果たして目的は
「致し方ない。口惜しいが衣を纏うとしよう」
「さっさとしてください、口惜しいとか言ってないで」
そんな会話を聞いてから暫くして。リルの手が俺の眼から離れた。その感覚を合図に眼を明けると、初対面の女性がそこに居た。自信あり気に僅かに上がった口角。腰に手を添えた立ち姿。威風堂々という言葉がありありと表現されている。彼女の見た目は尊大とも言える物言いにふさわしい麗しさだ。風に緩やかにたなびく長髪が眼を引く。しかしそれより目線が行くのは……
「あの、バストル。彼女の服は……それで?」
「……これが私に出来る最大限の努力だ」
「そっか。そっか……」
彼女の服装は、美術品でよく見るような、布一枚だけを纏った姿。体のラインが顕著に出ており少々眼のやり場に困ってしまう。思わずリルの方に視線が移動したが、呆れたようなジトっとした視線が返る。俺は精一杯の愛想笑いを見せ、疾風の魔王に眼を戻した。
「さて、改めて名乗ろうか。妾は疾風の魔王、此度はご足労を頂いたな」
「魔引きの任を受けている、圦埼 柳埜です。今日はお招き頂きありがとうございます。早速ですが、俺にどういったご用件でしょうか?」
「ふふ。その件だがお前の持つ魔力を全て貰おうと思ってな。悪いとは思うが、これも世の無常よな」
キメ台詞を言ったかのように高笑いする疾風の魔王。しかし、俺はそれを真に受ける事が出来なかった。
「……ねぇリル。これってさ」
「大地の魔王のとこでやった流れね」
「だよね。そうだよね。ちょっとバストル、ごめんけどちょっと来て」
「…………今の私は疾風の魔王様に忠誠を」
「ほんとゴメン。そういうのは置いといてちょっと来て」
呼びかけに少し迷った様子を見せたが、バストルはこちらに来てくれた。
「なんだリュウヤ。今の私は敵なんだぞ」
「いや間違ってたらほんとに悪いんだけどさ、この流れ大地の魔王のところでやったんだよ」
「……え?」
「敵だと思わせて実はっての。二回目だし、バストルがそんなことするとは思えないし」
「え、もうやったのかこの流れ」
「うん、やった」
「…………ちょっと待ってくれ」
そう言って彼は疾風の魔王の元に行く。そして何やら耳打ち。暫くして、疾風の魔王が「なんと!?」と驚きの声を上げた。そして咳払いの後、再び口を開く。
「先程のは間違いだ。妾の真の目的は…………あの、それだ」
「疾風様……もうやめておきましょう。今の状態からとても元の流れに出来るとは思えません」
「ああ、そのようだ」
またもや咳払いをし、仕切り直しの合図をする。
「そこまで分かっているならばもう隠す事もあるまい。此度は稽古を付けてやろうとおもうてな」
「やっぱりそうでしたか……あの、折角一芝居打って頂いていたのにすみません」
「よい、二度目となれば流石に疑念も出る。しかしだ、その二度目とは言え、お主はバストルにほぼ全幅の信頼を寄せた判断をしたな。些か不用心ではないのか」
「それは……この世界に来て出来た初めての友人なので。俺が信じているからそう言った判断をしただけです」
「なるほどなるほど」
俺の返事に満足そうに頷く疾風の魔王。
「バストルがそれほどの間柄であったとはな。喜ばしいことだ。寸劇が無駄になった事も、それを思えばどうという事はない」
まるで自分の事のように彼女は喜んでいた。これを見ただけでも、彼女はまっとうな人間性を持っているんだろうなと、そう思えた。
「しかし敵対する仲ではないが、稽古を手を抜いて行って良いという話ではない。厳しく行う故、気を引き締めよ」
「はい! お願いします!」
「そこの伴侶も同様だ」
「伴侶なんかじゃないわ。水の魔王、ただの協力者よ」
「む、そうか。てっきりそうだと思ったが、まあよい」
そうなら嬉しいんですけどね。というか顔色一つ変えずに淡々と否定されるのは、ちょっとダメージがある。
「して、稽古の内容だが、気配の消し方を会得してもらおう」
「気配の、消し方ですか」
「魔王の魔力は独立性があるのは知っておるな?」
「はい」
「それ故に、意識しなければ魔力を元に気配が常に漏れ出ておる」
「え? そうだったんですか?」
「魔力自体は漏れずともな。残り香とでも言うのが正しいか」
「……気配を常に、居場所を常に知られ続けているってことなのか」
大地の魔王のところで毒の魔王が来たのは、俺が原因だったのか。
「そして気配を消すことなく一定の場に留まれば、周囲は己の魔力に染まっていく。火なら気温が上がり、風なら突風が吹き荒れる。土なら豊かな自然が実り、水なら雨が降り注ぐ。無論、それが悪いとは言わぬ。この先には魔王がいる、近づくな。という警告になるのでな」
なるほど。今まで出会った魔王達は、そういうことだったのか。
「迎え撃つ手立て、自信があるならば気配をあえて出しておくのも手の一つ。しかしお主のように移動を常とするならば、消しておく方が都合が良かろう」
「そうですね。是非とも気配の消し方を知りたいです」
「うむ。では稽古に入る、そうそうに音を上げるでないぞ」




