療養
リマトさん達の弔いを終えた後、気付けばそこは自室だった。後からアンさんから聞いた話によると、とても慌てた様子のアドスが俺を運んでくれたらしい。そして振り落とされないようリルフィリアがしっかりと掴んでくれていたそうだ。リルフィリアを運んだ時と全く逆の立場になってしまった。
町に帰ってから二日目で、俺はようやく体を起こせるようになっていた。初日は痛くて起き上がれたもんじゃなかった。初日にシルベオラさんが様子を見に来てはくれたが、治療はしてくれなかった。しかもポーションも完治するまで禁止されてしまった。
「私の治癒やポーションは確かに便利ですが、使いすぎると心に異常をきたします。どうせ回復するからと、心が怪我を怪我だと思わなくなるんです。それは俗に言う、心が壊れたという状態です。リュウヤ君、貴方は貴方が思う以上に頑張っていますよ。今はしっかりと休んでくださいね」
直ぐに治してくださいと言ったら、シルベオラさんに優しく理由を諭された。確かに彼女の言う通りかも知れない。でも、今も水界の魔王がどこかで活動していると思うと、もどかしい。そんな事を思っていたら、階段を上がる音が聞こえた。扉を開けたのはアンさんだった。
「リュウヤ、具合はどう?」
「ありがとうございます。大分良くなりました」
「無理はダメよ。あれだけの傷だもの、そう簡単には治らないわよ」
「……ごめんなさい。心配をかけました」
「生きて帰ってくれればそれで良いわ。しっかり休んでね」
そう言って彼女は飲み物を置いて行ってくれた。この世界に来てから何度か飲んだこれは、ハチミツとレモンを混ぜたような甘酸っぱいジュースのようで、とても気に入っている。名前を聞いたらレモネードと言われたが、多分、魔法で自動変換された呼び名だ。本当はきっと違う発音だろう。
「ん?」
よく見るとコップは二つある。それにすぐに気付けなかった自分が、如何に疲弊していたかを思い知らされたが、それは置いておこう。二つと言う事は、誰か来るのかな。そう思っていると、再び階段を上がる音がした。
「リュウヤ、元気か?」
「バストル! ありがとう来てくれて!」
「友の見舞いに来ない訳にはいかないからな」
緑の長髪を揺らしながらバストルは姿を見せた。その両手には何やら板状の物を抱えている。
「それは?」
「ちょっとした気遣いだ。リュウヤにも娯楽が何かいるかと思ってな」
娯楽? 首を傾げる俺を他所に、バストルはいそいそと準備を始めた。椅子を俺のベットに二つ寄せ、一つは自分が座り、一つは二人の間に置く。そしてそこに抱えていた板を置いた。
「腕は動かせるのか?」
「いけるよ……って、これは!」
「ああ、気付いたか」
緑色に正方形の網目が入った板。バストルが別に取り出した、表と裏が白と黒に分かれた平たい円形の小さな石。元の世界でよく遊んだ、あの遊具が世界を超えて現れた。
「オセロ!」
「フフ、その様子だと気に入って貰えたようだな」
「なつかしぃ……というか、オセロこっちの世界にあったの?」
「いや、バロフが作った」
「バロフが?」
「バロフはリュウヤの世界を見ていたからな。その中から作れそうな娯楽を選んで用意してくれたという訳だ」
「そうなんだ……嬉しいなぁ。今度お礼を言っとかないと。バストルもありがと」
「気にするな。さて早速だが」
「うん、始めよう!」
「これどうやって遊ぶんだ?」
「あ……そうだよね。こっちに無いんだったね」
久々の遊具に気が逸ってしまった。気を取り直して、ルールを一から説明する。
「というと、裏返せない場所には置けないのか」
「一つも置けないとパスになるね」
単純なルールでも、見落としがないように思い出していく。
「なるほど。隅、特に四隅を取る方が有利という訳だな」
「流石バストル、飲み込みが早いね」
あらかた説明をしたがそれらをしっかりとバストルは理解してくれたようだ。準備も整ったし、早速対局をしていこう。
手番を決め、パチパチと打っていく。初めてなのに筋のいいプレイングを進めていくバストル。正直気を抜くと負けてしまうだろう。やがて最後の一手を打ち終えたが、白と黒はほぼ同数だった。
「……負けたか」
「バストル、ホントに初めて? あと少しで負けてたよ」
「よし、もう一回だ」
「お、結構ハマってくれたね。どんどんやろう!」
こうして俺達は日が落ちるまでオセロを続けた。アンさんが夕飯に呼んでくれなかったら、きっと夜中までしていたかもしれない。
夕飯にはリルフィリアも同席していた。俺と同じく怪我の療養としてここに泊まると言っていた。外見にそこまで傷は見えなかったが、それでも彼女にも休息は必要だろう。
「ではまた明日だリュウヤ、次は私が勝ち越すぞ」
「望む所だ!」
就寝の支度を整え、俺達はそれぞれの部屋に戻った。そして寝ようと横になろうとした時、部屋のドアからノックの音が響く。
「イリサキ、入るわよ?」
「うん、どうぞ」
声の主はリルフィリアだ。窓から差す月明かりに照らされながら、彼女は歩み寄る。
「もう寝るところだった?」
「いや、まだだよ」
「そう。よかった」
そう言って彼女はゆっくりと椅子に座った。まだ体が痛むのか、苦痛を堪えるような表情を見せる。
「大丈夫?」
「大丈夫よ」
ふと、リルフィリアの視線が机の上のオセロに移った。
「それ、オセロっていうんだ。やってみる?」
「……ええ、せっかくだし、お願いするわ」
「えっと、ルールはね……」
「大体は聞こえたわ。間違えてたら教えて」
「ん、わかった」
月の光を頼りに、交互にコマを置いていく。正直何を話すべきか、迷ってしまう。
「…………面白いわね、オセロ」
「よかった。気に入ってくれたんだね」
「イリサキの世界には他にもこんな遊びがあるの?」
「そうだね、ルールが複雑になるけど、チェスとか将棋とか。トランプとかもあるよ」
「そう。沢山あるのね」
「今度、作ってみようか。多分不格好な物になっちゃうけど」
「そうね。それも良いかもしれないわね」
パチ、パチ。不規則なリズムで並べられていくコマの音は、昼間よりもよく響いた。
「それだけ遊びがある。それだけ平和なのね、イリサキの世界は」
「……そうだね。少なくとも、俺のいた国はそうだったよ」
「そんな世界から来て……なんで貴方は戦うの? 元の世界に戻りたくはないの? 戦いから逃げたくはないの?」
矢継ぎ早に質問を投げかけるリルフィリア。顔を見れば、いつもの気丈な顔色は見られない。不安で、今にも涙を零しそうに震えている。雪原で俺を支えてくれたリルフィリアだったが、彼女にこそ、支えが必要だったんだ。
もし俺が戦いを拒んで逃げたら、彼女を助ける人がまた居なくなってしまう。彼女自身が、それを案じているんだ。どうにか安心させてくれと、彼女はそう言っているんだ。
「逃げないよ。平和な世界をここにも創る。助けられる人は全員助ける。そうするって自分で決めたから。自分で決めた事は、最後までやり抜くよ」
「……なら、最後まで、貴方を頼りにさせて。姉を助けて、私を、助けてね」
「うん……必ず」
最後の一手を打ち終わる。盤面はリルフィリアが一枚上手の結果になった。
「ありがとう。楽しかった」
「こちらこそ。またやろうね、リルフィリア」
「リルで良いわ」
「……ありがと、リル」
「ええ、こちらこそ。それじゃ、おやすみ。イリサキ」
「おやすみ、リル」
静かに扉を開き、部屋から足を踏み出すリル。扉を閉める直前、彼女はこちらを向いた。
「次は、手加減しないでね」
微笑むような笑みで、彼女は廊下に消えて行った。扉の閉まる音が静かな部屋に響き渡る。
「……バレてた」




