた。疾風のはな、感知に関しては俺も一目置いてんだ。だから気配を消す練習にもってこいって事 「違う、俺が聞きたいのはそういう事じゃない!」
なら何が聞きてーんだよ、そう無言で睨む彼に、疑問をぶつけた。
「なんで俺を鍛えるような事をしてるんだ?」
「なんでってお前、なんも聞いてねぇのか」
マジか、なんて顔をするもんだから、思わず俺もキョトンとしてしまう。
「前々から言われてんだよ、おめーんとこのバロフによ」




