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魔王の魔引き、始めました  作者: 忠源 郎子
第一章 旅立ち
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火の魔王

 朝。窓からの日差しで眼を覚ました俺を、アンさんが呼びに来てくれた。朝食の準備が出来たようだ。今日はスッキリとした目覚めだった、昨日大泣きしたからだろう。



「おはようリュウヤ、よく眠れた?」


「はい。あの、昨日はすみませんでした。突然あんなこと」


「いいのいいの、気にしないで。さ、食べましょ」



 優しい笑顔が眩しい。いきなり泣き出すような俺に気にせず接してくれる。本当に良い人だ、心が温まる。


 机にはパンとサラダと目玉焼きが並んでいた。鶏がこの世界にもいるんだろうか、少しだけ躊躇いつつ卵を口に入れる。少し味気ない白身に、蕩けた濃厚な味の黄身。紛れもない卵の味だ。



「あなたがどういう経緯で来たのかは少しだけ聞いたの。まったく違う世界から来たんでしょ?」


「はい、魔法とかそういうのが無い世界から来たんです」


「いきなり違う世界に来たんだもの、泣いてしまうのも無理ないわ」


「そういう……もんですかね」


「そうよ。リュウヤが良いなら、私を家族だと思って接してね」


「……ありがとうございます」



 喜びに思わず言葉が詰まる。孤独感に包まれていた俺にアンさんの優しさは本当に嬉しかった。やばい、また涙が出そう。



「準備は出来ているか。出発だ」



 眼から涙が溢れる寸でのところで、黒騎士の迎えが来た。残っていたパンを口に詰め込む。



「ごちそうさまでした! 行ってきます!」


「夕飯までには戻らせる」


「はい。いってらっしゃい」



 笑顔で見送るアンさんに手を振りながら、俺は町に繰り出した。



「今日はお前の要望通り、火の魔王の魔引きに向かう。伝えた通り手助けはこの魔王だけだ」



 そう言って先を歩いていく黒騎士。この方向は見覚えがある、武具屋の方向だ。


 というかこの人、火の魔王を倒しに行くのに夕飯までには帰るって言ったよね? どれ程の物かは知らないけど、魔王だよ? そんなに自信があるの? 怖っ。



「ウェン、来たぞ」


「はいはいはいお待ちしておりましたよ黒騎士様リュウヤ様。どうぞお受け取り下さい」



 武具屋についた俺達にウェンはすぐさま対応した。今日は店の奥ではなく入り口付近にいたのだ。


 ウェンが俺達に渡したのは鞘に入った一振りの剣と胸当て、そして盾の三つ。お前のだという黒騎士の視線を受け、その三つを俺が受け取る。


 軽い、とても軽い。重量感はあるが、長時間持っていても苦にはならないだろう。



「リュウヤ様は戦いの経験が無い事、そして此度の相手は火の魔王である事を聞き及んでおります。故にシンプルな三つをご用意いたしました。剣と盾は言わずもがな、胸当ては心臓、肺を守る事に特化した軽量な物でございます。ご要望とあればその他の部位の防具も用意致しますが、如何なさいますか?」



 ウェンさんのチョイスは最適だった。考えてみれば相手は火の魔王なんだから火を使うに決まってる。そんな敵にガチガチに固めた装備で行っても意味はない。最低限の防具で避ける事に徹したほうが良さそうだ。



「いや、大丈夫です。ありがとうございます」


「ではご試着なさってください」



 言われるがままに胸当てを装備する。軽いが、触った感触は頑丈そのもの。あると無いとじゃ安心感が段違いだ。盾は手に持つのではなく腕に付けるタイプ。左腕につけてみたが苦にはならない重量だ。

 

 最後に剣を抜いてみる。両刃作りのそれは驚く程軽い。剣なんて持った事ない俺でも分かる良い出来栄えだ。



「ご満足頂けましたでしょうか」


「もちろん! これかなり良い物じゃないんですか? いいんですか頂いて?」


「ご心配なくお題はしっかり頂いております。なにより魔引きの方への協力は惜しみません」


「ありがとうございます」


「これから多くの魔王と対峙することでしょう。その都度ご要望に合わせたものを手配致します」



 深々と頭を下げる店主。これからもウェンさんに任せればきっと安心だ、黒騎士がこの人を選んだのも頷ける。



「ではまた来る」


「お待ちください黒騎士様! 貴方様への装備も用意させて頂いております!」


「今日は忙しい。またの機会にな」



 またも軽くあしらい黒騎士は店を出る。ウェンさんは武器マニアってやつなのかな。黒騎士に勧める時のテンションがやけに高い。というよりここまで使ってほしいと頼まれる黒騎士の方が気になる。そこまで信頼を得るんだから、やっぱりそれだけの実力があるんだろうか。


 武具屋の後は雑貨屋に来た。朝でもゲネラルさんの笑顔は快活だった。



「ようこそ黒騎士様、リュウヤ様」


「おはようございますゲネラルさん」


「頼んでおいた物はあるか」


「こちらに。さあどうぞリュウヤ様」



 そう言ってゲネラルさんは一つのポーチを差し出した。俺の手のひら二つ分くらいの大きさのそれは、腰につけて使う型だ。



「ご要望の通りに、耐衝撃、耐魔法、そして空間改ざんの魔法を施してあります」



 受け取ったポーチは一見なんの変哲もない普通のポーチ。耐衝撃や耐魔法は分かるが、空間改ざんとは? 疑問に思いながらそれを開き、手を入れてみる。すると手どころか肘までスルスルと入ってしまった。見た感じの大きさからは到底あり得ない出来事だ。



 「え? えっ!? なんですかこれ!?」



 慌てて手を引き抜く。自分の腕は見たところ無事のようで少し安心した。



「それは特別な魔法で容量を大きくしているのです。しかも欲しいものを思って手を入れると自然とそれが掴めるように魔法もかけてあります。ポーチの中でなくしてしまうなんて事はありませんよ」


「ほぇー凄い」



 某ネコ型ロボットのポケットみたいだ。



「なかには予めポーションを三つと一食分の食糧を入れてあります。他に何か必要な物はございますか?」


「今回は火の魔王に向かう。火耐性ポーションはあるか」


「それでしたらこちらに。どうぞリュウヤ様」


「ありがとうございます」



 お礼を言いつつ一つの瓶を受け取る。中には赤く半透明な液体が入っていた。軽く振ってみると、少しドロッとした固さがあるのが分かる。



「今は収めておけ。使い時は伝える」



 言われるがまま俺はそれをポーチに入れた。瓶の大きさからしてポーチが膨らむのが普通だが、少しも変わらないそれに違和感が拭えない。



「あの、ポーションってなんですか」


「基本は傷を癒すものだ。傷につければ治癒し、飲めば体力魔力が回復する。あとは今受け取った火耐性など色々だ」


「品質によって効果の程は変わりますが、ポーチに予め入れたもの、今お渡しした火耐性のもの。そのどちらも今ここにある最高のBランクを用意致しました」


「そうなんですか、ありがとうございます」


「いえいえ。リュウヤ様の魔引きへの助力、私の全力で取り組ませて頂きます」



 変わらず快活な笑顔で答えるゲネラルさん。しかしその眼には確かな力強さが宿っていた。


 店を出た俺達はひたすら町中を歩いていた。進んでいるのは城とは反対側、黒騎士曰く南の方角との事。



「それにしても皆さんやけに協力的ですね」



 ふと感じた疑問を黒騎士にぶつけてみる。人影はもうなくなっていた。



「当然だ」


「当然? ……何故?」


「何れ分かる。彼らがその理由をお前に話したくなった時、聞いてやれ」


「……わかりました」



 一体どんな理由なんだろうか。深く問いただそうとも考えたが、なんだか黒騎士の言い方が、自分が言うべきではないと答えているようだった。


 気を取り直して辺りを見るともう建物は無くなっていた、いつの間にやら町を抜けていたらしい。そのまま俺達は南に歩いてく。すると得体の知れない物がちらほらと姿を見せ始めた。


 青く半透明の液体状のものが雫の形を保って辺りを跳ね回っている。着地する度潰れたように広がるが、また元に戻り再び跳ねる。



「スライムだ。この辺りのは大人しい、こちらが攻撃しなければ向こうも襲ってはこない」



 黒騎士の言う通りスライムは跳ねるだけで襲っては来ない。近づいてくるのもいるが、どうやらじゃれているだけのようだ。


 近寄った一匹に触ってみると、力強い弾力を感じた。ひんやりと冷たく、心地いい。夏に枕として使えば気持ちいいに違いない。


 しかし俺にじゃれる程に人に慣れた存在なのは分かったが、それでも黒騎士に群がる数が尋常じゃない。視界に入った奴全てが来るくらいの勢いだ。当の黒騎士は慣れているのか意に介さず歩いている。



「懐かれてますねぇ」


「慣れた」



 一言だけ答えた黒騎士の声が、いつもより高く聞こえた。もっと言えばなんだか、女の子のような声だ。聞き間違いかな?



「黒騎士さん?」


「なんだ」



 あの声だ。低く威圧的なあの声。さっきのは気のせいだったのか。



「結構歩きましたけど、どこまで行くんですか?」


「まだ暫く歩く。もう疲れたか」


「あー……正直少し疲れました」


「スライムがいなくなったら休憩だ」


「わかりました」



 あと少しで休憩と分かると自然と足取りにも力が入る。そのまま暫く、30分程だろうか、とにかく歩いた。するとスライム達の住処を抜けたらしく、もう辺りにスライム達の影は無くなっていた。



「休憩だ。昼をとれ」



 ドカッと勢いよく黒騎士が座った。俺もその場に座り込む。実のところ大分足に来ていたようで、体が一気に疲労感で埋め尽くされた。


 一息つき、ポーチに手を入れる。昼ごはんを念じながら探ると手に柔らかいものが当たった。掴んで取り出したそれは紙の包み。中身はサンドイッチだ。肉や野菜を包んだそれを勢いよく頬張る。一瞬何の肉なのか戸惑ったが、空腹には勝てなかった。


 疲れた体に染みるような昼食を味わっていたが、気付けば黒騎士は何も食べていない。座った状態から一切動いていない。



「黒騎士さんは食べないんですか?」



 返事がない。寝ているのだろうか。少し気にはなったが、続けて俺はサンドイッチに噛みつく。一口、もう一口。手と口が止まらず、早いペースで昼食を腹に収め終えた。


 すると、黒騎士の兜が少し前にずれた。寝ている時にするような、いわゆる舟をこぐような感じだが、なんだか違和感がある。前にずれたまま戻らない。気になって兜の方に耳を向けてみる。何も聞こえない。寝息も何も聞こえない。



「え? 黒騎士さん?」



 俺は恐る恐る黒騎士の肩をノックするように叩いた。すると聞こえたのは反響するような高い音。するはずのない乾いた反射音。そんなはずはないともう一度叩いた、同じ音が返る。空洞だ。この甲冑、中身は今何もない。



「おえぇえ!?」



 自分でも素っ頓狂と思う程の声を上げて後ずさった。え? 今までいた中身はどこへ?


 まさかそんな事があるのか。俺は確実に確認すべく、兜を取ってみる事にした。おっかなびっくり近寄り、兜に手を伸ばしたその瞬間、兜がこちらを向いた。



「あっひゃぁ!」



 ひたすらに間抜けな声を上げて俺は勢いよくひっくり返った。その様子に面食らったのか、兜でもわかるくらい黒騎士は引き気味で俺を見ている。



「……なにをしている」


「いや、中身! さっき中身!」



 慌てふためく俺に対して、理解したように黒騎士はため息を吐いた。



「中身だけ移動する魔法もある」


「……そんなのがあるんですか」


「ある」



 そんな手品みたいなものもあるのか、もう不思議な事全部魔法で説明付けてもよさそうだ。



「そんなことよりポーションを一つ飲んでけおけ、緑の方だ」



 緑の方。ゲネラルさんが予め入れてくれたやつかな。


 ポーチに手を入れると冷たく固い感触に触れる。きっとこれだ、手に掴んでそれを取り出した。


 姿を現した瓶の中には緑色の液体が入っていた。店で見たものより色が濃い。そしてこれも同じようにドロリとした固さがあった。



「これは? 傷を治すやつですか?」


「そうだ。町で話した通りもう一つの効果として体力回復がある、飲んでおけ」


 飲めと言われたそれをもう一度見る。独特な雰囲気の液体はなんだか体に悪そうで、例えるなら合成着色料とか化学薬品とか入っていそうな、いざ飲むとなるとそんな拒否感を覚えた。



「これ大丈夫なんですか」


「毒など入っていない。最初は不安だろうが、飲め」



 優しくするのか命令するのかどっちかにして欲しい。最初は不安だろう? って言葉の後に命令が来るか? 普通。


 しょうがないので恐る恐る口をつけてみる。下にポーションが触れた瞬間、優しい甘さを感じた。果物のような甘さだ。意外と美味しいなこれ。続けて残りがスルスルと喉を通る。思わぬ味わいと飲みやすさに驚いていたが、本当に驚くべきはここからだった。


 飲む前まであった疲れがみるみるうちに消えていったのだ。それどころか走りだす元気すら噴水のように湧いてくる。今すぐ今日歩いた距離と同じだけ走れと言われても、難なくこなしてしまうだろう。沸き立つ力強さに驚いていた俺は、黒騎士に思わず話しかけた。



「これホントに大丈夫なやつですかこれ!? 合法ですか!?」


「馬鹿な事を聞くな。違法なものなどあの店では取り扱ってない」



 黒騎士はそう答えるが、こちらの世界の法など全然知らない俺からすれば、合法という言葉は安心材料にはなりえない。 


 喉につっかえるような不安を覚えた俺に遠慮することなく、行くぞと黒騎士は立ち上がる。


 これ以上は何を聞いてもダメそうだ、半ば諦めに近い思いを抱きながら、俺は後を追った。


 歩みを再開して暫くたったころ、辺りの気温がじんわりと上がっているのに気付いた。



「少し熱くなってきましたね、火の魔王とやらはもうすぐですか?」


「まだ先だ」



 短い返答の間も足は止まらない。どんどんと進んでいく。まだ先、どれくらいの距離だろうか。そう考えているうちに、辺りの景色にも変化が見え始めた。


 地面に生えていた草花がその姿を見せなくなってきた。何にも覆われない剥き出しの地面が目立つ。そしてついに緑色は消え失せてしまい、土色のみが残った。



「そろそろ火耐性のポーションを飲んでおけ」



言われるがままに赤色の瓶を取り出し、口に含む。少し辛いが問題なく飲める味だ。だがこれは緑と違ってすぐに実感できる効果は感じなかった。体が熱くなったりなどもしないし、力が湧いてくるわけでもない。全部飲み干しても多少の満腹を感じるだけだ。



「飲んだか」


「飲みました。でもこれと言って変わった感じはないですね」


「その種類はそういうものだ。行くぞ」



 再び歩き始める俺達。次第に地面を踏む音が乾いてくる。表面だけではあるが、土がサラサラの状態になっているのが分かる。まるで砂漠だ。



「こっちにも砂漠はあるんですね」


「元はここらも緑があった。火の魔王がこの先に根付いてからだ、こうなったのは」



 根付いただけでこんなことになるなんて、とんでもない影響力だ。ひょっとすると、今とんでもない奴のところに向かっているのでは?


 若干の不安と後悔を覚えたその時、俺の目の前で一つの閃光が炸裂した。



「うわぁっ! なんですか!?」


「火の魔王の手下だ」



 いつの間にやら抜いた剣を手に黒騎士が見据える先には、なにかが揺らめいていた。よくよく見ると人のような形をしているが、大きさは俺の腕の長さ程。薄い赤色をしたそれは陽炎を連想させるゆらめきを持っている。



「な、なんですかあれ」


「元は精霊の一種だ。あれが魔王の近くにいるとその魔力に染まり手下のようになる」


「精霊?」


「基本元の魔王に似た力と性格を持つ。そしてその魔王を守るように行動する場合が多い」


「じゃああれは火をつかってくるんですね」



 俺が言うが早いか、一つの火の玉が俺達目掛けて勢いよく向かってくる。慌てる俺の前に立った黒騎士は右手だけで剣を構え、そして火の玉を豪快に切り裂いた。先程と同じ激しい閃光に俺は思わず眼を瞑る。



「盾を構えろ、剣を握れ。私が守ってやれる今日の内に戦いを知っておけ」



 混乱気味の俺に黒騎士の言葉はよく刺さった。言われるがままに装備を構え、周りを見る。火の精霊は3体に増えていた。



「真ん中と右の2体は私がやる。お前は左のをやってみろ」


「え、ちょっと」



 俺の声など無いと言わんばかりに黒騎士は駆け出した。離れては不味いと思い、急いで後を追う。


 近寄る最中も精霊達は容赦なく火の玉を投げつけてくるが、黒騎士はそれらを全て切り伏せている。漫画のような見事な剣捌きだ。見惚れていると横から火の粉が俺に飛んできた。



 「おっとぁ!」



 盾を使いなんとか攻撃を弾いた。よく反応したと自分を褒めたいが、俺の相手は既に次の攻撃を準備している。そんな悠長な時間はなさそうだ。


 盾を前に出しつつ、精霊に向かって駆け抜ける。俺の近寄る前に攻撃が飛んできたが、それは明後日の方に飛んで行った。



「コントロールはイマイチだ、なっ!」



 ちょっとテンションの上がったセリフを吐きつつ全力で剣を振り下ろす。完全に命中したと思った瞬間、背中に鈍い痛みが当たった。



「いったあ!?」



 その衝撃で渾身の一撃は空を切る。なんで後ろから!? 反射的に振り向いた先で黒騎士は既に剣を収めている。精霊の姿は彼の周りに見当たらない、もうとっくに倒した後のようだ。



「え? じゃあこいつが投げたのが返ってきたの?」



 ノーコンどころかとんでもない制球力、てかコントロールでどうにもならない飛び方じゃないか。



「その魔球も魔法って訳かよ!」



 次は外さないようにしっかりと相手を見据え、右上から左下へと剣を振りぬく。



「ギアァ!」



 綿毛や毛玉を叩いたような手応えの軽さを感じたが、断末魔のような鳴き声と消えゆくその姿が、倒したという実感を俺に与えてくれた。



「やった……」



 口ではそう言ったが実際にはやってしまった、と言うのが正しかった。いくら攻撃してきたとはいえ一つの命を奪ってしまった。この世界では当たり前かも知れないが、俺にとっては命を奪うなんて非日常的過ぎる。



「精霊は死ぬことはない」



 いつの間にか黒騎士が傍にいた。



「……死なない?」


「今のように倒された精霊は空気のように世界を漂い、またどこかに現れる。無害な存在となってな」


「生まれ変わるって事ですか?」


「似ているが厳密には違う。精霊は死なない、殺せない。倒す前と後、魔王の魔力に影響されているか否かの違いだけで、同じ個体に変わりはない」


「そうなんですか……巡り巡っている、って感じですか」



 黒騎士の話が本当かどうかは俺には分からない。だがどちらにせよ、きっと気遣って話してくれたのだ。命を奪う事に慣れていない俺に配慮した話題だった。その優しさを無下にしないためにも、俺は深く考えないよう振舞う事にした。


 案外優しい黒騎士はその後さっさと進み始めた。ちょっとだけ休みませんか、という問いかけに、ここは敵地だと足を止めずに彼は答える。確かに火の精霊がもう来ないとも限らない。


 黒騎士についていく内にふと俺は思った、背中がまったく熱くない。加えて気温の上昇もあまり感じない。景色を見るに、間違いなく進むにつれて暑くなっているのが分かるが、それを肌で実感できないのだ。


 つまり、火耐性のポーションはしっかりと効いている。飲んでいなければ今頃暑さでまともに動けていないかもしれない。そもそもあの一撃でやられていた可能性だってある。飲んでおいて本当に良かった。


 なんてことを思っていたら、黒騎士が左腕で俺を制止した。何事かと思い前を見ると、さっきの精霊が大量に宙を舞っている。三匹なんてものじゃない、数十、あるいは百いてもおかしくない光景だ。それらは竜巻のように、グルグルと飛び回っていた。



「あ、あんなにたくさん!」


「中心を見ろ」



 言われるがままに中心を見る。精霊達でよく見えないが、人影のようなものが見える。精霊はその人影の周りを飛び回っているようだ。



「来るぞ」



 黒騎士の言葉通り、大量の精霊がこちらに飛びかかって来た。まるで火の津波だ。



「うわわわわ!」



 火の玉ではなく自身が玉となって突撃してくる精霊達。その圧力は凄まじく、小さな盾を構えるしか出来ない俺は、相手の圧倒的な物量に気圧されてしまった。


 そんな俺とは正反対に、黒騎士は余裕たっぷりに剣を抜く。まさかあの数と戦うつもりなのか。そう思った瞬間、彼の持つ剣が怪しく揺らめき始めた。真っ直ぐな刀身を蛇かと錯覚してしまう程に。



「ふっ!」



 黒騎士は手に持った蛇を、火の津波に向かって横に振るう。瞬間、凄まじい衝撃波が精霊達を襲った。それは大群である彼らを易々と飲み込む程に巨大で、俺でも目視できるほどに強力だった。


 まるで煙でも払うかのように精霊達を消し去った衝撃波は、勢いそのままにあの人影へと向かう。そしてそのまま同じように消し飛ばすと思った瞬間、凄まじい火が衝撃波を打ち消した。



「あっつ!」



 離れた位置からでもその熱が伝わって来る。火耐性をつけておいてなお感じるその熱さ。直撃なんてしようものなら一瞬で骨まで焼かれてしまいそうだ。



「なんだぁてめぇら」



 ガラの悪そうな声が人影から発せられる。構えたままのこちらに対して、相手はまったく動じることなく距離を詰めてきた。


 上半身裸に大きめのサイズの黒ズボン。赤みの強いオレンジ色の髪がよく目立つその男は、威圧的にこちらを睨んでいる。男の絵に描いたようなヤンキースタイルが逆に新鮮に思えた。



「あぁ? てめぇバロフんとこの黒騎士じゃねえか」



 ん? 黒騎士とこの男は面識があるのか? それとも黒騎士が有名なのか? そんな事を考えていると、いつの間にか俺の顔にヤンキーの右足が触れていた。



「……へ?」



 冷や汗が一筋、頬を伝った。


 優しく頬を押す程度に当たっているその足。黒騎士を見れば、彼が左腕でその蹴りを止めてくれているのが分かる。そして男を見れば、俺の頭をぶち抜くつもりで蹴ったと表情で分かる。ただ、いつその攻防が起きたのかは分からない。それほどに速い一撃だった。


 黒騎士が腕を弾き、男も合わせるように少し後退する。その段階になってようやく、心臓が警告するように鼓動を速めた。



「何しに来やがったよ黒騎士サマよぉ」


「お前を魔引きに来た」


「マビキィ?」


「知らずとも良い」



 言葉と共に黒騎士が斬りかかるが男はなんなく腕をかざして受け止める。しかし同時に鳴った金属のような轟音が、ハイレベルな戦いである事を物語っていた。てかなんで生身で剣を止められるんだ。



「なんだか知らねぇが、ケンカ売ってんなら良い度胸だ。もちろんオレを火の魔王と知ってて売ってんだろぉなぁ!?」



 怒号にも近い叫びと共に、火の魔王を業火が包む。皮膚が爛れるような熱を放つその中で、魔王は変わらずこちらを睨んでいた。



「そこでよく見ておけ」


「え? うわっ!」



 黒騎士がポツリと言ったかと思えば、半透明な水色の壁が俺を囲った。四方に上下と隙間なく覆うその壁のおかげか、熱さを全く感じない。一体なんなのかと触れてみると、さっきのスライムを思い出す柔らかい感触だ。



「あまり触るな」



 その一言を残し、黒騎士が火の魔王へと突貫する。下から振り上げられた剣を、魔王は足蹴にするように受け止める。そのまま剣に乗り、頭を目掛けて蹴りを放った。しかし黒騎士も頭を下げてかわし、続けざまにタックルを繰り出した。



「ちっ」



 タックルをもろに食らい魔王は飛び退く。しかし表情は変わらない、防御が間に合ったのだろうか。



「うぜぇことしやがる、なっ!」



 アンダースローのフォームで魔王の手から火球が放たれる、しかし速さが精霊達とは次元が違う。黒騎士は剣でそれを弾いたが、よく反応出来たと思わず感心してしまった。



「燃えなぁ!」



 ズン、と地震と錯覚する程に力強く魔王は地面を踏む。すると噴火のような火柱が次々と生まれ、そのまま黒騎士へと突き進んでいく。



「舐めるな」



 対して黒騎士は少し溜め、剣を振り上げる。さっきの精霊の大群を打ち消したものよりずっと強力な衝撃波は、火柱と相打つ形で消えていった。



「うわー……」



 二人の技が通った跡を見て、思わず声が漏れる。黒騎士の技の後は地面がパックリと割れている、それも表面だけではなく、深々と裂いているのが見て分かる。魔王が出した火柱の跡はいくつもの大きなクレーターが連なっている。抉ったとかではなく、純粋に熱で地面を溶かした結果である事は嫌でも分かった。


 なんとも現実離れした技のやり取りに、俺はつい頬を抓ってしまった。



「おらよっ!」



 火を纏った拳や蹴りが次々と黒騎士を襲うが、それを難なくいなし負けじと反撃を加える。しかし魔王も攻撃を防ぎ続けながら攻めの姿勢は崩さない。両者譲らぬ接戦は次第に速度を上げていく。そしてついに、攻撃の出始めと受け止めた瞬間しか俺の眼には映らなくなった。まるで写真のコマ送りを見ているような奇妙な感覚だ。間に割って入るなんて欠片も出来そうにない。



「しぶてぇなぁ!」



 魔王が放つ大振りの右拳、これも黒騎士には見えていた。だが、その右に気を取られ反対から迫る拳への反応が遅れてしまった。



「なっ!?」



 そこにいたのはもう一人の火の魔王。正確には火で作り出した分身だが、その左拳の勢いは本物に引けを取らない。予想外故の対応の遅れは、拳が頭部へ直撃することを許してしまう。


 ごしゃりと黒騎士の頭が鳴る。鎧を叩いたというのになんとも生々しい音だった。



「あぁ!」



 音に怯んで眼を閉じ、再び開けると、黒騎士の後頭部は背中にピタリと付いている。誰がどう見ても即死の光景。力なく垂れた右腕が絶望の色を強めた。


 黒騎士が倒された今、あの暴力がこちらに矛を向ける。そう分かった瞬間、恐怖で体が固まる。逃げたいが、手足が言う事を聞かない。そもそも黒騎士の張った壁のせいで動けても逃げられない。……ん? 黒騎士が張った壁なんだから、普通は黒騎士が死んだら消えるんじゃないのか? なのになんでまだあるんだ?


 そんな疑問に気付いた時、一筋の剣閃が魔王を襲う。



「はぁ?」



 今度は火の魔王が不意を突かれた。殺したと思った相手が突然振った剣。避けることも防ぐ事も出来ず、魔王は胴を貫かれる。



「ックソがぁっ!」



 悪態を吐きながら飛び退く魔王。出血量を見れば、傷が深刻な深さであるのは瞭然だ。黒騎士はあの首の状態のまま突きを繰り出していた。なかなかにホラーな状態。


 あの頭で生きているのか、なんて思っていたら、彼は右腕をあらぬ方向へと曲げ、頭を持ち、元の位置に戻した。兜が少し凹んでいるが、なんら問題ないように振舞っている。



「……はぁぁぁぁあああ?」



 流石に火の魔王も理解が追い付いていないようで、しかめっ面で首を傾げていた。そりゃそうなるよ、こればかりは同情するよ。



「なんで生きてんだてめぇえ!」


「答えると思うか?」


「クソがっ! ならとことん焼き尽くしてやらぁ!」



 全身の力を籠め、魔王は手の平を突き出す。同時にそこから、想像を絶する程の火が吐き出された。



「っ!? 熱い!?」



 魔王のやっている事は至ってシンプルな火炎放射に過ぎない。だからこそ、恐ろしい程に強力な攻撃だった。あまりにも巨大な火の海は、離れた俺すら容易に捉える程。防壁の中にいるのに痛いような熱を感じる。皮膚が乾き、顔を覆う腕が少し焼けているのが分かる。火の魔王の放つ全力の火炎。離れているのにこれだけの脅威、飲まれた黒騎士はどうなってしまったのか。



「ハァ……ハァ……どうだクソ野郎!」



 時間にすれば短い間だったが、1秒が1時間にも思える程の濃密な恐怖。それを生み出していた攻撃がようやく止んだ。火の魔王は肩で息をするほど疲弊している。今が反撃のチャンスだ。しかし……



「…………」



黒騎士は動かない。彼の纏う甲冑から煙が立ち上っている。もはや彼は甲冑を着ているのか燃えカスの炭になったのか分からなくなっていた。



「そんな……いや!」



 完全に死んだと思ったが、目の前の壁は消えてない。さっきも死んだと思ったが、壁は消えず、黒騎士は生きていた。今回も同じだ、黒騎士は生きている!

 

 ふと、目の前の水色の景色が、元の色に戻った。



「……は?」



 消えた。俺を守ってくれていた壁が忽然と消え失せた。それが意味するところは、黒騎士の死。こちらを見て察したのか、火の魔王はニタリと笑う。



「やぁぁぁぁあっと死にやがった。まあ腐ってもバロフの手下ってとこか。まったく、骨が折れたぜ」



 ご機嫌な様子で笑みを浮かべながら火の魔王は歩み寄る。畜生、調子付きやがって。なんて悪態を吐いたところで俺が戦えるような相手ではないのは明白だ。とにかく逃げなくては。



「結局何しに来たのか分かんねぇが、まあいい。あとはこの弱そうなの一人でお終いってなぁ!」



 誰に話しているんだそんなバカでかい声で。こんなのに構う事ない、逃げよう。



「いい度胸じゃねえか、逃げずにかかってくるつもりかぁ?」



 なに馬鹿な事言ってんだ、逃げるに決まってるだろ。ほら逃げるぞ。やれ逃げるぞ。



「安心しろよ、一思いに消し炭だ」



 おかしい、逃げだしたはずなのになんで距離が離れないんだ。なんでまだ俺の正面に火の魔王がいるんだ。なんで俺の体は動こうとしないんだ。



「あぁー……ビビッて動けなくなった口かよ。ホント何しに来たんだお前。もう眼ぇ閉じてろ」



 何言ってやがる、とは思いつつ自分の足を見る。地震でも起きたんじゃないかと思うくらいに震えている。長距離を全力で走った後のようにガクガクだ。いくら命じても足は動かない、逃げられない。どこか諦めのような喪失感が脳を満たし、奴のいう通りに無様に眼を閉じる。しっかり閉じた筈なのに、頬は涙で濡れていた。



「じゃあっがぁあああああ!?」



 突然の魔王の叫びに何事かと眼を開く。見れば火の魔王がかなりの勢いで吹っ飛んでいた。水色の塊がぶつかっているようにも見えるが、遠くてよく分からない。突然の事で何が何だか分からず、アホのように口を開ける俺。そして遠くで魔王が地面に落ちた鈍い音の後、焼け焦げた鎧が動き始めた。



「決着だ、行くぞ」



 変わらず低い声で黒騎士は歩き始める。未だ全身から沸き立つ煙などないかのような振る舞いに、俺は唖然とするばかりだった。



「ハア……ッ……クソッ……」



 小走りしたくなる程の距離の先に、火の魔王はいた。うつ伏せのまま苦しそうに息を吐いている、立ち上がる体力も残っていないようだ。



「ここまで消耗させれば十分だ。さあやれ」


「えっと……ルベルシブでしたっけ? どう使うんですか?」


「相手に両の手の平を向け、奪うと強く念じろ。魔法はイメージが重要だ」


「イメージ……」


「そうだな……相手の魔力を吸い上げ、腕を通して自分に流し込む。そんなイメージでどうだ」


「わかりました……とにかくやってみます」



 魔王の前に立ち、腕を伸ばす。伏してなお睨みつける相手に怯えながらも、俺は集中を始めた。



「ふぅー……【ルベルシブ】!」



 黒騎士提案のイメージを描きつつ、魔法の名を唱える。つい勢いで唱えたがこんな感じでいいのだろうか。



「なっ、何だ!? 何しやがった!?」



 酷く狼狽える魔王から、まさしく火のような色合いの淡い光が滲み出る。そして光はそのまま、俺の手の平から体内へと浸透していった。



「お、わ、わ、わ!? なんだこれ? なんだこれ!?」



 光が入り込んだ先から、骨まで焼けるような感覚が全身を駆け巡る。しかし苦痛は一切ない。むしろ燃えあがる自分こそが真実だと言わんばかりに、全身が力で漲り奮い立つのを感じる。止めどないエネルギーが心臓から次々と生み出される感覚は、今すぐ暴れだしたくなる程に強烈だ。



「上手くいったようだな」



 満足げに黒騎士が頷く。煙はもう治まっていた。



「クソが……何なんだ今のはぁ!」



 振り絞るような怒号で魔王は怒る。いや、もう元魔王だ。この男にもう魔王の魔力は無い。ルベルシブを使ったからなのか、それが手に取るように感覚で理解出来た。



「魔引きだ。この世界に増え過ぎた魔王を魔引く。魔力を奪い、無力化する。平和を作る為の行いだ」



 答えつつ黒騎士は剣を抜く。火の魔力を手に入れた興奮も冷めぬ中の出来事なので、この時点ではあまり気に留めなかった。黒騎士の視線の先には元魔王。元魔王は変わらず黒騎士を睨んではいるが、どこか諦めの色が伺える。黒騎士の剣の切っ先は知ってか知らずか、元魔王の首を示しているようにも感じる。そこまで分かってようやく俺は、黒騎士がしようとしている事を理解した。



「ストップ!」



 慌てて反射的に声を出した。俺を見る黒騎士が驚いているのが兜越しでもよく分かる。元魔王も怪訝な表情だ。



「なんだ」


「殺すつもり、ですよね」


「そうだ」


「確かバロフは、俺に、魔王達の処遇を任せると言いましたよね」


「……生かしておくのか?」


「そのつもりです」


「ぁあ!?」



 いの一番に不服を申し立てたのは、元魔王だった。



「てめぇえ! 舐めてんじゃねぇぞ!」


「俺が恐怖で動けない時、俺を気遣うように眼を閉じろと言った。弱者を憐れむ優しさがお前にはある。お前は基本防衛の為にしか戦わず、弱者を虐げるような事はしない。違うか?」



 黒騎士は手を止め俺の話を聞いてくれている。元魔王は変わらず文句を言っているが、もう彼を亡き者にする空気ではなくなった。


 自分でもよくこんな事が言えたものだと感心した。目の前で人が死ぬという事実から逃れる為に、知った様な口をスラスラと動かし取り繕う。兎にも角にも、覚えた顔が目の前で死ぬのは御免だ。



「もう魔王ではなくなったお前をわざわざ殺す必要はない」



 そっと近づき、様子を見る。背中に刺し傷を焼いたような跡、あの黒騎士の一突きの傷だろうか。胴を貫通した傷を焼いて塞いだのか? 想像するだけでも痛々しい、俺ならきっと気絶かショック死だ。


 睨む男をよそに、俺はポーションを一つ取り出し少量その傷にかけた。流石に治りはしないが、苦痛は無くなったのが元魔王の表情で分かった。



「……何してやがる」


「治療。残りは飲むなり傷に使うなりして」



 納得いかないと言いたげではあったが、男はポーションを口にした。すると彼はすぐさま自力で立ち上がった。まだ肩で息をしてはいるが、眼に力強さを感じる。



「言っておくがリュウヤ、こいつの身体能力はほとんど自前のものだ。魔力がなくともあの蹴りは打てるぞ」


「え!?」



 思わず情けない音が漏れた。顔色こそ分からないが、黒騎士も疲弊しているのは明らかだ。今この男が攻撃をしようものなら、成す術なく殺されるんじゃないか? 内心そんな事を考え怯える俺を知ってか知らずか、男はこちらを睨みつけて動かない。



「……安物寄越しやがって、アマちゃんが」



 俺の心配は杞憂に終わったようで、小さく悪態を吐いたかと思うと彼は踵を返し、そのまま歩き去って行く。去り際に中指を立て、まるで捨て台詞のように挑発したその行動に、どこか人間味が漂っていた。



「具合はどうだ。体に異常ないか」


「はい、全然。むしろ溢れる力を抑えるのに必死、って感じですかね」



 答える俺を黒騎士は不動の体制で見据えている。じっと目線がこちらの顔に来ているのを感じる。体を気遣っているのではなく、見定めているかのような、思わず畏まってしまうような雰囲気だ。



「お前のいた世界は平和だったのか、戦争も殺し合いもない世界だったのか」


「えっと……少なくとも俺のいた国は、平和でした」


「なら今お前が人の生き死にに慣れていないのは仕方ない。だが、もしお前が魔引きを請け負い続けるのなら、死は避けては通れない事を覚えておけ。今日のような逃げがいつまでも通用すると思うな」


「……はい」



 お見通し、という事だ。俺がしっかりと相手を見定めた訳ではなく、人の死に直面したくないから生かした事はバレバレだった。



「今回は生かしても問題ないと判断した故に、お前に賛同した。バロフにもそう伝えておく」



 なんとも言えない遣り切れなさを感じる俺の頭を、黒騎士がわし掴んだ。何事かと慌てふためく俺に落ち着けと彼は促す。



「飛ぶぞ」



 録画中のカメラを高速で動かしたように景色が揺れる。無重力空間に突然入ったような気持ち悪さが全身を襲う。辺りが普通に戻ったと気付いた時には、俺は宿屋の入り口に立っていた。



「明日の朝迎えに来る。今日は休め」



 そう言い残し黒騎士は蜃気楼のように消えた。空は赤に染まっている。まるで燃え盛る大地のように、力強い夕焼けだった。

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