打ち倒す
「随分と舐めた事を言ってくれますね。風火の魔王、貴方一人で私を殺せるとでも?」
「出来る出来ないじゃない。やるんだ」
「口だけは達者なようで!」
言いつつ後方へ飛び、大きく距離を取る毒の魔王、接近戦はあまり得意ではないのだろうか。だとすれば、やることは一つ。こちらからガンガン攻めていくだけだ。風の力を使い一気に駆ける。
「これでも食らっていなさい」
腕を払い、少量の毒をこちらに飛ばす。気配で察知するが、その雫から感じる魔力はそれ程濃くはない。さっきの分身を大量に作った時、魔力をかなり使ったのだろう。この毒はそれほど脅威にはならない。ならば!
「突っ切る!」
「なっ!?」
毒が当たろうがお構いなしに突き進む。恐らくは俺がまた火の壁を作ると考えていたのだろうか。驚きの色が隠れていない。相手が怯ん隙を逃さず切りかかる。
「ファイアーソー……?」
振りかぶったその違和感に手が止まる。嫌に軽い。もともと軽い剣ではあったが、それを考えても軽い。ふと視線を移す。剣先が、半分以上ない。半分から先が腐り落ちているような形状だ。少し後ろを向けば、刃が落ちている。まさに今落ちたらしい。
「私の毒ですよ」
「!?」
内心の驚きの隙を的確に毒の魔王は突いて来た。逆に相手が距離を詰め、こちらを蹴り飛ばす。盾を構えるもそれすら脆く崩れ、蹴りを体を加えられた。
「がっはっ!?」
「魔力を通し易い性質で作っていたのでしょうが、仇になりましたね」
「い、いつ!?」
「ずっとです。私は私自身から、霧の毒を出し続けていました」
「そんな、そんな気配は!?」
「毒の魔力と闇の魔力の合わせ技です。闇の魔力が合わさった事で持続時間と距離が著しく落ちるのが難点ですが、接近戦を好む相手には効果的なんですよ」
「くっ……」
「さて、と。時間をかけ過ぎました。正直私も限界が近い。次で終わらせます」
そう言って、彼は自らの手で自分の腹を突き刺した。何をしているのかと思ったが、何やら魔力を体内に注入しているように見える。そして手を引き抜くと、毒の魔王の全身に青筋が走り始めた。
「……カルテ・アハト。手荒なのでこれは使いたくはなかったのですが、そうせざるを得なかった貴方方には敬意を表しますよ」
先程までは少々細い、見ようによっては優男のようだった毒の魔王。血管が浮き上がり、眼には血が走り、口からは黒い煙が上がっている。あの黒い煙、リマトさんが堕王に成ってしまった時の物と感じが似ている。毒の魔王はもう堕王になっていたという事なのか。
「いきます」
「がっ……」
言葉に対して身構える間もなく、胸板を拳で打ち抜かれた。衝撃で大きく吹き飛ばされる。なんとか体勢を整えるも、その頃にはもう次の攻撃が迫っている。
「ぐうう!」
ラリアットの要領で迫る左腕。どうにか腕を上げて防ぐも、その腕ごと打ち抜かれる。
「ぐぁああっ!?」
力づくの攻撃を防ぎ切れない。体捌きは、正直素人に近い。リマトさんやモナムさんの動きを見たからかそう思えるが、思えたところで対処出来なければ同じ。
「ふんっ!」
俺に追いついた毒の魔王が、右腕をハンマーのように振り下ろす。俺は両腕を交差させ受け止めるが、そのまま押しつぶそうと敵は力を込めて来る。集中するのは両腕、肘より先。思い描くは攻める為の防具。
「!? 熱い!?」
相手が怯んだ一瞬の隙に、その腕を弾き退ける。俺のイメージを魔力が象り、その姿を現す。火で形作られた、武士を連想させるような籠手。名付けて。
「ファイアーガントレット!」
火を纏い燃え上がり、それでもなお熱を放つ火の籠手。剣も盾も無い今、俺が出来る最善の魔法。
「それが、どうしましたぁ!?」
たじろぐも直ぐに切り替え右拳を撃ち出す毒の魔王。合わせるように左拳を出す。鈍く、大きな音を出してぶつかり合う拳。押し切られず、逆に俺が拳を押し込む。
「……っく!」
苦し紛れのような逆拳が来るも、同じように迎え撃つ。両腕の押し合いになるが、変わらず俺が優位に立っている。
「くっぐふっ……そ、そんなはずは!」
俺ではなく、毒の魔王が血を吐いた。まさか、毒を自分に打ったのか? その副作用で身体能力を上げていたのか? だとしたら早く決着を付けないと!
「おのれぇええええ!」
力押しの対決をやめ、拳の連撃を仕掛ける毒の魔王。その一撃一撃を見極め、弾き、いなし、そしてこちらから拳を撃ち出していく。
「ぐっ、があぁっ、ぐぁああ!」
「……ぐふぁっ」
拳を毒の魔王に打込んでいく。その最中にも俺の体を毒が効いているのか、俺も血を吐く。さっき言っていた霧も、まだ出しているのだろう。さっき突っ切った時の毒も効いているのだろう。でも、関係はない。
「うおおおおお!」
渾身の力を込めて連撃を打込んでいく。もう相手から来る拳はない。
「倒れろぉおおおお!」
一呼吸置き、今できる最大の力を込めて、相手の腹を打ち抜いた。
「がはぁっ……」
毒と血の混じった吐しゃ物を吐き出しながら、毒の魔王は倒れる。仰向けに倒れた彼は、もう立ち上がる気配はない。俺は絶え絶えの息を吐きながら、敵を打ち倒した余韻を全身で感じていた。




