風の上位とは
『帰ったばかりで悪いが、ニ日後の朝、東の方へ向かってくれ。私達が出会った場所より更に東。そこに会わせたい人がいる。』
宿に戻り早々にアンさんから渡された手紙にはそう書かれていた。流れるような字の主はバストル。準備があるとかで、もう先に行っているらしい。この世界の字は分からないが、綺麗な字だというのは理解できる。その内容の休息を見越した日程と最初の一言に、バストルの気遣いが伺えた。
「これって……」
「そうね、次の魔王、風の上位の魔王に会わせたいと見て間違いないわ」
「風の上位か……」
土と大地の魔王達は、結果からして俺を鍛えてくれた。正直なところバストル達もそうなのだと思う。お人好しというかもっと人を疑う事を知らなければいけないのだろうけど、バストルを疑ってかかる気にはなれない。
リルフィリアにどうするかは聞いてみたが、同行の姿勢は変わらなかった。正直なところ毒の魔王との戦いでかなり疲弊していると思うのだが、説得は聞きそうにない。ならばせめてと、約束の日までは休養に専念した。
そして約束の日の朝。俺とリルフィリアは町を出て手紙の指示通りに東に向けて進んでいた。以前ここを通った時とは違い風があまり吹いていない。バストルが魔力を失ったからのだろうか、だとしても更に先には風の上位がいるんだから、風が吹いていてもおかしくはないと思うけど。
少し引っかかるが些細な疑問を置いて、俺達は先に先にと進んでいく。毒の魔王との戦いのダメージが残っているだろうに、リルはそれを表に出さない。俺を気遣ってなのか、今回の同行も思えば少し強引だった。
「リル、少し休む?」
「いいえ結構よ。先を急ぎましょう」
「……無理してる?」
「してないわ。しつこい男は好みじゃないけど?」
「そっか。わかったよ。嫌われたくないからこれ以上は言わない。けど、休みたくなったらちゃんと言ってね」
「……言ってるじゃない」
どこか、苛立ちにも似た焦りを感じる。炎の魔力を早く手にいれないといけないのに、こんな回り道をさせれらたらそうもなるのも当然か。彼女の苛立ちは俺の非力から来ているのだろう。もっと、もっと力を付けなければ。
そうこうしている内に、精霊たちが姿を見せ始めた。バストルの時と同じ薄緑だが、色が濃い。上位の精霊は色が濃くなるのだろうか。だが、この精霊たちも一様になにかポーズを取っている。どこかの絵画で見たような、芸術的なポージングを各々研究しているようだ。そして体つきがどことなく女性的だ。風の上位の魔王は、女の人か?
精霊たちは俺達を見ても襲いかかってくる事はなく、ポージングを続けている。だがよく見れば俺達が進む方向を指差しているのが分かる。片手間だが通れと案内してくれているようだ。こちらをしっかりと認識した上での対応、少しばかり安心する。
あ、あのポージング見たことある、ミロのヴィーナスだったっけ。そんな事を考えていたら、遠くに見覚えのある姿が映る。
「バストル!」
「よく来てくれたリュウヤ。疲れが残っているだろうにすまないな」
「ぜんぜん! 気にしないでよ!」
「会わせたい人はこの先だ。着いてきてくれ」
バストルの案内のままに進んでいく。すると、次第に風が吹き荒れ始めたのがわかった。しかし荒々しくなく、染みるような心地よい風だ。更に奥に進んでいくと、その発生源が見えてきた。
ちいさな旋風が、一点に留まって拭き続けている。見た目は激しい回転に見えるが、あたりの草原はそよ風に吹かれたように穏やかだ。バストルはその旋風に向かって声を上げる。
「疾風の魔王様! 件の者達を連れて参りました!」
「大義であったバストル。休んでおれ」
旋風の中から聞こえたのは女性の声。良く通り、芯の入った力強くも綺麗な声だ。予想通り風の上位は女性の魔王だったようだ。
「ご足労だったな、魔引きの遣いよ」
「いえ、えっと、礼には及びません」
こうで良いのかな、返し方って。バストルの話し方と、相手の口調が相まっていつも以上に敬語を意識してしまう。慣れない言葉遣いが失礼にならなければいいけど。
「謙遜はよい。手始めに此身の謁見を持って褒美としよう」
旋風の中から返答が来ると、それを合図に風が次第に弱まっていく。そしてついに声の主の全容が現になると言ったところで、俺の視界は塞がれた。
「世が見惚れる至高の玉体、しかと焼き付け今生の宝とするがよいぞ」
そう言われても見えないんですけど。多分だけど、これリルフィリアの手だ。リルフィリアが俺の眼を覆ってる。でもなんで?
「疾風様ぁ! お願いだから服着といてって言ったでしょうがぁ!」
え、なに、疾風の魔王今全裸なの? 全裸で人前に出てきたの?
「言っておったな。だが客人をもてなすのは当然のこと。最上級のもてなしとなれば此身の謁見にほかなるまい」
「なりますよ! あんたこの前人里にいってそれでえらい目にあったでしょう!」
「聞けば異世界の子というではないか。なれば価値観が違うのも当然。なれば」
「なりません! 基本どこの世界でも全裸は駄目なんですよ!」
すっげえバストルが苦労してるのがなんとなく察せる。
「あの……リルフィリアさん?」
「ダメ。まだあの人服を着てないもの」
試しに少しだけ動いてみたがすごい力で抑え込まれた。痛い、眼が痛い。
確かに見ていたら取り乱していたと思う。かなり狼狽えていたと思う。けど、けど、リルの即座の対応に素直にありがとうと言えないのは、なんでだろうな。




