男の名は
「アドス! 来てくれたんだ! いやでも、なんでここが?」
「ウデワデ、ワカッタ」
腕輪。思い出し、自分の左腕を見る。これが知らない間に居場所を伝えていてくれたのか。
「イリサキ……その……誰?」
いきなりやって来た巨人と親し気に話す俺に、おずおずとリルフィリアが尋ねる。そういえば前の時は彼女は気絶していたんだっけ。
「紹介するよ、土の魔王のアドス。友達だ」
「ヨロシク!」
「……随分頼りがいのあるお友達ね」
気付けば雷は降りやんでいる。アドスも来てくれた、流れは今俺達にある!
「響鳴・蚊雷」
瞬間、けたたましい轟音が鳴り響く。しかもただ鳴っているだけじゃない、耳の直ぐそばでなるような、直接頭を揺さぶる轟音。思わず耳を塞ぐが、それでも鳴りやまない。そんな隙だらけの状態になった俺達を、男が見逃すはずもなかった。
「飛毒・混命」
紫の雫が俺達に向けて飛来する。それが分かったのは、雫が避けられない位置に来てからだった。さっきの銀色ではなく見るからに害のある色。
「アブナイ!」
咄嗟に視界が覆われた。アドスが俺達の前に左腕を振り下ろし、雫を全て受け止めてくれた。だが、それは全ての毒をアドスが引き受けてしまったと言うこと。
「ア、アドス! 大丈夫!?」
彼の左腕からわずかに煙が上がっているのがわかる。アドスは土で出来ているが、それすらも溶かしてしまうなんて。その恐ろしさに冷や汗をかく暇もなく、男は距離を詰めてくる。
「フゥン!」
だがアドスは怯む事なく、そのまま左腕で男を打ち抜いた。予想外だったのか、敵は両腕を前にしてその直撃をしのいだ。最初の事を思えば避けていただろう攻撃。やはりダメージは蓄積している。
「……触れれば動く事など叶わぬ毒だが」
「ドク、クスリ。ドチラモ、ダイチノイチブ。アドスニハ、キカナイ!」
まさかの毒の魔力の天敵。これほど頼もしい事はない。
「ヴァダ・クリェートカ」
俺が感心していると、リルフィリアが魔法を唱える。それは瞬時にして男を水の檻へと閉じ込めた。円形をしたその檻は、蟻一匹逃さぬ堅牢な牢獄として佇んでいる。
「アドス君、頼んだわ」
「マカセ、ロ!」
渾身の力を込めた右拳。水の檻より更に大きな拳が容赦なく襲いかかる。そして檻ごと拳が叩き潰した。……かに思えたが、現実は、アドスの右腕が粉々に砕け散る無残な光景が繰り広げられた。
「オオオオオオオ!?」
攻撃がまるでそのまま跳ね返ったかのような現象に、アドスが悲鳴のような雄叫びを挙げている。気づけば水の檻が消え、男は変わらぬ表情でそこにいた。
「土の魔力に魅力はないが、先に潰しておく方が懸命か」
男がアドスに向けて走り出す。アドスはまだ腕が再生出来す、体制を崩したままだ。俺が、俺が行かなければ!
「やらせるかぁ!」
風を纏いトップスピードで駆け、剣を男の首目掛けて振りかぶる。
「鏡面・御霊」
俺の剣の軌道に合わせ、男が右手を構える。そこにはさっき俺とリルフィリアの魔法を跳ね返したかのような、薄い水の膜。なんとなくだが、これに攻撃を当てるのは危険。俺の第六感がそう警鐘を鳴らしている。
「うぉおおおお!」
攻撃が当たる直前、剣に纏わせた風を全力で吹かせ、軌道を反対に向け、そしてまた更に反対に吹かせる。風の噴射を利用し無理矢理な剣閃を生み出す。
「Zソードォ!」
攻撃の道筋になぞらえた技名を叫びながら、男の腹部を切り裂く。しかし、浅い。既の所で後ろに下がられた。なんて反射神経だ!
「見事な太刀筋だ」
褒めた言葉とは裏腹に、その右腕に雷の魔力が溜まっているのがわかる。そのまま穿くという意思が嫌でもわかる、そんなのはゴメンだ。防ぐべく俺は両腕を突き出す。無理に動かした反動でこんな動きしか出来ないが、それで十分。
「穿孔・急雷」
「エアー……」
魔力を集中させ、イメージを練る。描くのは、切り取り、ゆっくりと押し出すような感覚。
「エンチャント!」
俺の使った魔法、腕からは何も出ては来ない。男は違和感からか一瞬手を止めた。そしてその意図に気づいたのかすぐさま背後を見る。だが彼が後ろを見た時は、もうリルフィリアの槍に貫かれた後だった。背後からの、風の魔力で速力を上げた彼女の一撃。男の腹から薄い紫の液体が流れ出る。顔色こそ変わらないが、口からも同じように液体を流している。やがて男の体は、端からドロドロと溶けるように崩れ始めた。
「……相打ち狙いか?」
「いや、さっき剣を無茶な振り方したせいで、ろくな攻撃も防御も出来なくなってた。彼女を強化した方が確実だと思っただけだ」
「そうか。大した判断力だ」
「それはどうも。……どうやってるかは知らないけど、お前はここには居ないんだろ?」
「その通りだ」
「名前を教えろ。次にお前自身と会った時、必ず仇を討つ」
「水界の魔王。それが当方の名だ」
「水界……」
「風火の魔王、その魔力は預けておく。次相対した時、その力確実に貰い受ける」
そう言い残し、水界の魔王は雪が溶けるように消え去った。勝つには勝ったが、それだけだ。やり切れない思いだけが、強く俺の胸にこびり付いていた。




