呼び出されたのは何故
アドスから通信を受けた翌日、俺達は約束通りに北の森に向かっていた。スライム達の見送りを受け、程なくして森に着く。特段変わった様子を見せない森は、悠然と俺達を迎えてくれた。
「立派な森ね」
「うん、とても自然的でいい場所だよ」
「それで、アドス君は?」
「もう少し入った場所にいるとは思うんだけど……とにかく入ってみようか」
一度訪れた事のある俺が先導して、森の木々の間を通っていく。途中に土の精霊達の姿を見たけど、襲いかかって来ることはなく、軽く挨拶でもするかのように手を上げてくれた。少し心配していたけれど、杞憂だったようだ。ふと後ろを向くと、物思いに耽るリルフィリアが見える。
「…………」
「リル?」
「ん、大丈夫よ」
「ホントに? ちょっと休憩でもする?」
「問題ないわ。見たことない程に立派な森だったから、ちょっと見惚れてただけ」
「そっか。無理しないでね」
「ありがと。イリサキもね」
「わかった、ありがとね」
あまり森を見たことないって事は、雪国の出身かな。いや雪国にも森はあるよな。てことは砂漠? ちょっと聞いてみよう。
「ねぇリルって」
そこまで言ったところで、空から風を切る落下音が耳に入る。小さな影が徐々に大きくなり、やがて大きな着地音とともにアドスが姿を見せた。
「うぉわびっくりしたぁ!」
「リュウヤ、リルフィリア、ムカエニ、キタ」
「ありがとアドス君」
落下するアドスに驚く俺と、落ち着いた様子のリル。迎えに来たと言うアドスはその大きな手を差し出してきた。なるほどそういうことかと、俺達はその手に乗り込んだ。そのまま肩の方へと乗せてもらい、アドスは発進する。思いの外揺れる事なく、快適に森の中を進んでいく。
「大地の魔王はどこにいるの?」
「モリヲ、デタサキニ」
「森を出た先に? この森にはいないんだ」
てっきり森の中に一緒にいるのかと思っていたから、少しばかり意外な回答だった。そんなことを思っていると、アドスがその巨大な手を差し出してくる。乗ってくれと言うその動作に礼を言いつつ、俺達は乗り込んだ。
何度か乗せてもらった事のあるアドスの肩だが、意外なほどに乗り心地がいい。思いの外揺れないし、それに楽しい。リルはまだ慣れていないのか、アドスの首にしっかりと抱きついている。ちょっとうらやましい。
「……ん?」
しばらくして森を抜け、再び草原が広がっていた。が、次第にその草木は進むにつれて色あせていく。そしてついには草木も生えない不毛の大地と言うべき景色に変わり果てた。干からびてひび割れた地面、枯れた草が無造作に散らばっているが、風が吹くたびに宙を舞う。なんの動物かわからない骨がちらほらと転がっている。まさか人じゃないだろうなと、冷や汗をかくばかりだ。
「砂漠……というより」
「荒廃した土地。森とは天地の差ね」
何が原因でこんな事になっているんだろう。そう思っていると、視界の先に一つの物体が見えた。距離が詰まっていくと、段々とその輪郭が見えてくる。人、が胡座をかいて座っている、その後ろ姿。そんなふうに見える。人と断言できないのは、その大きさと色合いからだ。座っていてもデカイ。そして皮を剥いだ木の表面のような色合いで、全身が染まっている。よく見ると何やら蠢いているようにも見える。
だいぶ近寄った辺りでアドスは俺達を下ろすと、その人影らしき物に声を掛けた。
「ダイチ、ツレテキタ」
「ん、ふぁいはい、ちょい待ちぃな」
ダイチ、大地と呼ばれた相手は、何かを口に含んだような声でそう返すと、何かを傍らに放り捨てた。それはここに来るまでに何度か見た、謎の骨。食事をしていたのだろうか。そっちに目を取られていると、大地はおもむろに立ち上がり、こちらを向くような動作をした。
「自分、イリサキクン?」
「は、はい。そうです」
「そっちの嬢ちゃんは?」
「……リルフィリアです」
リルフィリアが明らかに警戒している。この世界を生き抜いてきた彼女がそうする程だ。やはりかなりの手練に違いない。
「ワテは大地の魔王ゆーて呼ばれとるわ。ま、好きに呼んでくれてええで。あ、悪口みたいな呼び方は堪忍な。見て分かる通りガラスのハートやねん」
見て分かる通り、なんて言われたが一切そんな事はない。色はやっぱり木の皮の下のような色で全身が染まっている。その背はかなり高い。アドス程ではないが、2mは優に超えている。3m、までは行かないといったところか。そして髪がない、眼がない、口がない、鼻がない、耳がない。早い話が大きなマネキン人形だ。それがない口で冗談を話し、ない口でケラケラと笑っている。正直不気味の一言だ。アドスはなんというか、巨大な敵に立ち向かうような恐怖を感じたが、この大地の魔王からは都市伝説のような、得体の知れない物に会ってしまった時のような恐怖がある。
「自分の事は土……いや、アドスからよう聞いとるで。名前もくれちゃってまあええようにしてもろうたみたいやなぁ」
「いや、そんな大した事は……」
「ええんよそんな謙遜せんでも。ま、弟みたいんが世話になっとる相手ちゅうことで、ひと目見とぉてな。忙しいのに足運んでもろて感謝するで、おおきに」
「こちらこそ、アドスにはいつも助けてもらってます。礼を言うのは俺の方です」
意外と、というかかなり良い人。人? とにかくかなり友好的な印象だ。そう思うと少し恐怖心も和らいでくる。こうして少し緊張が溶けてきた頃、大地の魔王は右手を差し出してくる。親指と、それ以外が一まとまりになった、これまたマネキンチックな手だ。
「人間はこうやって親睦を深めるんやろ? 握手、いうんやったか」
「そうです。ありがとうございます」
礼を言いつつ俺も手を差し伸べる。そしてもうその手が触れると言ったところで、大地の魔王の手は勢いよく上に弾かれた。
「……!?」
弾いたのはリル。手に槍を構え、大地の魔王を睨めつけている。だがその槍が一瞬にして朽ち果てた。怪訝な顔をしながらリルは槍を再度生成する。
「なっ、何!?」
「剣を抜きなさい。早く」
事態が飲み込めない俺を置き去りにするかのように、大地の魔王はケラケラ笑っている。
「いやぁ嬢ちゃんは鋭いなぁ! よう分かっとる。それに比べてイリサキクンは不用心なやっちゃ」
混乱しながら剣を抜く俺に見向きもせず、大地の魔王は横にあった骨を拾う。すると、その骨が一瞬にして粉へと生まれ変わった。もし俺が手を握っていたら、俺もこうなっていなのだろうか。
「な、なんでこんな事を!?」
聞きつつアドスを一瞬見る。手を出しては来ないものの、慌てた様子はない。つまりは大地の魔王がこうする事を、アドスは分かってたってことなのか!?
「イリサキクン。自分どんだけ価値があるかよう分かってへんなぁ。火の魔力。風の魔力、強化の魔力。下級混じりでもそんだけあったら十分強うなれるで。要は効率のイイご馳走や」
「は、始めからこのつもりで!?」
「それ以外なにがあるんやっちゅうねん。この世は弱肉強食。ワテらは食う方に常に回りたいんや。水の魔力も来てくれるのは嬉しい誤算やったな」
「くっ……」
完全に油断していた。万が一にもそんな事は、そんな考えが、甘い考えがあった。アドスからの連絡だからと完全に信用してしまっていた。
「さてと、お話はこれくらいにしとこか。はしたないようやけど、はよご馳走にありつきたいんや」




