表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王の魔引き、始めました  作者: 忠源 郎子
第一章 旅立ち
7/98

吹き荒れる風

 町を抜けた後の足取りは実に軽快なものだった。昨日の特訓やガーゴイルとの戦いを思えば、眼前に広がる草原のなんと爽やかな事か。時折吹く風も程よい強さで心地いい。思わず鼻歌でも歌いたくなるような清々しい気分だ、ピクニック気分だと言っても過言ではない。それ程までに体は晴れやかだった。


 自分でも可笑しいと思う程に調子がいいのはバロフから貰ったブレスレットの効果なのだろうか。それとも昨日の戦いの経験が、俺を成長させてくれたのだろうか。はたまた、初めて取り込んだ魔王の魔力が、俺の身体能力を上げたのだろうか。もしかすると、単純に気分の問題なのか。いくら考えても原因はハッキリしない。しかし調子がいいのは俺にとっては好ましい事だ。取り合えず今は深く考えず、魔引きに専念しよう。


 軽い足取りに身を任せる事数十分、南と同じようなスライム達の溜まり場に着いた。東にもいたとなれば、残りの北と西にもいると考えるべきか。町と魔王の間で、一定の距離を保ち生息するスライム達。何か意味があるのだろうか、それとも単に過ごしやすいだけなのか。そんな事を考えていると、スライム達が近寄って来た。


 相変わらず敵意は無しで近寄って来るスライム達。ブニブニと独特な音を立てて跳ねる様は、思わず愛嬌を感じてしまう程に可愛らしい。今日は少し多めに構ってやろうとしゃがんだら、思いのほか集まっていた事に気付かず、勢いに負け押し倒されてしまった。


「ちょっ、今日はなんだか激しいな!?」


 倒れた俺に遠慮なく飛び乗ってくる青い魔物達。少し撫でてどかしても、他のやつが間髪入れず飛び乗って来る。満足に起き上がるスキがない。攻撃しているようには思えないが、どことなく行く手を阻もうとしているような雰囲気があった。


「流石に、どいて、くれっ」


 若干無理やり気味に、彼らをどかして立ち上がる。そしてそのまま進もうとしたが、スライム達は俺の足に纏わり付き離れようとしない。傷付けないように剥がして歩いてを繰り返し、何とかスライムの溜まり場を振り切った。


「黒騎士がいない分、俺に来たのか?」


 なんであんなにスライム達が積極的だったのかもよく分からないままに、しばらく足を進めたところで昼休憩をとることにした。ポーチから出したのはサンドイッチ。栄養バランスが考えられた肉と野菜の味わいは素晴らしい物だった。だったが、どうしても一つの不満が頭に浮かぶ。


「……お米が、食べたい」


 この世界に来てからはまだ数日しか経っていない。たった数日間、米を口にしていないだけ。にも関わらず、俺の舌は米を欲しがっている。バロフの町には見たところ米が無さそうなのが余計に米への欲望を掻き立ててしまう。日本人の性なのか、もしくは軽いホームシックになっているのか。うまく言い表せない物悲しさを感じながら、俺は昼食を食べ終えた。


 しばしの休憩の後俺は再び歩き始めた。米の魔王とかいないだろうか、なんてバカな事を考えながら進んでいるうちに、風が強くなっている事に気が付いた。進んでいくのに問題はないが、もし帽子でも被っていたなら飛ばされてしまうだろう。向かい風を受けながらもペースを落とす事無く進んでいく。草原の揺らめきが次第に大きくなっていき、足取りにも影響が出始めた。気を抜くとバランスを崩しかねない突風も時折感じる。風の魔王に近づいている証拠に他ならない。


「台風にでも向かってるのかよ」


 一人なのにそんな愚痴が零れるくらいには道のりは険しくなっていた。その場にただ立っているだけなら簡単に押し戻されてしまうだろう。もはや一歩一歩踏ん張りを効かせながら進まなくてはならない程だ。不幸中の幸いなのは、ここが草原である事だろうか。火の魔王に向かった時のようにここが砂漠であったなら、砂の乗った突風で目も開けられない状態になっていただろう。そんな状態では戦いもままならない。まあ、今の状態でも満足に戦えるかは不安ではあるが。


 そんな事を思った矢先、眼前に三つの影が姿を現した。薄緑の小さな人型の体、背丈に合わない程の長い髪が視線を引く。この突風の中で平然と宙に浮く彼らが風の精霊である事を、俺は誰に言われるでもなく理解した。


「よし、さあ来い!」


 威勢の良い掛け声と共に剣を抜き戦闘態勢を取る。風で体制を崩さないように、腰を深く落とし構えを取った。対する風の精霊達は……何もしていない。ビックリする程何もしてこない。正確には髪を整えるようなしぐさだったり、服装? を正すような動きをしたり、なにやらナルシスト感のあるキザなポーズを取ったりはしている。ただ俺に対しては全く何もしてこない。視線をこちらに向けてすらいない。


「……えぇ?」


 予想外の対応に戸惑う俺。試しに少し距離を詰めてみる、しかし無反応。油断を誘う作戦か? 思い切って構えを解いて無防備になってみる。これも無反応。なるようになれと彼らの横を通ってみる。警戒しながら横切ったが、やはり精霊達は無反応。別に通っても良いよと言わんばかりの対応だ。一瞬攻撃してみようかとも思ったが、無理に争う必要もない。消耗は避けれるならそれに越した事はない。


「俺が勘違いしただけで……風の精霊じゃなかったのか?」


 肩透かしを食らったような脱力感を覚えつつも、向かい風が吹く方へ再び歩き始める。道中でまた何度か風の精霊達に遭遇したが、みな同じような対応だった。他には魔物らしき姿もなく、ひたすら進んでいくだけの道のりとなった。


 ただ、風だけは依然として勢力を増している。最早すり足にも近いゆっくりとした歩きでしか進めなくなった頃、一つの人影がようやく現れた。


 肩よりも下まで伸ばした長髪に、スラリとした体格。緑の眼に高い鼻、余計な肉の付いていない顔はイケメンと言うにふさわしい。白を基調とし、端に緑を走らせた服装は舞踏会の王子を連想させる。誰でも眼を奪われる程の容姿の持ち主は、左手を腰に、右手をキザに顔に携え、自己主張の激しいポーズを取っていた。


「……なんだこいつ」


 相手の奇行に引いていると、ふと体の負担がなくなった。あんなに吹いていた風がピタリと止んでいる。驚き相手を見ると、男はまた違うポーズを取っていた。


「私は美しき風の魔王。こんなところまで一体何の用か、伺っても?」


 ポーズを崩さず尋ねて来る男。ふざけているような対応だが、風の魔王だという事実が俺の体から油断を奪い去った。


「俺は圦埼 柳埜。魔王バロフから魔引きを一任された者だ。お前の風の魔力を魔引くべくやって来た」


 バロフという単語が出た瞬間、風の魔王の顔が険しくなる。


「バロフの……マビキが何かは分からないが、私の敵という事で宜しいか?」


 瞬間、魔王から凄まじい突風が吹き荒れた。踏ん張りが効かずそのまま数メートル吹き飛ばされてしまう。急いで体制を立て直し、剣に魔力を込めた。


 火の魔力を帯び燃え盛る暴力と化した剣を振り被りながら敵に突進する。驚いた表情の敵に、俺は容赦なく剣を振り下ろした。寸でのところで躱されたが怯む事無くもう一度剣を薙ぐ。確実に当たる軌道だったが、またもや吹き荒れる突風で距離を離されてしまった。


「その魔力、火の魔王の……! 火の魔王は死んだというのか? お前が殺したのか!?」


「死んではいない、殺してない。火の魔力を奪っただけだ」


「殺さずに魔力を奪う? そんな芸当……いや、バロフなら……」


 考え事をするかのように顎に手を当てる風の魔王。その様が絵になっているのが、イケメンへの嫉妬を沸き立たせる。しかし今はそんな事を言っている場合ではない。再び剣を構え突進を行う。


「殺さないにせよ、奪うなら打ち勝ったとみるのが妥当……この男が?」


 考えを止めた魔王は、右掌を少しだけ上に動かした。その小さな動きに似つかわしくない強風が俺の足元から沸き上がり、俺の体は空高く打ち上げられてしまった。


「わっ、あああわああああ!?」


 このまま落ちれば大怪我は必至、最悪死亡もあり得る高さだ。何とかしようと体をジタバタさせるが何の意味もない。焦る気持ちが限界に達しようとしたその時、魔王が俺の上に現れた。俺とは対照的に落ち着き払った風の魔王は、右手を俺に押し当てる。


「これをどうする、バロフの使いよ」


 繰り出されたのは幾度となく味わった突風。ただし風は上から下へ、俺を地面に叩きつけるように荒れ狂う。どうすると問われたところで、どうすることも出来ないのが俺の答えに他ならない。なすすべなく、恐怖する暇もない速度で俺は地面に墜落した。


「がっ! はぁっ!?」


 背中を地面にこれでもかと打ち付けられ、堪えきれず口から血を吐いた。経験した事のない痛みが背中から全身に伝わる。体の骨と言う骨が砕かれたような激痛で意識が吹き飛びそうだった。業火に放り投げられたような熱が体を満たし、なんとかして助かろうと全身をのたうち回らせる。無論、それが意味のない行為なのは明らかな事だった。


「こんな男が火の魔王を……何かの間違いでは?」


 無防備を晒し続ける俺の横で、風の魔王は静かに俺を見下していた。いつでも殺せるであろう俺を、殺す価値もないと言いたげに。だがそんな事今はどうでも良かった。早く痛みから解放されたい一心が俺を支配していた。


 乱暴に手をポーチに突っ込み、ポーションと掠れた声で何度も呟きながら中をまさぐる。手に当たった瓶を乱雑に取り出し、急いでそれを飲みにかかった。口をつけたわけではなく浴びるように飲んだのでびしょ濡れにはなったが、効果はしっかりと出てくれた。


 ポーションの効果を受けた俺は急いで起き上がり、風の魔王から距離を取った。魔王は興味を無くしたように俺を見ているが、すぐに攻撃が来ないのは何にせよ幸運だ。痛みはかなり楽になったが、未だに少しの動きでズキズキと痛む。泣いたって許されるだろう。どうしてここまでやるんだと恨み事を言いたくなったが、そこはぐっと堪えた。


「本当にお前が火の魔王を打ち破ったのか?」


 弱すぎる、と言いたいのだろう。上等だ。俺の全力をたっぷりと食らわせてやる。


 バロフと特訓した通りに、イメージを沸かせ、手の平から火炎放射を放った。弱いと罵られたのは意外と俺の堪忍袋を刺激したらしく、過去のどれよりも強力な火炎が風の魔王に襲い掛かった。


「おおおおおおおお!」


 知らず知らずの内に俺は雄たけびを上げていた。雄たけびに呼応するように、火は激しさを増していく。人一人を余裕で包める程の威力は容赦なく相手を包み込む。


「っぶはぁっ! はぁっ! はぁ、はっ、はぁっ」


 突然、どっと疲れがやって来た。長時間呼吸を止めていたかのような息苦しさを感じる。どうやら魔力が切れてしまったらしい。肩が勝手に上下する。立つのも難しい程の立ち眩みがやって来た。どうにかして踏ん張り、気を保つ。これだけやったんだ、相手にも相当ダメージは与えた筈。


「よく分かった。やはりお前が倒したわけではない」


 背筋が凍った。疲れでぼんやりとした視界が鮮明になるにつれ、無傷の魔王の姿が嫌でもわかってしまう。あれだけの火力を持って、何も傷を付けられないのか? 避けられたのか?


「哀れな男だ。まるで道化師よ」


 満身創痍の俺に対して涼し気な表情の風の魔王。何故だか顔には憐れみの色を感じる。


 どうすればいいのか、その答えを俺の頭は導いてはくれなかった。だが、まだ戦いが終わった訳ではない。ポーションを飲み、ホームラン予告のように剣の切っ先を高く相手に向け、高らかに口を開く。


「確かに火の魔王を下したのは俺じゃない。だが俺もその実力を見込まれ魔力を授かった男だ。今のが全力と思うなかれ! これから真の力を見せてやる!」


 ……おかしい。なんというか、強烈な違和感がある。剣を持つ手が何だか軽く感じる。というか力が入らない。そもそも、掲げた剣が、それを持つ腕が視界に入っていない。一体どういう事なのか。



     どっ



 今の音は何? 何かが自由落下したような、鈍く重たい音。何故だか、俺の不安を、強烈に煽る。


 ゆっくりと下を見た。腕がある。落ちている。剣を強く握りしめた、俺の、俺の腕がおちている。


「ぁあ、ああ、ああああぁ」


 たて。盾でふせがないと。たて。たてがない。うでがない。おちてる。ひだりがおちてる。


 にげる。にげないとだめ。しぬ。はしってにげる。なんでおれがまえにいる? なんでくびがない? なんでおれはまえにすすんでな

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ