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魔王の魔引き、始めました  作者: 忠源 郎子
第一章 旅立ち
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人格者


 村を出て暫く、俺達は全力で目的地に向かっている。案内役のリルフィリアを先頭に俺とリマトさんが続く。かれこれ一時間は全力疾走を続けているのに、まったく疲れが出て来ない。魔纏をしていたとしてもこうはならない。絶えずエネルギーが送られ続けているような不思議な感覚だ。この無尽蔵とも錯覚するような魔力をリマトさんが俺達に送り続けている、のに。顔色に疲れが見られない。これは強化の魔力の賜物なのか、それともリマトさんの修行のなせる離れ業なのか。



「疲れていないか二人とも」


「ええ、快適よ」


「俺達は大丈夫ですけど、リマトさんこそ大丈夫なんですか?」


「私の方に心配は無用だ。一度に十数人を強化したこともある、それに比べれば容易いものだ」



 十数人。こんなことを十数人に出来るなんて。付与するだけなんて彼は言うが、もしかしたらこの魔力はとんでもない力を秘めているんじゃないか? こんな力が悪人にわたっていたら、恐ろしい事になっていたに違いない。つくづく所有者がリマトさんで良かったと実感する。



「……少し寄り道をする。、五分とかけない、いいか?」


「構わないわ」


「何かあったんですか?」


「堕物の気配がある、ゆっくりとだが村の方に進んでいるようだ。万が一を考えて排除しておきたい」


「堕物って……」


「知っているか、イリサキ君」


「話だけは聞きました。実物は見た事は無いですが」


「気配の強さからして、私一人で対処できるだろう。君は堕物がどういう存在か、よく見ておくといい」



 しかし雪は治まっているとは言え、どうしてこうも視界の悪い場所でそんな事が分かるのだろうか。俺達を見つけた時もそうだし、やっぱり気配を読み取る力があるんだろうか。そんな事を考えていた時、リマトさんが止まれ、と小さく呟く。しっかりとそれを聞いていた俺達は急ブレーキをかけた。が、周囲にそれらしい気配はない。



「ここら辺に……居るんですかっ!?」



 質問と同時にリマトさんに投げ飛ばされる。というより優しく放り投げるような感じではあったが急な出来事に変わりはない。見ればリルフィリアも俺と同じ方向に飛び退いている。



「なっ、なっ!?」



 着地して思わず何ですか、と聞こうと思ったが、俺がいた場所が大きくえぐれているのが眼に入った。昨日戦った熊のよりさらに大きな円形、しかし周囲に熊はいない。



「どこから!?」


「ここだ」



 言うが早いか、リマトさんは何もない空に向かって勢いよく右拳を突き出す。するとサンドバックを深々と殴った様な、鈍い音が雪原に響き渡った。するとじわじわと拳を放った周囲が歪んでいく。雪に泥水を混ぜたように少しづつ黒ずんでいき、遂には真っ黒な、見覚えのある形に変化した。


「べォオオアアアア!」



 その形は熊。昨日見た熊の形を確かに見る事が出来る。しかしその色は、深い谷底を覗いた時のような、得も言われぬ恐怖を覚える黒。吠えた口すら分からない程に真っ黒だ。



「これが!?」


「そうだ。魔王の魔力を吸収し過ぎた魔物のなれ果て、堕物だ」


「ど、どうするんですか」


「殺すしかない。こうなった以上は元に戻る見込みもない、救う手立てもない。イリサキ君、君には酷かも知れないが、堕物は殺す事でしか救えない存在だ」


「それ以外に救う手立てがない、んですか」



 その問いに彼は答える事無く、電光石火の蹴りを堕物の脇腹に繰り出した。反応する間もなくそれを食らった敵は苦悶の声を上げながら距離を取った。



「べォオオ……」



 恐らく開けていたであろう口を閉じ、熊はその一つ目を見開いた。昨日の熊とは違い真っ赤な血の様な色の眼が、影の様な黒に浮かんでいる。暗闇から覗き返すような不気味な視線がぎょろりと俺達を捉えた。



「いよいよもって熊とは呼べないな……」



 柄にもない軽口でも言わなければ、その異質な圧に負けてしまいそうだった。それなのに二人は臆する事無く堕物を見据えている。まだまだレベルが違う、戦いが始まってもいないのに改めて実感する。



「来るわよ」



 眼を閉じた、かと思えばうねるような影が堕物から飛び出した。蛇の如く予測不可能な軌道を持って、恐らく舌であろうそれは迫り来る。どうしようかと迷っている俺を横に、リマトさんは的確に軌道を捉え裏拳を合わせた。べちゃぁ、と思わず身震いするような音が鳴り、影から黒い飛沫があがる。あれは血、なのか?



「べオアア!」



 熊は弾かれた舌をどうにか操り、先端をリマトさんに合わせる。すると引き絞るような高音と共に、黒く淡い光が収束し始めた。そんなことなどお構いなしに彼は距離を詰めていく。



「ベオ」



 ふっ、と光が消えたかと思うと、レーザーの形となった魔力が発射された。最小限の動きを持ってリマトさんは躱して見せる。その光線はそのまま、俺達の横を通り抜けていった。



「うわっ!?」



 そばを通ったそれに思わず声が出る。いつかみたオオカミの物が押しつぶすような圧を感じたのに対し、今のは刺し貫くような鋭さがあった。魔力をより高密度に凝縮した一撃、オオカミのそれより難易度が上の一射。俺のバーナーより練度が高く、殺意が高い。



「すまないが、五分とかけない約束なのでな」



 攻撃を避けた後に、怒涛の連撃が叩き込まれていく。挙動の全てを捉える事が出来ず、まるでリマトさんが分身しているかのような錯覚を覚える。果たしてどれだけの拳が繰り出されているのか分からないが、成すがままの堕物と飛び散る黒飛沫が、その手数と重さを物語っている。もし出合い頭にあれが自分に来ていたらと思うと、それだけで背筋が凍るのがよく分かった。



「理解した。終わらせよう」



 一呼吸の後、緩やかに右拳を熊に当てる。左の脇腹の少し下、そこを狙い打ち込まれた一撃は先の連撃に比べると緩やかだ。しかし当たった瞬間、彼は再び力を込める。



「ふっ!」



 距離を置かずに放たれた一撃は、そこを起点に熊の胴体を二つに寸断した。漏れ出るような断末魔を上げながら、二つの堕物は地に落ちる。べたりべちゃりという音が、命の終わりを明確に表していた。



「待たせた。では行こうか」



 返り血のようについた黒の飛沫を拭いながら、リマトさんはそう言った。でも俺の眼にはそこに無残に横たわる堕物の残骸から、なかなか眼を離せないでいた。



「まだ5分は経っていない。簡単にだが弔っていこう。埋葬までは出来ないが、黙とうを捧げる時間はある」


「……ありがとうございます」


「どのような形であれ命の終わりには慈しみを持つべきだ。それを君が芯として持っている事が、私としては嬉しい」



 そう言ってリマトさんが手を合わせ眼を閉じる。俺も一緒になって堕物への黙とうを行った。


 堕物。魔王の魔力を吸い過ぎたが故になってしまった慣れの果て。それは苦しいのだろうか、痛いのだろうか。俺は眼を開け、ゆっくりと遺体の方へと近寄る。



「……ルベルシッ!?」



 魔法を発動しようとした瞬間、リルフィリアに腕を掴まれた。細腕に似合わぬ力で掴んだ腕を彼女は自分の方に寄せる。



「馬鹿な真似はよしなさい、あれはもう死んだの。それにあの魔力は毒よ、私達にも例外じゃない」


「ご、ごめん」


「いい? 例え生きた堕物が相手でも、同じ真似はしないで。でないとお前が堕ちる事になるわよ」



 手を離し、目的地の方を向いて歩き始めるリルフィリア。軽率な行動が、彼女の琴線を刺激してしまった。



「行こうかイリサキ君。もう弔いは十分だろう」


「……はい」



 やるせない気持ちはあるが、今の自分に出来る事ではない。そう言い聞かせ移動を再開した。




 リルフィリアのお姉さんの所に着いたのは、それから30分と経たないうちだった。



「……この人が、君の姉か」


「そうよ」


「なかなかに神秘的な光景だが、悠長な事を言っている場合ではないな。さっそく始めよう。イリサキ君、こっちへ」


「はい」



 リマトさんと一緒に氷の彫刻に近寄る。急激な寒さを感じるが、リマトさんの強化のお陰で一度目よりも幾分か楽に感じた。



「ではイリサキ君は火の魔纏を。それを私が氷の魔王に送る。うなじを掴むが、我慢してくれ」


「わかりました、お願いします」



 言われた通りに火の魔纏を行う。そして宣言通りにリマトさんは俺のうなじを掴み、空いた手を氷の魔王に向ける。すると、全身の魔力が首から徐々に抜けていく感覚を覚えた。いや、首からと言うより、全身から均一に魔力が減っているというのが正しい。この減った分が、いま氷の魔王に送られているのか。



「…………これは」


「どうかしたんですか?」


「駄目だ、全て弾かれている。正確には付与した傍から消えている」


「消えている?」


「恐らくだが、氷を解かそうとして火の魔力を使い、それが全て徒労に終わっている。そういう状況だろう」


「……どうにかならないの?」


「私の強化の魔力ではこれが精一杯だ」


「リマトさん、俺の力自体を上げる事は出来るんでしたよね?」


「ああ。そうだな、外から溶かす作戦に変えよう」


「はい、お願いします」


「だがやるのは一度だけだ。下手をすると命に影響がでる」


「了解です!」



 気合を入れ、指を構える。右の指先に意識を集め、魔力を収束させていく。そこで突然力が湧いて出た、リマトさんの強化の魔力の影響だ。これがある今ならば!



「ファイアーバーナー!」



 氷は先程と同じく溶けはする。問題はここからだ。果たして再生するのか、否か。



「……イリサキ君、駄目だ、再生している。中止だ」


「いや、まだ!」



指先の魔力に、周囲の風を注ぐように風の魔力を展開する。火に相性のいい風を、持てる全力でぶつけていく。



「ファイアーバーナー、エアブースト!」



 自分すら感じる程の熱が一直線に氷を刺し貫く。その一点だけでなく、その周囲も徐々に溶かしていく。再生の気配はない。穴は順調に大きさを増していく。



「いける、いける! このまっ」



 更に出力を上げようとしたところで、ふっと力が途切れた。太い腕の感触が体を支えてくれている。思うように力が入らず、足がガクガクと悲鳴を上げている。



「イリサキ君、これ以上無理をすれば今度は君が危うい。やはり炎の魔力を用意するべきだ」


「す、すいません……せっかく手伝って貰ったのに……」


「私の強化も追い付かない速度で魔力を消費するとは……イリサキ君。君はもう少し自分の身も案じるべきだ。人助けは褒められた事だが、自己犠牲はそうはいかない」


「気を、付けます……」



 心配半分、呆れ半分の表情で、リルフィリアがポーションを飲ませてくれた。ほぼほぼゼロになった体のエネルギーが幾分か元に戻り、膝も震えを収めてくれた。



「もしかしたらと思ったけど……そう上手くはいかないわね」


「そう悲観する事ばかりではない。君の姉の周り、少し氷が歪んでいるのが分かるか?」


「……言われてみれば、確かに」


「氷が多少なり溶かされている証、内部からのやり方は有効だという事だ。あとは炎の魔力を用意するだけだ」


「……炎の、ですか」



 自分の力がもっとあれば、溶かす事が出来たんだろうか。もっと鍛えておけば、上手くいったんだろうか。氷の中に閉じ込められる苦痛は分からないが、それを助け出す事が出来ない苦しさは、きっと彼女の苦しみの何分の1にも満たないんだろう。それを思うと、余計にやるせない。



「一応だが、私の魔力をある程度氷の魔王に分けておいた。これで彼女の体力も暫くは大丈夫だろう」



 見れば氷はもう再生している。完全に溶かせたと思ったが、それも一瞬の間の話だった。



「イリサキ君、すまないがもう戻らなければ。動けるか?」


「大丈夫です。ありがとうございます」


「力を貸してくれてありがとう、リマト」


「いや、思う様な結果が出せなくてすまない。もし機会があれば、また協力する」



 その謝罪は俺がするべきなのに。



「ごめんなさい、リマトさん。リルフィリア」


「何を謝るイリサキ君。君は全力で事に当たった、責められる事はない。彼女の姉ももう助けられないと決まった訳ではない。強く進む事が重要だ」


「ええ。私も責めるつもりなんて欠片もないわ。それとも、そんな非道に見える?」


「ありがとう、ございます、二人とも」


「私としては本名をバラした方を謝って欲しいわね」


「……あ!」



 やばい、うっかりしていた!



「何も追及はしない。人にはそれぞれ事情がある、こんな時代ならなおさらだ」



 リマトさんはそう言ってくれたが、リルフィリアには軽く背中を小突かれた。でもその小突きは罰というより、励ましのように思えた。


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