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魔王の魔引き、始めました  作者: 忠源 郎子
第一章 旅立ち
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勇ある者達1


 城下町バロフより北方。

 


「「参る」」


 息の合った宣言と共に、ザブラとラドムは距離を詰めた。鏡合わせのように迫る二つの拳を、モナムは上体の身のこなしで躱す。続く追撃の拳も同じく躱したモナムだったが、拳の風圧が髪を揺らす程に、紙一重の回避であった。



「なるほど眼が良いと見える」


「加えて我らの拳を違わず躱す身のこなし」


「「流石バロフの配下という他ない」」


「そりゃどうも。てかいっぺんに喋るなよ、聞いてて気持ち悪いぜ」


「しかしここからが本番」


「水界の魔力のその威力」


「「とくと味わうがいい」」



 威勢よく襲い掛かるザブラとラドム。例のごとく鏡合わせとなる蹴りが迫る。先程のように躱そうとしたモナムだったが、男の一人が煙のように消えた。かと思うと元の位置から彼女を挟んで反対側。そこに突如として現れ攻撃を再開した。



「んぁ?」



 正しく瞬間移動と言うべきその攻撃に、躱すではなく防御を強いられる。腕で受け止め、彼女は背後に飛び退いた。



「直撃したと思ったが」


「やはり一筋縄ではいかぬか」


「「だがそれでこそ」」



 息つく暇も与えぬと言わんばかりに、二人の男は襲い来る。攻撃に合わせ、鏡合わせの場所に瞬間移動。するかと思えば移動せず。かと思えば二人とも移動。しかし次は一人だけ。それらが無作為に繰り返される。完全に勢いに乗った二人の挙動は、モナムを包む万華鏡のようであった。



「全方位を囲むこの陣形!」


「これが我らの真骨頂!」


「「鏡界・水弧(きょうかい・すいこ)! 逃げ場はない!」」


 

 引くも出来ず、進むも出来ず、ただただ防戦一方のモナム。何度か反撃を見せたが、命中するより相手が先に移動を終えている。



「無駄だ! 反撃など意味を成さぬ!」


「このまま朽ち果てるがいい!」



 更に勢いを増す二人の攻勢。どうしたものかとモナムが眉をひそめた瞬間、小さな風切り音と共に、男の一人が吹き飛ばされた。



「……えっ」


「あっ」



 吹き飛んだのはザブラだった。勢いよく地面に叩きつけられたその体。左脇から心臓の辺りまで、抉られたかのように欠けている。口から、欠けた部位から血を流すその姿は、誰が見ても絶命を疑う余地はない。



「え……あ、ぁ、ザブ、ラ?」



 予想外の出来事に、攻撃を止めただただ唖然とするラドム。一方モナムは、やっちまったと言わんばかりに顔を顰めてる。


 彼女は彼ら一人の攻撃一回に付き限りなく少なく見積もって三回、反撃の余地があった。つい反射的に出そうになる反撃を、彼女はその都度堪えつつ防御していた。幾度か見せた反撃は、出方を伺う為に彼らを最大限気遣った攻撃だった。



「もうちょい色々見ときたかったんだけどなぁ……」



 彼らの攻撃が代り映えしなくなってから、どうにかして別の能力を引き出せないかと思考に意識を裂いた結果、反射的な裏拳がザブラを貫いてしまっていた。



「ざ、ざぶら、う、うそだ、ばかな、ばかな」



 恐怖からなのか、ひどく震えて狼狽するラドム。こりゃもう駄目だな、モナムの溜息はそう言わんばかりだった。



「おい、まだやるか?」



 問いかけにこれ以上ない速度で首を横に振るラドム。



「ならさっさと帰れ」



 今度は首を縦に振ると、男は一目散に逃げだした。バタバタとみっともなく逃げる彼が大分小さくなったくらいで、モナムは何かを思い出し、手を叩いた。



「ひっ!?」



 かなり離れた筈のラドムの首根っこを、モナムは次の瞬間には捕まえていた。逃がすと言ったのに、何故また来るんだと彼の瞳は訴える。



「お前らの事は生かして帰すなって言われてたんだった、悪ぃな」


「や、やめ」



 命乞いの言葉を発しきる前に、彼の首は握り潰されてしまった。ゴミでも捨てるかのようにそれを放り投げたモナムは、大きな欠伸をしながらその場を後にした。





  城下町バロフより南方。




「さあご堪能ください!」



 白スーツの男、ノイムがシルベオラへと紫の飛沫を飛ばす。横に飛び退き躱したと思われたが、左手の甲に微小な滴が付着した。



「フフフフフ、私の毒は僅かな量でも十分な効果を発揮するのです。例えその手の甲の、僅かな一雫でも、ねぇ!」



 手を勢いよく振り払うノイム。指先から針のように形を整えた毒が射出される。身を翻し回避するノイムだが、何本かが頬を掠め、確実に彼女を侵食する。異物の混入、体を蝕む作用を持つ成分が、体内を巡るのをシルベオラは実感した。



「随分と毒が入ってしまわれたようですねぇ……最早時間の問題と言ったところでしょうか」



 ニタニタと下卑た笑いを浮かべるノイム。離れた位置から毒を振り撒き、相手が弱り切るまで決して近寄らない。相手を痛めつける事に重点を置いたその戦いぶりは、彼の腐った性根を的確に表していた。



「時間が来るまでに貴方を倒せば済む話です」


「そうですねぇ。それが出来ればの話ですが」



 男が言うが早いか、シルベオラがその場で突如膝を着く。表情は困惑、体に力が入らないと訴えるかのようである。



「私、実は四種類の毒しか持ち合わせていないのです。一つは雫。一つは針。一つは、香り」


「かお……り!」



 回らない呂律を晒しながら、シルベオラはある一点を見る。ノイムが先程会話の最中に飛ばした毒。それが彼の言う香りの毒であった。



「そして最後はこの、抱擁の毒」



 男が掌を上に掲げれば、そこから禍々しい紫色の液体が沸騰したように泡を立てながら沸き立つ。これ以上ない程の歓喜の笑みを浮かべながら、一歩一歩と歩み寄る。



「さあ受け取って下さい。抱く芸術(アシッドラバーズ)!」



 その手の液体を存分に垂らしながら、慈しむようにシルベオラの頬へと腕を伸ばした。


 が、その頬に触れる前に、彼の手は見えない何かによって止まってしまった。



「……っ!?」


 

 魔纏にしては距離があり過ぎる位置での停止。明らかに二人の間になにか隔てる物があるとしか考えようがない。



「なんだ? なにがある!?」


「空気の性質を変換させ、壁を作りました。破る事は出来ませんよ」


「空気を、変換?」



 驚くノイムを他所に、よいしょと言いながら立ち上がるシルベオラ。その行動に再度驚く男を気にもせず、膝の土埃を軽く払う。



「雫の毒は魔纏を弱める効果の毒ですね。針は内蔵機能を著しく下げる毒。香りの方は、神経を侵す毒でしょうか。その掌の毒はこれら全てと溶かす毒。合ってますか?」



 ノイムはただ驚愕の表情を浮かべるばかり。しかしその対応が、彼女の回答が正解であると物語っている。



「な、なぜそこまで分かっていながら、そこまで平然としているのです!?」


「性質を変換しました。私に無害な物として」


「ば、馬鹿な! 何なんですかその、変換とは!」


「性質変換。私の力の一つです。文字通り、好きな物の性質を好きなように変えることが出来ます」


「な、なんですかその卑怯なちか、ら!?」



 抗議をしようとしたその瞬間、男は思わず眼を瞑る。顔に何かが飛んできたのだ。どうやら何かの液体らしい。急いで顔を拭ったその時、彼の顔は青ざめた。纏っていた魔纏が、消えている事に気がついたのだ。



「魔纏を弱める毒、でしたよね」



 言葉を終えるよりも早くに、彼女は第二波を打ち込んだ。紫の針の形をした雫が、至る所の皮膚を傷つける。瞬間、内蔵全てが脈動するほどの嘔吐感に苛まれた。



「これは内臓機能を弱める毒」



 もはや言葉も届かぬ程の体調の不良に、堪え切れず嘔吐する。それに紛れて彼の足元に、追加の液体が打ち込まれた。じゅうじゅうと放たれる刺激臭を防ぐ術を彼は持たない。



「うあぁあ、あぁ」



 香りを取り込み、神経を毒に侵され、呂律も、平衡感覚も失った彼は、自らの吐瀉物に覆いかぶさるように倒れ込む。



「貴方があまりにも楽しそうにするものですから私もやってみましたが、何も面白くはないですね」



 息も絶え絶えだが、男は絶命には至っていない。未だに内包された食物は逆流を続けているし、足は未だに立ち上がる力を持たない。のに、絶命には至らない。ノイム自身がそういうふうに作った毒だから、理由はそれに他ならない。



「自分には効かないようにしていたみたいですが、その性質を変換させて貰いました。どうです? 少しは他人の痛みがわかりましたか?」


 

 返事をする余裕などありはしない。それを分かって聞いているのだから、彼女もなかなかに性悪である。



「それでは、終わりにしましょうか」



 パチンと指を鳴らせば、男の体は一瞬にして凍りつく。そこだけ雪国を切り取ったかのような違和感のある光景が生成された。



「聞こえますか? 聞こえますよね、そういうふうに凍らせましたから」



 よいしょ、とこんどは膝を曲げるシルベオラ。凍った男の高さに近づくようにして語りかける。



「これから貴方を氷と同じ性質に変換します。氷となり、溶けて水となり、そのまま清流となって世界を巡る。そうした旅を幾重にも重ねて魂を禊いで下さい。清らかな魂となった頃には、また人間へと生まれ変われることでしょう」



 その言葉と共に自らの身体が作り変えられた事を、ノイムは直感で理解した。徐々に体が溶けていくのが分かる。恐怖を感じる事は出来ても、それをどうすることも出来ないことも分かる。辺りを見回す事は辛うじて出来たが、シルベオラはもういない。自らが溶けて消える瞬間は誰にも見届けてもらえない。孤独に包まれ薄れゆく思考の中、水となって世界を巡るのも悪くないかもしれないと、一人考えるノイムだった。

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