打開策は手の中に
「あ、よいしょぉー!」
「!?」
地面からいきなり現れたのは大地の魔王。先程2つに切り裂かれたとは思えないハツラツとした様子で生えてきた。いきなりの事に眼を丸くしていると、大地の魔王はケラケラと笑い始める。
「そんな豆鉄砲食らった鳥みたいな眼ぇせんでもええやろ」
「いや、でも貴方はさっき……」
「あれくらいでやられるワテやない。まあ回復には少し時間がいったけどな。よう耐えたなイリサキクン」
驚く俺にそう告げる大地の魔王。しかし毒の魔王は俺とは対象的に落ち着き払った態度でこちらを見据えている。
「魔力が手に入らないのでもしやと思っていましたが、予想通りと言ったところですね」
「ほーん、ワテが復活するのは知っとったんやな。なら随分と悠長やないか?」
「いえ、問題無いと判断しましたので」
「ほほーん、ワテのこと随分なめとるんやなぁ」
「適切な判断ですよ」
大地の魔王から凄まじい殺気を感じたが、それは気のせいだと思うほどに一瞬の事だった。普段の調子のまま、大地の魔王は俺に語りかける。
「ほな、見張っといたるから毒治しぃ」
「で、でも解毒剤なんて持ってないです」
「さっき気配の察知、練習したやろ。自分に向けてみ」
少しばかり首を傾げつつも、言われたとおりに意識を自分に向ける。……確かに感じる。毒が自分の体を巡っているのがわかる。少量だが、それでも確かに異物が巡っている。
「見つけたらそこに火の魔力を集中させるんや。自分の火は相性ええやろ」
確かにさっき、毒を火の壁で消し去った。さながら高温による殺菌か。指示を受けてやってみる。するとみるみるうちに毒が消えていくのがわかる。体も非常に軽くなった。
「! 消えました! これでリルも!」
「そういうこっちゃ、はよやったり」
大地の魔王の返事よりも早く、俺はリルの治療に取り掛かっていた。火の魔力を、強化の魔力で寝かせていたリルに分け、彼女の体内の毒を察知する。俺が受けていた毒の何倍もの量が巡っている。急がないと!
「……ゲホッ、ケホッ」
毒を全て消し去った時、彼女が苦しそうに咳き込む。毒こそ全て消え去ってはいるが、消耗した体力が治った訳じゃない。最後のポーションをゆっくりと飲ませると、いくらか呼吸が和らいだのがわかった。
「……一先ずは、これで、いいんですか?」
「おっしゃ、もう大丈夫やろ。ようやったな」
「いえ、貴方のおかけです」
「ええねんええねん。それよりせっかく助けたったんや、今のうちに少しくらいエエ思いしてもバチは当たらんとちゃうか?」
「なっ……い、今はそんな事してる場合じゃないでしょう!」
「ナッハッハッ! 冗談やでイリサキクン、お堅いなぁ」
ケラケラと余裕のある笑いを響かせ、彼は毒の魔王を見る。
「それにしても意外やな、どっかで仕掛けてくると思うたんやけど、待っててくれたんか? 優しいなぁ」
「お気になさらず。後学の為に解毒される様子を観察していたまでの事。この後、解けない毒を作らないといけませんから」
「勉強熱心なこっちゃ。せやけど、次があると思うとるんか? こっちは二人ダウンやけど、それでも2対1やで?」
「2対1? いえいえそれは間違いです」
新手がいるのかと身構えたが、周囲にその気はない。
「カルテ・ドライ=フュンフツィヒ」
毒の魔王の言葉と共に、彼の背後から毒の塊が次々と湧き上がる。それは一様に毒の魔王の姿を形取り、先程までのような彼の分身へと変貌する。横列に5人、縦列に10人、合計50人。数えやすく丁寧に並んだその様子は、こちらにわかりやすく絶望を与えるべく取られた形だろう。
「2対51、ですよ」
余裕綽々の笑みを顔に浮かべ、悠然とこちらに行進を始める毒の魔王達。剣を握り締めるが、その圧倒的な人数差に震えが出てしまう。そんな俺の左隣では、大地の魔王がポリポリと頭を掻いていた。
「やっぱナメてんなお前」
瞬間、小さな爆発かと思うほどに、空気を強烈に叩く音がした。それに先んじて繰り出された大地の魔王の右蹴り。伸縮自在の体を使った蹴りは的確に毒の魔王の群れを捕える。ただ、蹴りを行ったと俺が理解出来たのは、毒の魔王が10体炸裂した頃だった。
「なっ!?」
俺と同じくらいのタイミングで攻撃に気付いた毒の魔王。その場に伏せ回避の体勢を取る。分身達も同じく回避に移るが、それも完全には間に合わず更に10体が消し飛んだ。しかし大地は更に追撃を加える。足を戻し、右腕をムチのように振り上げる。地を別け空を割く程の衝撃波が敵を襲う。毒の魔王が飛び退き躱すが、その波に10体が飲み込まれる。
「ほぅれもういっちょ」
次に行ったのは左手の手刀。凄まじい風切り音と共に敵を目掛けて突き進む。紙一重で相手は躱すが、残りの20体は蛇の如き手刀にすべて食われ尽くされた。
「おーよう頑張って避けたなぁ、エライエライ」
ケラケラと、多少なり侮辱の入った笑いと拍手を送る大地の魔王。しかし毒の魔王はそれに返す体力も無いのか、肩で息をしている。披露かそれとも冷や汗か、額を白衣で拭っているのが見える。
「さて、2対1……と言いたいところやけど、イリサキクン」
「は、はい」
「ここらからは1対1や」
「え」
「二人で行ってもええけどな、そしたらこの子ら守るやつが居らんくなる。あいつが勝負度外視で二人にトドメ刺しに来るかもしれんからな、見張っとかなあかん」
この子ら、最初に倒されたアドスとリルフィリア。確かに今は大丈夫かも知れないが、また攻撃を加えられれば命が危ない。
「……わかりました。二人を頼みます」
「お、やってくれるんか」
「ええ、やらせて下さい」
「おっしゃその意気や、頼んだで。イリサキクン」




