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魔王の魔引き、始めました  作者: 忠源 郎子
第一章 旅立ち
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何故を考える


 翌日になり、寝ぼけた眼を擦りながら起き上がる。枕を裏返し、朝日を浴びる。体に痛みは殆どない。これならば活動を再開してもよさそうだ。色々とあったが今は目の前の出来事に集中していかなければ。目下の目標は炎の魔王と対峙し、リルフィリアの姉を救い出す事。そうと決まれば早速、そう思いドアを開けようとした。しかしドアの前に誰かの気配を感じる。誰かと声をかけようとする前に、その人物は問いかけてきた。



「リュウヤ、起きてる? 入っても大丈夫?」


「リル、いいよ」



 扉の向こうに居たのはリルフィリアだった。一歩下がると、リルがドアを開けて入ってくる。その表情は心配の色がしっかりと見える、昨日の事を気遣っているのだろう。



「リュウヤ、大丈夫?」


「大丈夫だよ、傷も痛まないし」


「どこかに行こうとしてたみたいだけど」


「うん、今日は炎の魔王にリベンジに行こうかと思ってさ、その準備をね」



 答えた俺を、彼女はじっと見つめる。こうも視線を向けられると気恥ずかしい、なんて思ってしまうが、どうやら彼女はそうではないようだ。何か訝しむような、怪しむような、そんな表情。俺の隠し事を掘り当てるために心の底まで覗き込まれている感覚だ。



「今日はダメよ、休みましょう」



 一体どうしたのか、それを聞く前にリルは先手を打った。優しさと、僅かばかりの憐憫を感じる視線。俺の質問はその言葉を受けて変わる事となった。



「え、なんで」



 答えず。彼女はするりと俺の部屋に入って来る。その足取りは迷いなく、俺がさっきまで寝転がっていたベットに向いている。どうしたのと声をかけようとした時には、既にリルは枕に手をかけていた。



「ちょ、ちょっと!」



 慌てて止めようとしたが、もう遅かった。リルは掴んだ枕の裏を確認し俺に突き付けてくる。少しばかり湿ったその表面。血とかそんなんじゃなくて、透明で、なさけない湿り。



「これは?」


「よだれだよ。疲れててさ、口を開けて寝ちゃってたんだ」


「なら、どうして眼が腫れているの」


「さっき掻いちゃったから」


「……リュウヤ、私がなんの魔王か忘れた?」


「水の魔王、だよね」


「そう。水に長けた魔王。こんな状態でもこれがなんの液体なのかは、分かるの」


「えっ、嘘!?」


「……嘘よ」



 なんとも簡単で、古典的なやり方。そんな方法で俺の嘘は暴かれた。もっと言い訳というか、ここから挽回、いや撤回する道筋はあったのかも知れないけど、もうそんな事が出来る時間は過ぎてしまった。枕の湿りがよだれではなく涙だったことなんて、既に筒抜けだ。

 


「いまから怒るから。いい?」


「嫌だとは、言えないよね」


「当り前よ」



 リルはゆっくりとベットに腰かけると、その傍らをポン、と鳴らした。ここに座れと静かに促してくる。観念してその横に静かに腰を降ろした。瞬間。



「うわっ!?」



 肩を抱き寄せるかのような、急な力が加えられる。突然の事に抗えずそのまま倒れ込んでしまった。俺が倒れたのはリルフィリアの膝の上。丁度、膝枕の状態だ。



「ご、ごめんっ!」



 慌てて起き上がろうとした俺を、リルは優しく抑え込んだ。何故と顔を見上げる。さっき怒ると言っていた人の表情とはとても思えない、慈愛に満ちた優しい顔だった。



「いいの。そのままでいいの」



 優しく微笑んでくれる。そのまま顔を見ているのが何だか恥ずかしくなって、顔がみるみる赤くなったのが分かった。それを見られるのも恥ずかしくなって、思わず向きを変える。そんな俺の頭を、包むようにリルは撫でた。



「泣いたっていいわ。隠さなくてもいい。私が言えた立場じゃないけれど、リュウヤ、貴方は背負い過ぎ。泣くのは当然よ」


「…………恥ずかしくってさ」


「なら、貴方に助けを求める時に泣いてた私は恥ずかしい?」


「そんなことない!」


「だったら、リュウヤも恥ずかしくない。これっぽっちも」



 彼女の優しい言葉が、心に染みていく。染みて溶けた雫が、また眼から零れ落ちた。押し殺すように泣く俺を、彼女は静かに見守ってくれていた。



「私は、頼りないでしょう」


「え?」



 何を言うんだ、反論を言おうとするも、そっと口を塞がれる。



「優しいリュウヤなら否定する。でも客観的に見れば頼りないのは分かり切った事よ。でも、それでも、頼って欲しい。辛い時は辛いと言って欲しい。貴方に助けられ、そして助けたいの。これは私の、弱い私の我が儘よ。……聞いてくれる?」


「…………うん。俺も、リルフィリアを助けるし、助けてもらう」


「約束よ」


「約束だ」



 震える声で約束を交わす。俺だけじゃなく、リルフィリアの声も震えていた。



「リュウヤ! 起きて……朝からそういうのは関心しないな」


「ち、違う!」



 優しさに浸った部屋に、バストルが風を通した。冗談気に軽蔑の視線を送るバストルに、起き上がりながら慌てて否定する。



「蜜月の一時を邪魔して悪いが、話があってな」


「次邪魔したら容赦しないわ」


「いや、ホント悪かったって」



 リルを宥めながら、バストルは椅子を取り出し腰かける。気さくな雰囲気を醸しながらも、心配したような視線を確かに感じた。



「リュウヤの事だ、今日にでも炎の魔王のとこに向かおうとしていたんだろうが……」


「それは止めた。今日は休んでもらうわ」


「流石は女房だ、気が利くな。それで話なんだが」


「私はいない方がいい?」


「いや、居てくれたほうがいい」



 リル、女房のくだり否定しないんだ。



「話すのは先日の先代魔王の化身となったアレ、あれについて考えようと思ってな」


「俺が暴れちゃったあれか」


「なぜあれになったのか、少しでも解いておかねばな」


「あれあれ言うのもなんだかもやもやするわね」


「そうだな……先代顕現、とでもしておくか」


「先代顕現、原因は俺が先代魔王に近い体質だったからだよね」


「ああ。今回はそこではなく、引き金だ。何がきっかけでああなったかを理解しておくのは大事だろう」



 確かに、先代顕現のトリガーを理解しておくのは重要だ。それが分かればある程度は制御が出来るかもしれない。



「リュウヤ、あの時の事を思い出せないか」


「えっと、疾風の魔力を貰ってから、そこから意識が無くなったのは覚えてる」


「なら、その時に何を思っていた」


「思っていた事……」


「どんな事を考えていた?」


「…………怒ってたね、自分に」


「自分に?」


「まったく太刀打ち出来ず、ただみんながやられるのを見るしか出来なかった自分に、キレてたよ」


「……なるほど」



 今の情報で何か得るものがあったのか、納得したようにバストルは頷く。



「私が思うに、先代顕現も堕王の一種だ」


「堕王の、一種?」


「感情の高ぶりから魔力に支配され自分を失う堕王。先代顕現もそれと原理は同じと見える」


「……内か、外か、そういう事?」


「そうだ。理解が速いなリルフィリア」



 リルの言葉を受けて、俺もようやく理解した。



「怒りを相手に向ければ堕王、自分に向ければ先代顕現。ってこと?」


「恐らくはな。確証はないが、可能性はある」


「疾風の魔力を手に入れた瞬間というのも引き金としては強そうね」


「魔力が集まる、すなわち先代魔王に近づくという事だからな、大いに関係あるだろう」


「堕王は絶望や失意でもなってしまうけれど、これは基本自分に向いたものよね。それを考えると、先代顕現を引き起こす感情は自分への怒りだけ?」


「そう考えられるが断定はまだ出来ないな。なにせ判断材料が一つしかない」


「それもそうね。でも、ある程度は条件絞れたんじゃない?」



 二人の考察を聞きながら、ぼんやりとあの時の事を思い出す。無我夢中とも言える思考の中、こいつらを倒したいと強く念じる中。気を失う前に、微かに誰かの声が聞こえたような気がした。あくまでも気がしただけで、その声の内容も声色も思い出せない。あれは先代魔王の声なんだろうか。



「リュウヤ、どうした」



 遠い眼をしていたであろう俺を気遣いバストルの声がかかる。



「大丈夫。あの時、誰かの声が聞こえたような気がしてたから、思い出そうとしてた」


「誰かの?」


「分からないけどね。内容も、それが誰なのかも」


「先代魔王の声……あり得なくは、ない、か」



 バストルも同じ発想に辿り着いたようだが、完全に肯定も否定も出来ないと言わんばかりの煮え切らなさ。そうなるのも無理ないだろう。


 

「なんにせよ、先代顕現を避けるべきなのは変わりないわね。次もリュウヤが正気を取り戻してくれるとは限らないわ」


「しかし有用性が高いのも事実。リュウヤを気遣っていたのだろうが、あのバロフを防戦一方に追い込めるのは脅威の一言だ」



 両者の言う事はどちらも正しい。となると、俺が先代顕現を自在に操れるようにならなければいけないって事。どう考えてもそこに辿り着くのは明らかだ。後から聞いただけしか分からないが、それだけでも圧倒的な力だと分かる先代顕現。どうにか自分のモノにしなければ。



「さて、考え事はこれくらいにしておこうか。まずは朝食だな」


「うん、そうしよう」

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