毒の魔王
「……がはっ!」
倒れた毒の魔王が再び血を噴き出した。余韻に浸っているべきじゃない。急いで解毒しなければ!
「今治す! もう少し頑張れ!」
相手に手を添え、毒の魔力を探し出す。弱った体の中で元気に動きまわるのが、害になっている魔力。そこに火の魔力を送り打ち消す。まだ慣れてはないが、やるしかない。
「なにを……しているんですか」
「喋るな、じっとしてろ!」
活発な動きをする魔力を探しては消し、探しては消す。それを繰り返すと、次第に毒の魔王の息も整ってきた。その辺りで彼は俺の手を振り払う。
「なっ! なにしてるんだ!」
「それは私が先に言ったでしょう。……もう十分と言う事です。私自身毒への耐性がある程度ありますから、もう大丈夫ですよ」
「……嘘じゃないな?」
「信じるかどうかは任せます。そんなことより貴方達ですよ問題は。貴方のやっている事は毒の発生源を潰しただけです。その後の、既に毒された体への処置が不十分ですよ」
「で、でもリルフィリアにはポーションを……」
「そんなもので消し切れる程、私の毒は軽くはないですよ」
「じゃ、じゃあどうしたら! 頼む! 教えてくれ!」
彼の言う事が事実なら、このままだとリルフィリアが死んでしまうと言う事になる、そんな事にはしたくない!
「……なら、これを」
そう言って彼は弱々しく腕を動かしながら、白衣の内側に手を入れる。何かを摑んで見せたその手には淡いピンクの錠剤が二つ。よく見ると同じ色をした粉も見える。
「私の作った解毒薬です。誰かさんが滅多矢鱈に殴ってくれたお陰てほとんどが粉になりましたが、都合よく二つ残っていましたね」
「う……それは、しょうがないだろ」
「まあいいです。これを二人で飲んでください。ああ、あのでかい土人形は飲まなくて結構。雷の魔力で動きを封じていただけなので、じきに治りますよ」
「え……お前の薬が無いじゃないか」
「言ったでしょう、私は耐性があると」
「じゃあ……ありがとう」
「ちょお待ちやイリサキクン」
声に振り向けば大地の魔王。気付かぬうちに背後にいた彼は言葉を続ける。
「え? 飲むんかそれ? 怪しさ百点満点やでそれ」
「そうだけど、これがないと毒が」
「その話自体が嘘やったらどうするんや。イリサキクンの処置でもう完璧に終わってて、それが悔しいこいつが出した嘘。なんて十分100%あり得る話や」
確かにそれはある可能性だ。少し彼の言葉で冷静さが戻ったせいか、大地の魔王の正論が一層正しく聞こえる。彼の話が正しいというのはほぼ間違いないだろう。
「……でも、俺が助けを求めて、彼は応えてくれたんだ。俺は、それを疑いたくはない」
告げて、一粒飲み込んだ。瞬間、顔が苦痛の色に染まるのが分かる。
「こいつやっぱりや! このっ!」
俺の顔を見た大地の魔王が声を荒げながら腕を振り上げる。毒の魔王に振り下ろされそうになった手を急いで止めた。
「おいイリサキクン、なんで止めるんや!」
その問いに俺は返せない。とてもじゃないが、それどころではないからだ。
「にっがぁあああああ!?」
ようやく出た言葉がそれだった。それを聞いた毒の魔王、勢いよく高笑う。何が起きているのかわからない大地の魔王は首を傾げていた。
「その薬はとてつもなく苦いのが難点なんですよ。視覚を味覚に作用させるべくピンクにしてあるのですが、無駄だったようですね」
彼の言う通り途方もなく苦い。小さな粒なのに苦虫が大量に放り込まれたかのような衝撃だ。でも、体がかなり軽くなったのが分かる。紛れもなくこれは解毒薬だ。
「にっがいけど……体が楽になったよ! ありがとう!」
「それは何より。いいからあちらのお嬢さんにも」
「ああ! ちょっと待ってて」
助けられると分かったら足取りも軽くなった。残った一粒を手に、俺は意気揚々とリルの元に駆け出した。
「……さて」
圦埼 柳埜が離れたのを確認し、毒の魔王は懐に再度手を入れる。手には白の錠剤が一つ。それを震える手で口に運ぶ。
「待てや」
その手首を力強く大地の魔王が握った。衝撃で溢れた錠剤は毒の魔王の口をかわし、彼の顔の横にポトリと落ちた。
「何するつもりや」
「飲むだけです。文字通り」
「させる思うとるんか」
「これは私が飲むべきもの。もし慈悲があるなら、止めないで頂けますか」
握られた手を逆の手で握り返し、強い眼差しを向ける毒の魔王。彼の視線から何かを感じ取ったのか、大地は手を離した。
「……そか、分かった。ならせめてワテが飲ませたる」
「助かります」
一粒の錠剤を拾い土を払うと、それを毒の魔王の口に運ぶ。そこで手を止めた。
「ワテが言うのもなんやけど、ええんか」
「ええ、お願いします」
その言葉を聞いた大地の魔王は、錠剤を手放した。口に落ちたそれを毒の魔王は一思いに飲み込む。圦埼 柳埜が戻ってきたのは、ちょうどその後だった。
「ありがとう! リルも顔色がもっとよくなったよ。あんな顔を見たのは初めてだったけど」
「そうですか。何はともあれ良かったですね」
二人の様子がどこかおかしい。正直一触即発かと思って心配してたけど意外と穏やかな空気だ。
「それにしても、ちゃんと解毒薬もってたんだ」
「自分で撒く毒の後始末くらい、出来るようにしておくのは当然です」
「でもあれ魔力とかじゃなく、本当に薬だったでしょ。作ったの?」
「……こう見えて、私は医者の端くれだったんですよ。その医者が毒の魔力を授かる、皮肉が効いているでしょう」
「……使い方次第で、医者を続けられたんじゃないのか」
「さあ、どうでしょうねぇ」
軽く自称気味に笑う毒の魔王。そのまま彼は言葉を続ける。
「殺さないんですか」
「殺さないよ」
「強化の魔王の仲間を殺したのは私の毒によるものが大半ですよ。それでも?」
「殺さない」
「何故。恨みを晴らそうとは思わないんですか」
「お前一人死んだところで何の償いにもならない。お前はこれから医者として、たくさんの人の命を救ってもらう。死んで終わりなんて優しい罰は出さないよ」
「…………フフフ、アハハハハ!」
先程とは打って変わって、気持ちのいい笑いを響かせる毒の魔王。少し驚く俺に彼はそのまま続ける。
「殺さないと言うとは思っていましたが、まさかまた医者になれとまで言うとは。それは予想外でしたね」
「なんだよ、悪いか」
「いえいえ、滅相もない。……一つ、良いことをお教えしましょう。魔王の魔力についてです」
「?」
「魔力は適正のある者同士で共有出来ることは知っていますか」
「……知ってる」
「では、共有している者の誰かが死んだ場合は?」
「いや……知らない」
「その場合、残りの者達に魔力が還るんです」
「おい、やめろ!」
「ふふ、もう遅いですよ……」
何をするのか分からず、そばに駆け寄る事しか出来ない。無力な俺を置き去りに、全てが終わったかのように毒の魔王は眼を閉じる。
「ご武運を祈っております、私の友人達」
その言葉を最後に、彼は動かなくなった。戦いの末とは思えない程に、安らかな顔だった。




