正体
「ありゃ、なんだ」
「分からぬ。一見ただの黒の棒だが、眼前のあれがそんな単純な事をするとも思えん」
得体の知れない武器を前に警戒する二人。しかしリュウヤはそんな彼らを相手に驚くほど無防備に歩み寄り、射程に入ると驚くほど単調に棒を振った。
「なっ? なぁ!?」
呆気に取られ、無防備に食らう雷の魔王。その一撃は、彼の想像を超えて、強烈な痛みを走らせた。
「くっ、掴み切れん」
飲まれたペースを戻さんと、水界の魔王は接近戦を仕掛ける。痛みにを堪えながら雷の魔王もそれに続く。両者で共有している雷の魔力を活用した電光石火の挟撃が開始された。
「はぁああああああ!」
「おらぁあああああ!」
拳。蹴り。手刀。息のあったコンビネーションで攻め立てる二人。眼にも止まらぬ連撃は、次第に勢いを増していく。しかしその一つたりとも、リュウヤの身に届く事は無かった。
躱す。流す。止める。背丈を超える武器を巧みに操り、相手の攻撃を防ぎ続ける。その視線はあまり敵の方を向く事は無く、涼しい顔色が崩れる事はない。
「なんなんだよこいつはぁああ!」
「……っ! まて! 一度下がれ!」
苛立ちから冷静さを失う雷の魔王に、何かに気づいた水界が制止を促した。熱くなりかけた頭を冷やし、大男は指示に従い距離を取る。
しかし今のリュウヤに、それを許す程の寛大さは無い。瞬時に距離を詰め、武器を振り払う。
「それに触れるな! 魔力を吸われるぞ!」
「ばっ、マジかよ!」
忠告を受け回避しようとするが、ようやくそこで魔力の減少に気がついた雷の魔王。咄嗟に魔力を練る事が出来ずに直撃を許してしまった。
「ぐぉおお!?」
一撃一撃受ける度に、僅かに魔力が無くなっている。それも回を重ねる毎に、徐々に吸われる量が増えている。このまま連撃を受け続ければ、近い内に枯渇してしまう。雷の魔王の頬に、冷汗が伝った。
「水雷・衝伝」
側面より雷を含む水を飛ばし、横槍を入れる水界の魔王。それに意識が向いた一瞬の隙を逃さず、雷の魔王は距離を取った。
「助かったぜ大将」
「礼には及ばんが……」
打開策を思案する水界の魔王に向けて、もう一度接近する姿勢を見せるリュウヤ。しかしその瞬間、彼の四肢に亀裂が入った。
「……?」
不思議そうに手足を見るリュウヤ。裂けた皮膚から血が流れ、衣服を赤に染め上げる。
「……やはりか」
「なんだ、どうしたんだよあいつ」
「体が耐えきれていない。あれだけの酷使に肉体が悲鳴を挙げたのだ」
「お、チャンスか!」
「油断はするな」
好機を得た二人が逆に距離を詰める。今まで武器で捌いていた攻撃を、今のリュウヤは体も使い防ぎ始める。武器に拘った対処が出来なくなっている証拠であった。
「おらおらおらおらぁ!」
「……!」
調子付く雷の魔王だが、水界はそうはいかなかった。リュウヤの手足に黒煙が、まるで鎧のように集い初めているのを目撃したのだ。次第に色濃くなる装具に雷のも気づく。シンプルに覆うだけの形状なそれは、程なくして完成された。
「くっ、これもか!」
「棒と同じかよ! くそっ!」
触れたそばから魔力が減っている。攻めているのは二人なのに、追い詰められているのは二人の方だ。堪らず距離を取った二人。リュウヤはそれを追うことはせず、手にある武器の先端に手を添える。そしてそれをゆっくりと撫でていく。彼の手が通った場所から緩やかに刃が生成されていき、ついにその武器の本来の姿を現した。
巨大な斧。リュウヤの身の丈を超える柄に対し、引けを取らない巨大な刃。それが轟々と燃え盛っている。あまりの熱量に、周囲の景色が歪んで見えた。その火炎で生成された巨大なる斧を、リュウヤは静々と眺めていた。
一頻り眺め納得したかのように数度頷くと、刃と逆側を地面にどすっと置く。それとほぼ同時の瞬間と錯覚するほどに素早く、その斧は水界の頭上に振り下ろされていた。
「なっ!?」
既のところで両腕が間に合うが、斧の重圧が収まることはない。触れた先からの魔力の吸収。火炎の炎の熱さ。魔纏を物ともせず、水界の腕に裂け目を入れる。
「た、大将!」
救出の為に高速のラリアットを繰り出すが、またしてもリュウヤは陽炎のように消え失せた。しかし今度は雷の魔王は驚かない。視線を上空に移し、出現したリュウヤを視界に捉えた。
「わかってんだよぉ!」
方向転換し再度神速の接近を試みる。真正面に移動した彼は雷の全力を拳に貯める。だがリュウヤは眼前の敵ではなく、自らの背後に向けて斧を振り下ろした。
「ごぁはぁあっ!?」
脳天直撃。正面ではなく背後にいた本物の雷の魔王。攻撃に意識を向けていたため、気の毒な程無防備に攻撃を受ける。
「ば、馬鹿な!?」
水界の魔力の応用による幻影。それを容易く見破った技量。驚愕を隠せず、地面に叩きつけられた雷の魔王に近寄る事すら躊躇ってしまう。その際に悠々とリュウヤは着地した。飛ぶではなく浮くような挙動はどこか優雅ささえ感じてしまう。
「くっ……やはり、やはりそうなのか!」
肉体の強烈な変化。卓越した魔力操作に、速度は上回るはずの二人を翻弄する戦闘技術。魔力を自分の物にする吸収魔法。そして、自分たちの使う魔力の出自。抱いていた疑念が真実味を帯びていく。
「お前は、この魔力の、魔王の魔力の本来の持ち主。先代の魔王・デフィルネル!」
その言葉に言葉で返さず、不敵な笑みを見せるリュウヤ。そんなことはどうでも良いだろうと言いたげに、武器を肩に乗せる。
「自分の魔力を使われるのが気に入らんか、300年前の亡霊めが!」
啖呵を切り、自分の魔力を高めて行く。それにリュウヤは横槍を入れる事なく待っている。少しは楽しませろと不敵に笑う。
「堕窶……」
魔力を限界まで高め、開放する。その瞬間、けたたましい轟音が二人の間に落下した。
「なん……!?」
「…………」
巻き上がった土煙。次第にそれが消えると共に、降り立った二人の人影が正体を顕にする。魔王バロフと、その右腕プリフィチカ=デフィルネル。両者共に険しい顔での到着であった。




