とんがり頭
「邪魔するぜぇ?」
そう言いながら男は一歩一歩踏みしめるように歩き始めた。
燃えるように逆立てた赤の髪、なんと形はリーゼント。服は黒々としたジーパン、上半身は裸の上にこれまた黒のジャケットを羽織っている。袖を通さず、まるでマントのようにたなびかせながら男は歩く。肩で大きく風を切るようなその様は、テンプレートのようなヤンキー像。その視線はまっすぐバロフを見据えて逸らそうとはしない。
なんとなくの直観だが、この男が炎の魔王である事は理解出来た。何もしていないのに熱気を感じるのがその証拠と言ってもいい。火の魔王より明らかに上位の気配を漂わせている。
徐々に距離を詰める男は、全身に薄っすらと炎を纏った。静かに、しかし力強く燃える炎は、熱気を更に加速させる。
「あつっ!?」
男が大分近寄った辺りで俺は思わず、道を開けるように横に飛び退いた。火の魔纏をしてもそれでもなお感じる熱さに咄嗟に取った行動だった。
そんな俺の行動には目もくれず、男は歩みを進めていく。その時、黒騎士が剣を抜き、男に斬りかかって行った。しかし男は変わらずの様子で前だけを見ている。反撃しないのかと思った矢先、男の形そのままの炎が剥がれ落ちた。虫の脱皮よろしく現れた人型の炎は、そのまま手で黒騎士の剣を受け止める。
次に行ったのはモナムさんだ。拳を構え、男に向けて繰り出していく。しかしまたもや現れた炎の分身が、その拳を迎え撃った。続いてシルベオラさんが氷のつぶてを放ったが、三体目の分身が全身を使いそれを防ぐ。
最後に残ったプリフィチカさん、何故か小さく溜息を吐き、豆粒ほどの小さな黒い球体を、指先から男に飛ばす。現れた四体目の分身がその球体に体当たりし、そのまま消滅した。
こうして四人の攻撃全てをいなした男はバロフの眼前に悠々と辿り着いた。依然座ったままのバロフに向けて男は拳を引き絞る。顔の横で拳を固め、それに炎を纏わせ十分に力を込め、そして顔面目掛けて撃ち出した。バロフは攻撃を左腕で防ぐが、その衝撃たるや、部屋中に轟音が響き渡る程。しかし男は拳を止められてなお、力を込め続けている。バロフもそれに応えるように力を入れているようだ。拳を撃った方、止めた方、両雄睨みあって譲らない。激しい沈黙がしばらく続いたが、痺れを切らしたバロフが足の一撃を繰り出す。ガードもせず受けた男は後方に飛んだが、堂々たる仁王立ちで着地して見せた。
「何の用だ、炎の魔王よ」
「何用だぁあ? 御礼参りに決まってんだろぉおおがよぉ! おぉ?」
恰好、行動、言動。何から何まで絵に描いたようなヤンキースタイル。逆に関心すると同時に、異世界にもこんな人がいるのかと思ってしまう。しかしよくよく考えれば火の魔王も同じような感じだったかも知れない。火の系統の魔王はみんなこうなのか?
「礼などいらん」
「受け取るんだよいらなくてもなぁ。俺様の大事な大事な舎弟を世話してくれた分、きっちりお礼はするのが礼儀ってもんだろうがよぉ」
舎弟。十中八九、火の魔王の事だろう。やっぱり火の魔王の兄貴分なのかこの人。
「火の魔王の事か。それならやったのはそこの少年だ」
「あぁん!?」
言葉と同時、というよりやや食い気味に男がこちらを向く。そして同じように風を切りながら寄って来る。来ないで欲しい。
「……ぉお、確かに火の魔力、持ってんなお前。消えそうで気付かなかったぜ、なぁ?」
「消えそうかどうか、試してみるか?」
なんか負けじと虚勢張っちゃったけど、どうしよう。
「……おめぇ、他にも持ってんな、魔力」
「え、分かるの?」
「当たり前だろうがよぉ。隠してねぇじゃねぇかお前ぇ。火ぃ、風ぇ、あと一つはぁ……なんだそれ?」
強化の魔力。残る一つはこれだが、分からないと来た。ひょっとしてこの魔力、他と違って特別な物なのかも知れない。
「まぁ良いけどよぉ。そんなに魔力集めて何すんだぁ?」
「……世の中を平和にする」
「ほぉおお? 御大層なこったなぁ。んじゃぁ、俺様の炎も奪うってのかぁ?」
「必要なら」
それを聞いた瞬間、炎の魔王はのけぞる程の大笑いを見せた。俺の返答に対してだろうが、こうまでされると癪に障る。
「わりぃわりぃ。大人しそうな顔して言うじゃねぇか。いいぜ、欲しけりゃやるよ」
「え!?」
「ただし、俺とのタイマンに勝ったらなぁ!」
タイマン。一対一の勝負か。やるしかない。
「魔纏なし。魔法なし。一発ずつ腹ぁ殴って、先に膝ついた方の負けだ」
「えっ」
「当たり前だろうがぁ。漢のタイマンっつったら拳一つの殴り合いだろうが、なぁ!?」
そんな、そんなとこまでテンプレのヤンキーしなくても。
「サービスだ、先にこい」
「……じゃ、じゃあ、いくぞ」
正直事態を飲み込み切れてないが、せっかくのチャンスだ。思いっきり行かせてもらおう。
「っせぃ!」
「っ……ぉお」
結構思いっきり行ったつもりだが、炎の魔王は微動だにしない。じっとこっちを見たままだ。
「しっかり腰は入ってんじゃねぇか。だがよぉ、気合が入ってねぇんだよ」
言うや否や、炎の魔王は拳を撃ち出してくる。咄嗟に腹に力を込め、衝撃に備えた。
「ぐはぁっ!?」
腹に穴が空いたかと思う程の威力。思わず両腕で押さえ蹲る。それは図らずして、膝を付く体制になってしまっていた。
「ま、こんなもんだろぉなぁ。ビビって魔纏を使う、なんてことしなかっただけでも褒めてやるよ」
待て、そう言いたいが声が出ない。胃の中を直接殴られたような不快感が暴れまわっている。胃液か唾液か分からない物が口から覗いている。立ち上がりたいが、立ち上がれない。
「南だ、ずっと南に来い。やる気があるなら、また相手してやるよ」
そう言いながら炎の魔王は去って行く。恐らくは同じように風を切りながら。それから暫くしてようやく不快感が治まった。魔力無しなら勝ち目があるかも、なんて甘い考えはあった。それらを全部見事に打ち砕かれた。やり切れない悔しさだけが、俺の中に込み上げていた。




