善王、そして暴王
「……良いだろう。なら場所を移すか」
了承したバロフが指を鳴らせば、景色が一瞬で変わった。どこか高価な印象の家具が並び、大きな縦長のテーブルが置かれている。等間隔に並べられた椅子と、テーブルの真ん中に置かれた燭台。テレビで見たような、貴族の食卓って感じの部屋だ。そういえばここ城だったな。
「適当に座れ」
一番に座るバロフ、腹の傷はもう無くなっている。それぞれ近くの椅子に座ったところで、シルベオラさんがカップとポットを持って来た。
「私が育てた花を煎じたものです。リュウヤ君の世界で言う、紅茶のようなものでしょうか」
彼女が淹れてくれたそれを飲む。確かに紅茶の味と香りだ。詳しい種類はわからないけど、美味しいことは分かる。
「さて、先代とオレの話だが、先代の話からにするか」
それからバロフが語り始めた内容は、自分が思うよりも凄惨なものだった。
かつてこの世界は、人間の住む豊かな大地、人間界と、魔族の住む痩せた大地、魔界に分かれていた。人間は皆が苦なく暮らしていたが、魔族は過酷な環境に適応出来ない弱者は、容赦なく切り捨てられる世界だった。
そんな世界を良しとしなかったのが、獣人と呼ばれる種族の一人、先代魔王デフィルネル。彼は弱者に積極的に手を差し伸べ、人間と交渉し知恵を学び、豊かな大地を築き上げた。そして皆が安心して暮らせるルールを作り上げ、弱者と強者が手を取り合う世界を作り上げる。弱肉強食の世を良しとする反対派も居たが、根気よく説得し魔族の世界に平和をもたらした。その功績を称え、先代魔王は善王デフィルネルと呼ばれるに至った。
それから暫くして、先代魔王は人間とも手を取り合う道を望んだ。人間と魔族が共に暮らす世界を生み出そうと考えたのだ。その第一歩として、交換移住が定められた。人間数名が魔族の地へ、魔族数名が人間の地へ。お互いを深く知り合うべく行われた、世界平和の第一歩。そうなる筈だった。
魔界に移住した人間は定期的に里帰りを行っていた。しかし人間界に移住した魔族は、誰一人として顔を見せに帰る者は居なかった。少しずつ移住人数は増えていったが、魔族が帰らないのは変わらなかった。手紙こそ寄越すものの、余りにも不自然と感じた先代魔王は、自ら人間界へと赴いた。そこで眼にしたのは、家畜以下の扱いを受ける同胞達の姿だった。移住したは筈の魔族の半数が既に亡くなっており、生き残った者も死んだ方がマシと言える程の状態だった。その瞬間から、先代魔王は善王から暴王へと生まれ変わった。
まず人間界で生き残った同胞全てをその日の内に救い出すと、魔界に戻り、移住していた人間を老若男女問わず皆殺しにした。そして宣戦布告と共に人間界へと侵攻を開始。怒りに狂った先代率いる魔族の軍勢は、いとも容易く人間を蹂躙し、人間の半数を死に至らしめた。そして魔族は人間界を占領すると、生き乗った人間達を魔界へと追放した。人間達は命からがら魔界に辿り着いたが、そこには過去以上に荒れ果てた土地しかなかった。先代は予め、豊かになった魔界を再び痩せた大地へと戻していたのだ。その過酷な環境に人間は適応し切れず、さらに半数が死に絶えた。
そうして人間が生き地獄を味わった1年後、先代魔王は再び人間への侵攻を開始した。次は皆殺しにする確固たる意志を持ち、徐々に徐々に人間を追い詰めていった。そんな中、人間達の中から女神の信託を受けた勇者が現れた。勇者は数名の仲間と共に魔王へと歩を進め、自らも命を落とす程の激闘の末に、魔王を打ち倒した。その際先代魔王の体から溢れた力が、今なお魔王の魔力として残り続けている。
「詳細は省いたが、大まかには話した通りだ」
なんと言うべきか、言葉に迷う。人間と魔族の深い亀裂を象徴するかのような歴史。思う以上の出来事に、空気が黒に染まったかと思うほどに重い。
「……優しい人だったんですね」
「愚かだったとも言えるわ。期待をし過ぎた結果、全てを壊す破目になってしまったもの」
厳しい言葉を放ったのは、プリフィチカさんだった。
「そんな言い方は……」
「事実よ。人間と魔族の垣根を深く考えずに行動する愚かさ。力を持ってしまった夢見る子供。それ以上にはなれない人よ」
親子だからか、それとも種族の、世界の価値観の違いからなのか。彼女の言葉は必要以上に辛辣に感じる。それはどこか、自分も罰されなければならないと言いたげにも聞こえた。
「……ねぇ、バロフの話は?」
「ああ、私もそれが気になる」
「オレの話か。面白いものでもない」
「それでも聞きたいよ、バロフの話も」
「そうか。オレは先代が倒れた後、王座に就き、魔族、人間、どちらと問わず、その半数を皆殺しにした。俺がやったと言えばその程度。あとはお前達が来てから知っての通りだ」
「なっ……」
あまりに唐突な発言に言葉を無くした。魔族、人間、それら半数を皆殺しにしたなんて、正直信じられない。リルフィリアもバストルも、どう反応していいか分からないと顔が言っている。
「バロフ、言葉が足りませんよ。誤解を与えてしまいます」
「事実だ。言っただろう、さして面白い話でもないと」
そう言うと、バロフは足早に部屋から出て行った。
「……確かに、バロフは彼の言った通りの事をしました。しかしそれは、彼なりに善王であろうとした結果なんです」




