みんなで朝食を
翌朝。リルの揺さぶりで眼が覚める。眩しい朝日よりも彼女の顔に視線が向く。泣き腫らした後がありありと残った顔。恥ずかしさと申し訳なさの入り混じった笑顔。おはよう、何気ない挨拶を交わしながら抱きしめた。
二人で下に降りると、そこにはバストルと疾風の魔王の姿があった。
「おやおやお二人さん、昨日は随分と激しかったようで」
「なにもしてないよ!」
「冗談はさておき、大丈夫か二人とも」
「まだ体が痛むけど、なんとか歩けるかな」
「痛むの? どこ? 教えてリュウヤ、ちゃんと手当しないと」
「大丈夫、なんて言うか、怪我とかじゃなくて、筋肉痛みたいな感じ?」
「ほんとうに? 気を使って隠したりしないでね?」
「うん。ちゃんと言うよ」
「……距離が縮まったようでなにより。今日は少々熱くなりそうだ」
「深まり合う男女の絆、紡がれる愛。最も美しき事の一つよ」
うんうんと頷く疾風の魔王、今回はちゃんと服を着ている。
「疾風の魔王さんも無事で何よりです」
「その呼び方はやめよ。もうこの身に魔力はない。これよりはティルマイアと呼ぶがいい」
「ティルマイアさん、この度はありがとうございました」
「礼などいらぬ。むしろこの命を拾ってくれた事を感謝せねばならん。礼を言うぞ少年」
俺が疾風の魔王改めティルマイアさんと話をしていると、ふとティルマイアさんの視線が動く。その方向にはリルフィリア。
「はは。そう睨むな。お前の男を取ったりはせぬよ」
「……絶対よ」
わぁ、ヤキモチ焼いてくれてる。うれしい。
「リュウヤ! 良かったわぁ眼を覚ましたのね! 大丈夫? ご飯食べられる?」
「アンさん。大丈夫です、いただきます」
台所からアンさんが顔を覗かせてくれる。明るい声色だが、顔には疲れの色。彼女にもかなり迷惑と心配をかけてしまった。
朝食として並んだのはお粥のようなとろみのあるスープと柔らかいパンだった。痛んだ体に染み込むありがたいメニューだ。
「大丈夫? 手は動く? 痛くない?」
「大丈夫だよ、ありがと」
「リルフィリアときたら、ここに帰ってからずっとリュウヤの看病をしていたからな。初めての時とは天地の差だな」
「それだけ二人が仲良くなってくれて嬉しいわ。ティルマイアさんも遠慮なく食べて?」
「ああ。こんなに大勢で囲む食卓は久々でな、年甲斐もなく心が躍っている」
「ティルマイアさんはこれからどうするんです?」
「役目を果たしたのでな、この町の端の方の居を貰おうかと考えている」
「役目?」
「疾風の魔力を、正しく使ってくれる人物に託す事だよ、少年」
「……責任重大ですね」
正しく使う。今の自分には重い言葉だ。貰った傍からあんな事になってしまっている。自分に正しく扱えるだけの力量があるなんてとても思えない。
「そう気負うな。少年は少年のままでいればいい。壁に当たる事もあるだろうが、仲間と共に超えればいい」
「ありがとう、ごさいます」
「うむ。それと、気配を消す鍛錬は欠かす事無く行うのだ。積み重ねが結果に繋がる」
「分かりました」
そこから俺たちは色んな話をした。俺の世界の話、ここの世界の話。故郷や育ち。ティルマイアさんの趣味が絵を描く事だというのは、なかなかしっくりくる話ではあった。バストル曰く、彼女が描くのは自画像ばかりだが、偶に書く風景画は眼を見張るモノらしい。
会話の節々から、どこか気遣いのようなものを感じた。なんとなくではあるが、日常の些細な話にしようという流れがある。
今はあの出来事ではなく、日常のささやかな平和を楽しんで欲しい、そんな気遣い。
何でもないような会話に笑顔を咲かせる。とても楽しい朝食の時間だった。
「ごちそうさまでした」
「お粗末様。リルフィリアちゃん、片付け手伝ってくれる?」
「ええ、勿論」
アンさんの要望をすんなりと聞き入れ、リルフィリアはテキパキと食器を台所に運び始める。初めはどこか距離があるというか、ピリピリとした雰囲気だった二人の仲が良くなっているのが伝わってくる。嬉しい限りだ。
「俺も手伝うよ」
「まあまあリュウヤ、ここは任せようじゃないか」
どことなく不自然な止め方をするバストル。彼が止めるという事はなにかあるのだろうか。だが確かにあの二人だけでしたい話もあるだろうし、ここはバストルの言う通り大人しくしておこう。
台所に移り、洗い物をする二人。険悪さから来るものとはまた一味違う緊張の糸を、リルフィリアは感じていた。
「昨日、リュウヤに迫ったでしょう」
「……ええ」
「結果は分かるわ。貴女は出来なかったし、リュウヤはそれを咎めなかった」
「覗いていたの?」
「覗かなくても分かる。貴女の過去に何があったかは聞かないけど、リュウヤは他の男とは違うの。そんな事をしなくても、あの子はちゃんと助けてくれる。安心しなさい」
「……ええ、よくわかったわ」
「ならいいの。私にも何か出来る事があったら頼っていいのよ? 息子の恋人なんて娘みたいなものですもの」
「こっ!? ……いや、そういう訳じゃ、なく、ない、けど」
「ふふ、ゆっくり距離を縮めていきなさい。それが一番よ」
少しばかり赤らめた頬に、アンはにこやかに笑顔を見せた。
バストル達と談笑を続けていると、二人が戻ってくた。どことなくリルの顔が赤いような気がする。
「おかえり、ありがとね」
「どういたしまして。これくらいはやらないと」
「ん、どこまで話したか」
「なんの話をしていたの?」
「バストルがティルマイアさんの自画像を破って周った話だよ」
「なにそれ、面白そう」
「オレも気になるが、今はここでお開きだ」
前にもあったような気がする。会話に前触れなく割って入る、響く低音。
「バロフ、いつからそこに」
「今。以前より驚きの色が薄れたな。具合はどうだ」
「まだ痛むけど、全然大丈夫」
「そうか。ではここの四人、城に来てもらうぞ」
返事をする時間は与えられず、景色は瞬時にバロフの場内へと切り替わる。黒騎士さん、モナムさん、シルベオラさん、プリフィチカさん、そして魔王バロフ。勢揃いでの出迎えは、重苦しい空気を放っていた。




