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魔王の魔引き、始めました  作者: 忠源 郎子
第一章 旅立ち
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自覚

 

 次に目が覚めた時には、よく知る天井が視界にあった。まだ視界がぼやけているが、夜という事は理解出来る。いつの間に宿に帰って来たのだろうか。



「いったた……?」



 状況を把握すべく、寝ていた体を起こすも、その動作だけで全身に激痛が走る。痛みに顔をしかめていると、いつの間にか手に知らない感触があった。


 少し冷たく、すべすべで、とても柔らかい。手だ。まさかと思って目を凝らせば、リルフィリアの姿がそこにあった。俺の手を握った状態で、ベットの傍で寝息を立てている。よかった、無事だったんだ。



「うぅん……リュウヤ?」



 目覚めた気配に気が付いたのか、リルが寝ぼけた声で起き上がる。



「リル、怪我は?」


「リュウヤ、起きたのね。よかったぁ……」


「え? え!?」



 ゆっくりとした動作で近寄ると、そのまま俺にリルフィリアは抱き着いた。よくよく見てみれば、思いの他薄着な彼女。どこもかしこも心地よい柔肌が、惜しげもなく密着している。



「リル! …………」


「よかった……よかったよぉ……」



 消え入りそうな声で、俺の胸に顔を埋めるリル。胸元に感じた湿り気が、俺に冷静さを取り戻させた。



「リュウヤがあんな風になってもう戻らなくなったらって思ったら、怖くて……怖くて、とても、怖かった」


「ごめん、リル」


「ううん、違う」


「……ありがとう、リルフィリア」


「うん。私も。ありがとう、リュウヤ」



 泣き顔を隠す事無くそう告げたリルフィリア。彼女の零れるような涙が止まるまで、そのまま俺達は抱きしめ合った。





「そっか……そんな事が」


「ええ、私もしばらくは気を失っていたから、詳しい事は分からないけど」


「ごめんね……迷惑かけちゃって」


「ううん、リュウヤが謝ることじゃないわ」



 彼女が落ち着いてから、事の顛末を聞いた。自分が先代の、それも300年前の人物になってしまいそうになっていただなんて。正直よくわかってないし、記憶も曖昧だ。



「バロフも初めて見るって言ってた。気を落とす必要なんてないわよ、リュウヤ」


「……でも」



 俺が気になるのは彼女に付いた傷。火傷や切傷が至る所で目についてしまう。雷の魔王の時には、ここまでじゃなかった。つまりこれは、俺がつけてしまった傷。



「傷なら、私が勝手に近寄って、勝手に付けただけ」


「いや、でも」


「ポーションを塗ればすぐ治るわ。それに、リュウヤからの傷なら、痛くない」



 朗らかな笑みで俺の手を取るリルフィリア。月夜に照らされたその顔が、とても綺麗だった。



「あ、そういえば、名前」


「ダメ?」


「いや、嬉しいよ。いつの間にか名前で呼んでくれてたから」


「リュウヤを呼び戻す時にそう呼んだから。それに、変な意地を張ってもしょうがないでしょ?」



 なるほど呼び方が変わったのはそのタイミングだったのか。……記憶のない時に俺の名前を初めて読んで貰えたのは、なんだかもやっとしてしまう。



「……もしかして、初めて名前を呼ばれたのが記憶のない時だから、ヤキモチでも焼いてるのかしら?」


「えぇ!? いや、そんなことは、ないよ?」


「ふふ、分かりやすい」



 そんなとこまで見透かされる?



「私は先代魔王じゃなくて貴方を呼んだの。そしてリュウヤはそれに応えてくれた。それじゃ、ダメ?」


「ダメじゃないです!」


「ふふ、なにそれ」



 鈴が転がるような、透き通るような笑い方。やっぱり綺麗だ。



「心配しなくてもこれから飽きる程呼んであげるわ、リュウヤ」


「飽きないよ。リルの声なら、飽きるなんてない」


「ふふ、キザな事言うのね」


「らしくないかな」


「いいえ、素敵よ」



 痛みを忘れるくらいに、甘い時間。色んな事を忘れて、今はこの甘さに浸っていたい。



「ねぇ、リュウヤ」


「なに? リル」


「疾風の魔王の時、眼を塞いだの、怒ってる?」


「いや、怒るなんてないよ」


「じゃあ聞き方を変えるわ。見たかった?」


「え? いや、そんなことはな、いよ!」


「ふふ。そんなに動揺しなくても」



 なかなか踏み込んだ質問に思わず声が濁った。なんでそんな意地悪な事を聞くんだリルは。



「……ねぇ。私ので良かったら、見る?」


「えっ? あっ、うん、うん?」



 頭の中が滅茶苦茶になった。高速回転しているけど、意味のない思考だらけ。リルの言葉をそのまま解釈すれば、そういう事。彼女の言葉が俺の心臓を激しいリズムで叩いている。


 あまりの事に硬直する俺を置き去りに、リルフィリアは胸元のボタンに手を添える。薄着の服装で、唯一の留め具。ないよりかはマシ程度の唯一の留め具。これが外れてしまえば、素肌が晒されるのはもう目前。そんな危なげなモノに、リルフィリアは手を添えている。


 そういう事を期待していない訳じゃない。俺だって健全な男子だ。そもそもリルフィリアのキスが欲しくて頑張ってるみたいなところもある。取り繕わず言えば、そういう事をしたい。今だってどこかそういう雰囲気を感じて期待していた。


 でも、彼女の震える手を見ると、それがどんなに馬鹿な期待だったかを突き付けられる。無理をしている。緊張による震えではなく、恐怖による震え。思わず彼女の震える手を握った。



「無理してそんなことしなくていい。リルが傍に居てくれたら、それでいいんだ」



 努めて穏やかに、彼女にこれ以上の刺激を与えないように。優しくそう告げる。元々少し潤んでいた彼女の眼から、ぽろぽろと大粒の涙が零れ始めた。



「ごめんなさい、ごめんなさい! リュウヤの事が嫌いな訳じゃないの! 大好きなの! でも、でも!」


「大丈夫、大丈夫だよ」



 堰を切ったように止めどなく溢れる涙。ゆっくりと抱きしめて、彼女の涙を受け止めた。


 それからしばらくして、泣き疲れてしまった彼女は眠ってしまった。ベットに寝かせ部屋から出ようとはしたが、放っておけず結局添い寝の形を取る。


 最初は冷たい態度を取っていたリルフィリアが、こんな無防備な姿を見せてくれるようになったのは喜ばしい事だ。でも最初の彼女の態度と、今の反応。いったいどれだけ過酷な半生を送って来たのか。平和な国で育った俺の想像など優に超えているのだろう。


 俺なんかでリルフィリアの傷を癒す事は出来るのだろうか。そんな不安を抱えながら、リルの寝顔を眺めていた。

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