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魔王の魔引き、始めました  作者: 忠源 郎子
第一章 旅立ち
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火対氷

 

 そこだけがまるで異空間。猛吹雪だというのに、全ての時が止まったかのような錯覚が脳を満たす。幼少期、ふとしたことから迷い込んだ教会で見たステンドグラス。日の光との見事な調和に幼心を掴まれた時の記憶が蘇る。氷の中心だというのに、死んでいてもおかしくないと言うのに、見る者を惹き付ける輝きに溢れていた。



「……イリサキ」


「…………」



 ゴン、という鈍い痛みが後頭部に響く。



「いったぁ!?」


「芸術鑑賞に来たのならまたにしなさい」


「……ごめん、あんまりにも、その、綺麗で」


「私の姉を良く言うのは構わないけど、変な気を起したらえぐるわよ」


「ごめんって! だからえぐらないで!」


「じゃあ削ぐわ」


「それもなし!」



 名前を教えてくれたからか、なんだか冗談気なやり取りが増えたような気がする。少しではあるが距離を縮められている、ということかな。



「……落ち着いた?」



 そう聞く彼女の眼には、ある種の優しさが感じられた。今からお前はこれを溶かす、壊すんだと、その覚悟は固まったかと、そう尋ねているような眼の色だった。形はどうあれ、人に向けて火を放つ覚悟は出来たかと、そう彼女は聞いているのだ。見惚れて、気圧されてはいないか、そういう心配をしてくれていた。



「大丈夫。やってみるよ」



 大きく息を吸いこみ、深呼吸をする。火の魔纏を行い、全身の魔力を火の魔力として集中させる。勿論最初から全力で行くつもりはない、様子見を行い、そこから徐々に火力を上げていく。



「ファイアー!」



 突き出した右手の平から飛び出る炎は、まず間違いなく氷塊に直撃した。しかし溶ける様子はなく、変わらぬ大きさのまま鎮座している。



「なら火力を上げて!」



 もう一度、今度は宣言通りより魔力を込めた火炎放射。しかし溶ける気配はない。降り注ぐ雪こそすべて蒸発させてはいるが、肝心の氷には変化が見られない。普通の考えでいけば氷は火で焙れば瞬く間に溶けるハズ。しかし相手は魔王の魔力、俺の常識が通じるような相手ではない。



「……それなら!」



 右の手を開くのではなく、銃を形作る。その指先に集中させ、魔力を練り上げる。細く、出口を引き絞り瞬間火力を引き上げていく。一点集中に精力をそそいだ発展形、その名も。



「ファイアーバーナー!」



 一筋の光の様に一直線に伸びる火を、ゆっくりと氷に当てていく。氷が蒸発する音が勢いよく鳴っている。



「よし、溶かせて、る?」



 手ごたえはあった。確かに溶けている事が手応え、音、共に感じられた。しかしふと火が通過したところを見てみると、なんと元に戻っていた。焼き切る前と、なんら変わらない形で、何食わぬ顔で再生している。そうか、今までも溶けてはいたが、その場ですぐさま再生していたのか。


 気付けば雪が和らいでいる。氷を溶かした影響なのか、火を激しく吹かせた影響なのか。



「……溶かし切れないわね」


「再生スピードが速すぎる。俺の火力が足りないのかもしれないけど、それにしてもだよ。それにこのやり方、あまり良くないと思う」


「再生に姉さんの体力を消耗しているのだとしたら、姉さんの命が危ないって事ね」


「そう。かと言って代わりの案がある訳じゃないんだけど……」


「外が駄目なら内側からよ」


「内側から……リルフィリアのお姉さんが自力で溶かすって事?」


「その通りよ」


「でも、そんなの一体どうやって……」


「リマトの力を借りるの」



 なぜリマトさんの力を? そう聞こうとして、思い出す。リマトさんの強化の魔力、付与するとも言い換えられると言っていた。



「俺の火の魔力をリマトさんの力で、リルフィリアのお姉さんに付与するんだね?」


「話が速いわね。まあそれが出来るのかは本人に確認が必要だけど」


「よし、そうと決まれば早速もどろぉう?」



 すぐさま行動に移ろうとした瞬間、激しい立ち眩みと共に膝をついてしまった。立ち上がろうとするとそのまま倒れてしまう。なんとか仰向けにはなったが、このままだと置いて行かれるかもしれない。



「最後にやったあの、バーナーとかいうやつ。お前が思う以上に魔力の消費が激しいみたいね」


「そうだね……」


「……少し待ちなさい」



 そう言いながら彼女は何処かともなく瓶を取り出した。中身は緑色の液体、ポーションだろう。リルフィリアは倒れた俺に近寄り、丁寧に頭を彼女の膝の上にのせ、注ぎ口を俺の口へと近づけた。大丈夫、自分で飲めるよ、そう言いはしたものの。



「いいから。今は甘えなさい」


 

 覗き込む彼女の顔が近い。綺麗だ。突然こんなに距離が近い事をされると、正直心臓の鼓動が止まらなくなる。優しくゆっくり流し込まれるポーションの味は、まったく分からなかった。



「どう? もう動ける?」


「うん、その、ありがとう」


 

 照れ隠しのように急いで起き上がる俺。対照的にリルフィリアは落ち着いた様子が変わらない。



「イリサキ、貴方、私が好き?」


「っ!? ゲホッゲホ!?」



 飲んだポーション全部出るかと思った。



「えっ!? それは、その!」


「どうなの?」


「……好きです」



 圧に負けて正直に言ってしまった。考えうる限り一番情けない告白だ。



「そう。まあそうよね。見ず知らずの私達に力を尽くしてくれているんだもの。冷たく当たっても挫けず来てくれた。バレバレよ」


「まあ、そうだよね……」


「でも、私の方はそうでもない。私は自分の見た目が良い事を知ってる。沢山男に言い寄られたりもした。その男たちになびくことは無かったけど、それは今お前に対しても変わらないわ」


「…………」


「姉を無事助ける事が出来たとしても、それが変わる事は、きっとないわね。それでもまだ、協力できる?」


「……下心で来てないと言えば、嘘になる。けど、困っている人を助けたいという気持ちもまた、確かなものだ。リルフィリアが振り向いてくれないのが分かっていたとしても、俺は二人を、君を助けるよ」


「そう、わかったわ」



 なるべく誠意が伝わるように言ったが、果たして彼女に響いただろうか。



「姉を助けたら、私達はまた旅に出る。安息の場所を求めてね。その時はそこでお前ともお別れ」


「……そっか」


「でも頑張ってくれたご褒美はちゃんとあげるわ。そうね……」



 どうしたものか、首を捻り思案するリルフィリア。その姿も可愛らしい。その視線が、彼女の持つ空の瓶に移る。



「姉を助け出す事が出来たら、唇をあげる。こんな瓶のじゃなく、私のね」


「えっ!?」


「さ、リマトの村に行きましょう。事は急ぐのが徳よ」


 

 そう言ってさっさと歩き始めるリルフィリア。彼女の言葉を飲み込むのに時間が掛かり、遅れて俺も歩き出す。冷静に考えれば良いように扱われているのかもしれないが、まったく苦に感じない。これが惚れた弱みという奴なのだろう。

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